古魚の短編集
古魚
三題噺シリーズ
同居人はトイレが長い『イカ』『ⅭⅮ』『トイレ』
突然だが、私はシェアハウスで生活している。
そこまで大きくはないが、4人がそれぞれ寝られる小さな個室と広めのリビング、ダイニングがセットになった部屋、トイレが二つ、そんなシェアハウスだ。
ここでは、私含め男女四人で共同生活をしている。
今は、同居人たちと夕食を食べている最中だ。
「舞~缶ビール持ってきて~」
「はいはーい」
私は、優香ねえに言われた通り、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、食卓に戻る。
「優香ねえ今日も飲むのか、早死にしちまうぞ?」
その言葉に、缶ビールを渡す手が止まる。
早死にする、その言葉に私は冷や汗をかいた。
「やめてよこう君、舞は素直なんだから怖がっちゃうでしょ」
そう言って、優香ねえは私の手からひょいと缶ビールを取り上げる。
「たっちゃんもなんか言ってやれよ」
「飲みすぎはよくないけど、一日一本程度ならまあ……」
私が席に着いてからも、優香ねえのお酒についての話は弾んでいた。
私も20を過ぎているから、お酒を飲むことは出来るが基本は飲まない、正直美味しいと思えないからだ。
優香ねえがビールを飲み切り片付けに入る頃、こう君はテレビをつけ、優香ねえは雑誌を読みながら柿ピーを食べる。そんな風景を見ながら、私は食器を洗う。特段なんてことない日常風景だ。
たっちゃんがふらっと、リビングに一番近いトイレに行くことも。
たっちゃんはここ一か月ほど、この時間になるとトイレに籠る。二つトイレがあるから、特段困っているわけではないが、20分~40分ぐらい、結構長い間トイレに籠る。
少し気になって体調を心配してみたが、本人はなんともないと言っていた。
それでも心配だった私は、昨日、皿洗いを切り上げ、たっちゃんがトイレに行く後姿を観察していた。
自分でも何をやっているのか……と思ったが、気になったものはしょうがないのだ。
それで分かったことは一つ、たっちゃんはトイレに行く前に必ず自分の部屋に立ち寄り、ⅭⅮらしきディスク、それからそのプレイヤーらしきものを持ち出してからトイレに行っていた。
たっちゃんは音楽が趣味だということは知っていたから、その時は「あ、トイレで音楽聞いてるのかな」で済んでいた。
「でも、冷静に考えてなんでトイレで曲を聴く必要があるのかな……」
食器洗いを続けながらそう私は呟く。
「……なんでだろう」
……イカ焼きを置いていた皿、油落ちない……。
しつこい汚れにため息をついていると、たっちゃんのことを考えるのも、いつの間にか止めていた。
皿洗いが終わる頃、たっちゃんはトイレから出てきて、こう君と一緒にテレビを見始めた。
手元にⅭⅮたちはない、部屋に片付けてきたのだろう。
私は、ⅭⅮのことを聞こうと、たっちゃんの方へ視線を向けると、私が話しかける前に、優香ねえが上機嫌な声で話し始めた。
「ねえたっちゃん! 21歳の誕生日プレゼント何が欲しい?」
話の題材は、たっちゃんへの誕生日プレゼントについてだった。
というか、本人に欲しいものを聞いて渡すなんて、優香ねえは一体何を考えてるのか……。
呆れ半分に、私は優香ねえが座る対面に腰掛ける。
「そうですね……新しいヘッドフォンが欲しいですね、ここ一か月ぐらいから、接触が悪くなってきてるんで」
たっちゃんはその問に平然と答える。
「いいよ~じゃあ誕生日楽しみにしといてね」
たっちゃんはこちらに顔を向けて、「はい、楽しみにしています」と、そう答えた後テレビに向き直った。
「ああ、そういうことか」
私は、今の一連の会話で、全てに納得がいった気がした。
「何が?」
「なんでもないよ」
私の呟きが聞こえたのか、優香ねえは不思議そうに首を捻るが、私は少しおかしくなって、笑いを堪えながらごまかした。
「なーにー? そんなに楽しそうにしちゃって、なんか面白いことでもあったの?」
優香ねえがそう立て続けに聞いてくるから、私は一言言ってあげた。
「別に何もないよ、ただ、たっちゃんに買ってあげるヘッドフォンは、絶対音漏れしないようなものを買ってがた方がいいと思うなって」
「どうして?」
なおも不思議そうな顔をする優香ねえとは対照的に、たっちゃんはぴくッと肩を震わせた。
あくまで聞こえなかった振りをしようとしているのか、こう君に話しかけているが、私はその動作を見逃さなかった。
このまま優香ねえに質問され続けてもめんどくさいなと思った私は、席を立って、トイレへと向かった。
この家のトイレはシェアハウスということもあるからか、遮音性が高くなっていて、中の音が漏れにくくなっている。
そして、たっちゃんは、優香ねえにこんなことを言われたことがある。「たっちゃんの部屋から音楽流れてくるの気になるから、なんとかしてくれない?」と。
それを言われて以降、たっちゃんは音楽を聴くときはいつもヘッドフォンをつけるようになっていた。
「これだけのヒントが出れば、私じゃなくても分かっちゃうよね」
謎が解けて上機嫌な私は、そう呟きながらたっちゃんがさっきまで使用していたトイレへと入った。
そのトイレの中は、今日の夕飯で出したイカのにおいが、微かに残っていた。
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