大陸暦1526年――人間と悪魔2
ともかくにも、そんなラウネに直接、私が関わることになったのは、入学して二ヶ月が経ったころだった。
当時、クラスの委員長を任されていた私は担任に呼び出されて、ラウネに授業に出るよう説得してみてくれないかと頼まれた。それを生徒である私に頼んだのは、教師という立場の難しさによるものだろうということは、すぐに想像がついた。
不真面目だが優秀――それは教師が一番、扱いに困る人種だった。
実際、ラウネはそれまで行なわれた小試験を全て受けていたし、筆記も実技も全て満点を取っていた。
それだけでなく、これは担任がラウネから聞いたことだが、授業も進級に必要な日数を考えて出席していた。
そう。あいつは生徒として必要最低限のことをこなしていたのだ。
しかも、最高という結果を残して。
そんなラウネに、教師は強く言うことができなかった。
それでもほかの生徒の手前、形だけでも授業には出てほしいと考えていた。
成績が良いから見逃されているとほかの生徒に思われたら、教師としては示しがつかない。それにこんなことが続けば、いずれラウネにとってもいいことにはならない。
しかし、教師がなにを言ったところであいつは聞く耳をもたなかった。
だから、わらにもすがる思いで私に頼んできたのだ。
それを『やってみます』と二つ返事で引き受けたのは、担任の心配はもっともだと思ったのと、その時点で私もラウネのことが気になっていたからだった。
担任からあいつのサボり場所を聞いた私は、休憩時間にそこに行ってみた。
そこは校舎裏の木々が植えられた人気のない場所で、ラウネはそこにある一番、大きな木の下であぐらをかいて本を読んでいた。
最初、ラウネの対応は素っ気ないものだった。
話しかけても本から顔を上げないし、返ってくるのは空返事のみ。しかし、諦めずに
だが、ラウネは相変わらず授業には出てくれなかった。
それでも私は諦めず毎日のようにあいつを説得した。それを続けていたことで、私は対して知りもしない同期から忠告を受けるようになった。
あいつには関わらないほうがいい。
それを上手く流していると、今度はラウネの陰口が耳に入るようになった。
そう。ラウネは一部の同期から好ましく思われていなかったのだ。
それも仕方のないことだった。学校というものは集団行動も多く、協調性が求められる場所だ。そんな中で一人、好き勝手に行動する人間がいたらそれはもう目立つし、周りも良い気分はしないだろう。
それは担任が危惧していたことでもあった。ラウネが思うがままに学生生活を送り続けていたら、いずれ同期からいじめを受けるのではないかと担任は心配していたのだ。
私はそのことを担任に報告するか迷ったが、結局は様子を見ることにした。
そうしたのは、当人がそれを全く気にしていなかったのと、いずれラウネがまともに授業に出るようになれば自然と収まるだろうと考えていたからだ。
だが、その考えは甘かった。
そうなる前に、ラウネに直接ちょっかいをかける集団が出てきたのだ。
その集団は貴族の子息の集まりだった。
彼らは、魔道の家系であるラウネを場違いなどと言ってなじってくるようになったのだ。
そんな人間が目の前に現れでもしたら、今のラウネなら嬉々として煽り返したり痛いところを突いたりして楽しむのだろうが、あのころのあいつはそんなことをしなかった。
今よりも大人しかったという意味ではない。冷めていたのだ。
あいつはいつも、人間をどこか冷めた目で見ていた。
締まりのない笑顔を浮かべていても、その目はいつも笑っていなかった。
だから、絡んでくる人間になにをするでもなく、無視した。
本当につまらないものを見るような目で
そんなラウネの態度に腹を立てた彼らは、あるときあいつと一緒にいた私を取り押さえて、多人数であいつに指導という名の暴力を振るおうとした。
だが、ラウネは彼らを完膚なきまでに叩きのめした。
直接的な暴力で、ではない。言葉の力でだ。
ラウネは彼らのまとめ役の素性を全部、調べていた。
そして全てを見透かしていた。
人が奥底に隠しているものを、暴かれたくないことを、友人たちの前で披露したのだ。
その件を切っ掛けに彼らはすっかり大人しくなった。それどころか何人かはラウネを見て怯えるようにまでなった。
それで変わったのは彼らだけではなかった。
それからラウネは少しずつ授業に出てくれるようになった。相変わらず授業とは関係のない本を読んでいたが、出席してくれるようにはなったのだ。そのこと自体は喜ばしいことだったが、唐突な変化というものは目立つもので、そんなラウネにまたちょっかいをかけてくる人間が出てきた。
今さら真面目になったのかとか、委員長に手綱でも付けられたのかなど言って。
そんな人間にラウネは以前のように無視をしなくなった。
貴族の子息にしたようなことをするようになったのだ。
それが教室だろうとどこだろうとお構いなしに、ラウネはその人間を晒し上げた。
そして不快な顔を浮かべる相手を見て、笑った。
まるで子供がおもちゃを見つけたような笑顔で。
これまでの冷めたものではない。本当に楽しそうな目をして。
……そう。ラウネはあの事件を切っ掛けに気づいたのだ。
人の奥底を暴き、言葉で精神的に追い詰め、その反応を見るのが自分にとってなにより楽しいものなのだと。
そんなラウネには、いつの間にか悪魔というあだ名がついていた。
頑丈な肉体、尋常なる運動能力、卓越した頭脳を持ち、そして魔法も扱える、人の負を食らう生物――悪魔と。
私はそのことに憤ったが、当の本人はそれに怒るどころか喜んでいた。
それどころか自称までしていた。
自分を表現する言葉にこれ以上のものはないと。
もとより自分は、そういう風に生まれついているのだとまで言って。
そのことが気にくわなかった私は、あいつが人を
その度にラウネは不満そうにしていたが、私のしつこさが実を結んだのか、次第にそれを控えるようになった。その代わりに私を
そうしてラウネは大人しくなり、監獄棟に誘われて尋問官となった。
これであいつのあだ名も薄れることだろうと安心していたら、いつの間にか今度は監獄棟で悪魔尋問官と呼ばれていた。
それは悪口ではなく、敬意と畏怖を込めての呼び名ではあったが、それでも私はそれが気に入らなかった。だからといってもう学生でもないし、同じ職場でもないのだから、口を出すことはできないのだが。
そういうわけで、そんなラウネのことだ。
私になんでもしてもいい権利と言ってはいたが、ようは私に嫌がることをしたいのだろうと思う。
そして、私の反応を見て楽しむつもりなのだ。
嫌がらせならば普段からもされているし、先ほども会話の最中に隙あらばとされていた気がするが、わざわざ権利までも欲しがるということはいつも以上のことがしたいという意味なのだろう。
正直、なにをされるのか不安ではあるが、捜査を進展させるためには仕方がない。
それに私が我慢すればいいだけの話なのだ。
それによって犯人に繋がる手がかりを見つけられるなら、そしてあわよくば事件解決に繋がるのならば、私の身など安いものだ。
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