大陸暦1526年――双子2


 あの日、自宅には両親とメアと僕がいた。

 兄はいつものごとく夜遊びをしていて家にはいなかった。使用人は二人雇っていたけれど泊まり込みではないのと、その日の夕食は料理好きの母が作っていたのもあってもう帰っていた。

 夕食のあと、僕は二階の自室に、両親は一階の居間にいた。メアは一階の書斎だ。

 あの日は酷い雷雨だった。室内でも会話がし辛いぐらいに雷音と雨音がうるさかった。

 だから家族や外にいた衛兵の誰もが、裏の塀から強盗がよじ登ったのにも、裏庭側の窓が割れる音も、そこから強盗が入ってきたことも、気づかなかった。

 二人組の強盗はまず、一階の居間いた父と母を襲った。

 それは事件のあと、守備隊の人に話を聞いた兄から聞かされた。母はもちろん父もただの商人だ。戦える術などない。遺体の状態からして、おそらくそんなに抵抗もできないまま殺されたのだろうということだった。

 そんなことが起こっているとき、僕はまだ呑気に本を読んでいた。

 階下で両親が殺されていたというのに、僕は雷雨でなにも気づかなかった。

 その異変に先に気づいたのは、居間に近い書斎にいたメアだった。頭のよい彼女は雷雨の合間から聞こえてきた両親の悲鳴で瞬時になにが起こったのかを把握すると、書斎の机の下に隠れて強盗が入ってきたと僕に知らせてきた。

 それを聞いて僕は瞬く間に恐怖に支配された。どうしようと慌てることしかできない僕に、メアはベッドの下に隠れるようにと言った。そこならベッドから垂れ下がったシーツで見えることはないから安全だと。僕は彼女の言うことに従ってベッドの下に隠れた。

 それからメアは外にいる衛兵に助けを求めてくると言った。おそらく衛兵はまだ生きていて、雷雨で強盗の侵入に気づいていないだけだろうと。

 僕はそんなメアを止めた。隠れていたほうが安全だと思ったからだ。だけど彼女は強盗ならば金目のものを捜しているから、机の引き出しとかは必ず確認する。ここにいてもどうせ見つかる。それならば彼らの目を盗んで外に出たほうがいいと言った。


 そしてメアは最後に「大丈夫よ。子供のころ隠れんぼが得意だったの知っているでしょう?」と明るく言った。それが僕を安心させるための強がりだったということは、伝わってきた感情で……分かっていた。


 それでも僕はもう彼女を止めることはできなかった。どうしようもなく意気地なしの僕は、代わりに行くと言うどころか、危ないとも、気をつけてとも、なにも声がかけられなかった。

 それから少し経ってからだった。頭に悲鳴が聞こえてきたのは。

 事件のあと窓が開いていたところを見るに、窓から出ようとしてメアは見つかったようだった。

 それからメアは強盗に客間に連れていかれて……強姦された。

 僕はそれを、聞いていた。

 全てを、聞いていたんだ。

 彼女には精神の扉を閉める余裕などなかった。

 だからなにもかも、流れ込んできた。

 星粒子伝達能力セリュムス・インビリティーションで、彼女の声も、彼女の感情も、全て――。

 僕は彼女が酷い目に合っている間、ベッドの下でうずくまって、意味もなく耳を塞いで、ただ震えているしかできなかった。

 そしてメアは奴らにもてあそばれたあと……首を絞められて殺された。

 彼女は最後まで、僕に、助けを求めなかった。

 僕の名を、一度も、呼ばなかった。

 そうすれば僕が困ると思ったから、苦しむと分かっていたから、優しい彼女はなにも言わなかった。

 強盗は早々に金目のものを見つけて雷雨の中、衛兵の目をかいくぐり家を後にした。

 事件が発覚したのは、雷雨が止んだ真夜中だった。

 帰宅した兄が両親の遺体を見つけて衛兵に伝え、それから通報されたのだ。

 僕は通報でやってきた守備隊に見つかって、引っ張りだされるまでベッドの下でうずくまっていた。

 衛兵だけでなく、近隣の人たちはこの家で起こったことには全く気づいていなかった。

 両親が抵抗する音や、メアのあの声も、雷雨で全て掻き消されていた。


 星還葬しょうかんそうの手配は使用人がしてくれた。

 悼辞とうじは使用人が用意したものを兄が読んだ。その内容は覚えていない。僕は式の間、ずっと呆然としていた。まだメアが死んだことが受け止め切れなくて、参列した人から弔意ちょういを述べられてもなにも返せなかった。


 そして最後まで……ひつぎに入ったメアの顔を見ることができなかった。


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