スライムが愛らしいので話しが膨らみました
六月
第1話 緣 エニシ
私の生きている世界はきっと薄膜の向こうに在るのだろう。
現実感の薄い毎日。
喜びも、心の痛みも、悲しみも、嫌悪も、恐怖も。
みな壁の向こうに在る。
壁から伝わる欠片を拾い、生きているという自分を感じる。
それが私の全て。
私の目に映る人々は今日も意味を持たない事象として記憶から薄れ去って行く。
私が身を置くこの世界と現実には隔たりを常に感じていた。
人付き合いもそれなりとなるのも分かる事だろう。
え?隣に住むおじさん?
特に印象にも残らない隣人に私が気を掛けないのは当然。
見た次の瞬間には忘れてる。
何処にでもいるくたびれたオッサンに記憶力を割く価値はあろう筈も無い。
でも、この日、何かが違って見えた。
??、
段ボールを抱えた隣のおじさんを見掛けただけなんだけど?
髪の毛に不自由しているのが一目で分かる人だった。
次に見掛けた時は、気持ち悪い笑みを浮かべていた。ホント気持ち悪い。
・・・あれ、何か今日は?
目に付く様になってから、気が付いたら隣のおじさんの事は気にする様になっていた。
視界に入った時は動向を見つめる位には。
身体が引き締まってきたのか、何かぱっと見た目も以前とは明らかに印象に違いがある。
何だろ?
ネアンデルタール人からクロマニヨン人へと分化でもしたかの様な違い?
そこから現新人への進化にと進んだかの様。
後日、その印象から私は更なる衝撃を受ける事となる。
「ハゲ!だ・とぉ~」
禿頭?いや、スキンヘッドか。
あの人、サラリーマンだったよね?
会社の就業規則に抵触しなかったのかな?
日本では禁止の会社が多いって話を聞くし。
それからの隣のおじさん。
いや、私基準、単なるモブから脱したんだ。阿部さんと呼ぼう。
その阿部さん。この頃オーラの様な力と言える物を感じる様になった。
気のせいでも無いと思う。
存在感が全く違う。
以前のしょぼくれた地獄の餓鬼の風体と明らかに違うのだ。
イケオジ化が進んでいる。
私におじさん趣味はなかったはずなんだけど、この阿部さんはアリ!そう思う。
なんとも言えない臭いが漂って来た以前と違い、今は匂い。そう、香り立つオジサマだと言える。
意外と背は高い方。
意外と思える程に以前は猫背だったんだろう。
優しそうなんだけど、迫力の様なものも感じられて、何だろ?頼りがいもありそう。
少し前なら、天地がひっくり返ったって思うはずも無い。
阿部さんに何が起こってこうなったのだろう?
私が他人に興味を持つなんて、以前の私ならあり得ない事。私自身、何が起こって今の自分となったのかも分からない。
でも、悪い事じゃ無いんだと思う。
気分が前より良いのだから。
夜中なのに何か声がする。
お隣からか。
えっ!!
阿部さんが女の人をタクシーに乗せている?
綺麗な人。
あの風体だったのに、阿部さんに彼女がいたの!?
でも、やり取りを良く見たら何かそうでもなさそう。
そうだよね。以前はあんなに気持ち悪かったんだから。
いや、カッコ良くなったからこそ引き寄せられたとも言える。
そう。匂い立つイケオジに引き寄せられ、他に幾人も喰い付いて来ている女がいてもおかしくも無い。
阿部さんの事、恋愛対象として好きなのかまだ私自身よく分からないけど、何か面白く無い!
観察対象に女の影!
カッコ良くなってからなびく女に何か釈然としない思いをするが、仕方ない事だとも思う。
今の阿部さん、素敵だし。
ん?今日は胸当てを装着してスーパーカブに乗ってお出掛けの様。何処に行くんだろ?
胸当てを着けているって事は、戦うって事だよね。
討ち入り?
