Sea Glass

清見こうじ

浜辺にて

「これ、なにかしら?」




 細い指先が、そっと摘まみ上げたのは、海の青より一等淡い、小さな破片。




 見れば他にもみどりや茶色、よく見たら砂色に混じって白い破片もある。


 どれもこれも、うっすら砂粒を帯びた淡い色合い。




 3、4歩進み、すぼめた手のひらごと、打ち寄せる波にさらして砂を洗い流す。


 そのひとつを摘まみ、青空に透かす。




「きれい……」




 水滴をまとって、つやつやときらめく破片。


 本来の姿を取り戻したかのように色濃く輝くが、次第に曇りを帯びる。


 


「これはこれで、きれいね」




 淡いヴェールで顔を隠してしまう、乙女のはにかみのように。




「それは、『シー・グラス』と呼ぶんだって」




 打ち寄せる波の音しかしない海岸にいきなり混ざる、闖入者の声。




「『ビーチ・グラス』とも呼ぶって。10年、20年、中には100年以上前のガラスの破片、だってさ。波に表面を削られて、そんな風に光沢を失い、丸みを帯びている、と」




「理屈は分かるけど、そんな風に整然と説明されたら、ロマンも何もないじゃない」




 やや砕けた言葉遣いにそぐわない、説明口調。


 低めの男性ボイスそのものは艶もあり耳触りの良い美声である分、違和感がぬぐえない。




「でも、今ここにあるのは、10年20年なんてもんじゃないわよね?」


「最新で217年は経っているよね」




 正確無比な返答に、無理やりこじつけたような砕けた語尾。


 人気ひとけのない波打ち際で悠久の歴史ロマンに身を浸らせていたいというのに、せっかくの雰囲気が台無しだ。




「……設定、やり直そうかしら」


御主人様あんたお気に召すまま好きにしたら?


「……ぐっ」




 不意に飛び出る、自分好みのフレーズに、再設定を断念する。


 ここまで調整してきた苦労を無為にするのは、惜しい、とても惜しい。


「まあ、いいわ。これからたった一人で環境調整フォーミングしないといけないんだもの。補助サポートAIは正確さも必要だしね」




 自分を納得させるようにつぶやいて。




「早く、触れるようにしないとね」


「拾った分ならベースで除染にかけて、持ち込めるけど?」


「……ん、それはいいわ」




 手を開いて、拾い集めたくすんだガラス片を見つめて。


 もう一度握りしめてから、天に向かって放り投げる。




 ゆるやかな弧を描いて、鈍い光をまといながら、ポチャン、ポッチャンっと波間にさらわれていくシー・グラス。




「いつか、ゴーグルもグローブも着けないで。防護服なしで浜辺で遊べるようになるまで、もうしばらく眠っていてね」




 揺蕩たゆたう水面の下で、もうしばらく。






 ゆっくりと落ちていく指先を、再び胸元に引き寄せて。




 


 遥か彼方まで続く、青い海。


 知的生命体人類高度進化生物動物も滅びた、死する水の惑星は、それでも美しい。










「必ず、取り戻す、から……」




 ザザン、ザザアァ……。








 どこか潤んだ声は、静寂しじまを彩る波の音に、打ち消されていった。



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Sea Glass 清見こうじ @nikoutako

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