スーパーカブでのお出かけは良く見掛けたけど、防具を着けているのは初めて見たな。
好戦的には見えない人だから、喧嘩って事は無いと思うけど。何をしてるのかな?
あ、あれは何?
青色の・・・スライム?
リュックからスライムが見えるのだけど。
阿部さんが飼っているのかな?
プルプルしていて水信玄餅みたい。
透明感もあってプルプルしている様子が何かかわいい!
何か楽しそうな様子。
すごく、さわってみたい。
阿部さんに言えばさわらせてくれるかな?
でも……、さわってみても現実感が乏しく感じてしまっている私にも分かるのかな?
気持ちよさそうな感触も分かるのかな?
正直、阿部さんを観察していても現実味を薄く感じている私がいる。
変化を拒む私がいる。
一歩踏み出す事。
だけどそれが自分のいるあやふやな居場所から足を降ろす事、生きている実感、現実に立つ事が出来るのかもしれない。
スライムさんを抱きしめる事によって。
クリスマス・イブ
何処からか帰って来た阿部さんに思いきって声を掛ける事にした。
防具を装備し、リュックにはスライムさんもいる。
阿部さんは少し機嫌が悪そうな雰囲気がしたけど私は構わず声を掛けた。
「こんばんは。阿部さん」
「え?あ、こんばんは。あなたは……えっと、お隣の……」
「はい。隣に住む風間です。風間亜弓です。」
「風間さんですか。隣に住みながら今までちゃんとしたご挨拶も出来ず、すみません。改めて、阿部です。今後も宜しくお願いいたします」
「はい。私こそ宜しくお願いします」
「それで、何かご用がお有りかと存じますが、なんでしょう?」
「実は、阿部さんのリュックにいるスライムさん」
「ミズモチさんの事ですか?」
「ミズモチさんというのですか。そのミズモチさんを是非紹介していただきたいのです」
「ええ。私は一向にかまいませんが。ミズモチさんいいですか?」
《ミズモチさんはプルプルしながら、はいと言っています》
「よろしい様ですよ」
「では、お願いします」
阿部さんはリュックを下ろし、その中にいるミズモチさんを両掌の上にささげ、私の目の前に見せてくれた。
目の前間近にいるミズモチさんはやはり愛らしくて、何やら挨拶をしてのるかプルプルしている。
思わず私も笑顔になる。なっていると自覚出来ている。
「さわらせていただいても良いですか?」
《ミズモチさんはプルプルしながら、はいと言っています》
「はい。良いそうですよ」
「では」
私は阿部さんの手と同じく両掌をささげ、ミズモチさんのいる高さに合わす。
すると、ミズモチさんはピョンと飛び乗って来た。
「はぁ~~」
幸せの感触と重さを感じる。
意外と暖かい。
と、するとミズモチさんと何故か阿部さんの頭頂が突然、
『カッツっと光輝いた!!!』
目が潰れそうな光を感じた。
そんな衝撃を受けた。
本当は物理的には光って無いけど。
阿部さんは私の様子に違和感がしたのか、声を掛けて来た。
「どうかしましたか!?大丈夫ですか?」
「・・・いえ、大丈夫です。ミズモチさんの愛らしさの洗礼を受けただけです」
「……はい。そうなんです。ミズモチさんは本当に愛らしいのです。解ります」
「今日はミズモチさんと知り合えて、良いクリスマスプレゼントを頂けました。ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ」
「それでは、お返しします」
ミズモチさんと阿部さんの頭頂から受けたエネルギー?
朝目覚めた時、私の世界と現実との膜は消えていた。そんな気がする。
きっと、阿部さんが拾って来たというミズモチさんがいる段ボールを見た時から始まっていたのだろう。
私と世界は・・・繋がった。
冒険者になったのだと言う阿部さんの様に、私もこれから冒険者を目指したい。
そして、ミズモチさんの様なスライムさんと一緒になるのだ!
メリー・クリスマス
アヴェマリア(こんにちは、おめでとう、マリア)じゃなくて、
阿部・ミズモチ !!
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