常務にゃんと愉快な傭兵団のフロンティア☆アドベンチャー

東美桜

異世界からの出向依頼

『聞こえますか……八坂カノンさん……あなたの心に直接語りかけています……』


『私の世界に遊びに来ませんか……? あなたも毎日お仕事で息が詰まっているでしょうし……』


『異世界はあなたのお仲間が思うほど怖いところではないのですよ……まぁ、今はちょっと色々あって色々あるんですが……色々あっても多分楽しめると思いますよ! 多分……!』


『なので……どうか……切実に……遊びに来てください……!』


 ◇◇◇


「っていう依頼がありましたにゃん!」

「……………………………………えぇー」


 朝礼が始まるなり大興奮でまくしたてた少女に、芝村千草は呆れたように目を細めた。爽やかな朝のはずが、MDCオフィスにはどんよりとした空気が漂っている。社員全員の顔に「また異世界か」という文字がでかでかと書いてあるようだ。

 気にせず猫耳カチューシャをぴょこぴょこさせる少女──彼女こそがMDC常務、八坂カノン。ボブカットの茶髪と大きな瞳を持ち、低い身長も相まって愛らしさが目立つ少女だ。重苦しい空気漂うMDCオフィスの中で唯一、彼女の周りだけ空気がやたら軽い。それもそのはず、大半の社員に異世界出向経験がある犯罪対策会社MDCの中で、カノンは唯一異世界に行ったことがないのだ。深々とため息をつき、代表してMDC社長・高天原唯が口を開いた。

「あのねカノン。行く気満々みたいだから言うけど……異世界ってアンタが思ってるほど楽しい場所じゃないわよ?」

「わかってるにゃん!」

「わかってるなら何でそんなにニコニコしてるのよ。私たちが行った異世界みたいな場所に行きついたらどうするのよ。生きて帰れないかもしれないのよ? そんなどうでもいい案件で大事な常務を失うなんて許せないんだけど?」

 現在のフロンティアの惨状を考えれば全くどうでもよくはないのだが、残念ながらMDCはそんなことを気にする団体ではなかった。他の社員たちも口々に制止の声を上げる。


「ウチもしょーじきお勧めしないっス。ウチはどーせ出向先との契約で異世界行きまくってるんでいいんスけど、場所によっちゃガチでウチらの手に負えないっスから」

「そうですよ! ほんとに場合によっては世界ごと滅んじゃいますよ!? やめた方がいいですって……!」

「まぁ常務にゃんが行くって言うなら無理には止めないのー。でも一歩でも道を踏み外したらとんでもない事態になりかねないのー。軽い気持ちで行くのは専務として阻止するのー」

「異世界……私くらい、強くないと……生き残れない……し、私は行かない……」

「実際僕は物理的に死んだんだけどね……もうやだ……」

「つかその女神ってヤツ、ほんとに信用できンのか? 話聞いてりゃ勝手な都合で自分の世界の事情によその世界巻き込んでやがる大迷惑女神じゃねーか。ほっとけよ」

「そんなことよりおなかへった!!」

「そんな社員総出で止めることなくないにゃ!?」


 想像以上に制止されてたじろぐカノン。……彼女とて、他社員の異世界体験を聞いたことがないわけではない。リスクも十分以上に把握している。しかし、だとしても異世界行きをやめたくはなかった。

「でも……あの女神さま、困ってるみたいだったにゃ」

「困ってるふりならいくらでもできると思うっスけど」

「いやいや、あの声のトーンはほんとに困ってたにゃ! 演技じゃないにゃ! 常務にゃんわかるにゃん! 経験で!」

「……常務が言うんならそうな気がしてきたけどさ」

 カノンはMDC入社前、女優として活動していた──もっともではなかったのだが。当時わけあって嘘をつき続けていたカノンは、今やMDCの誰もが認める観察眼を持つに至っている。女神がカノンを騙しているという線は消えた。……が、あくまで千草は苦言を呈す。

「だとしてもほんとやめときな。死ぬよ? 死んだよ? ハンバーガー恐怖症患うよ? 最近一部界隈で僕のハンバーガー恐怖症が知れ渡って、女の子に声かけたらすぐハンバーガー屋行きましょうって言われるようになったんだけど……ってか放っておいてもハンバーガー屋誘われてビビる僕の姿見てキャッキャする子まで現れつつあるんだけど……もう泣いていい……?」

「勝手に泣いてろ」

「……自業自得……」

「ごめんなさいそれだけは私でも擁護できないです……」

「カノン、この重症患者はほっといていいわ」

「ねえ皆辛辣すぎない……?」

 机に突っ伏して露骨に落ち込んでるアピールをする千草だが、悲しいことに誰も取り合ってくれなかった。そんな社員たちを眺め、カノンは顎に指をあてて考える。

「んー。常務にゃんならまぁ、毒食らってもなんとかなるにゃん」

「う"ら"や"ま"し"い"な"ぁ"!!」

「うるせェ血涙を流すんじゃねェ黙ってろクソ重症患者」

「それに女神さま、ほんとに困ってたにゃ……ほっとけないにゃ。ほっといたら絶対あとで後悔するにゃ。だからこっちの業務は一旦みんなに任せて、向こうの案件に手を貸してあげたいにゃ!」

 そう語るカノンの瞳には強い意志の光が宿っていた。相変わらずのお人好しね、と唯は肩をすくめる。良心をかなぐり捨てた人間ばかりのMDCで、何故かまだ良心を保持できている稀有な人間。その良心からたまに無茶な依頼を拾ってくることだけが数少ない欠点だったが、まさか良心が高じて異世界からの依頼まで持ってくるとは。やる気満々のカノンと、げんなりした様子の他社員を見回し、考えた末に唯は結論を出した。


「……何を言っても無駄そうね。カノン、異世界への出向を許可するわ。必要な装備も支給しておくわよ」

「にゃっ! 社長ありがとにゃ!」

「えっ社長!?」

 大半の社員が驚嘆の声を上げる中、カノンは満面の笑みを浮かべた。唯は腕を組み、あくまで毅然と口を開く。

「ただし条件があるわ。ひとつは今とりかかってる案件の引継ぎを済ませておくこと。あとこれは本当に申し訳ないんだけど、各社員それぞれ業務が立て込んでるからアンタ以外の人員は派遣できないわ。そのぶん物的支援は十分以上にするけど、人員ばかりはどうにもならないの」

「承知しましたにゃっ」

「最後の条件は生きて帰ること。向こうの世界で死んだら本ッ当に承知しないからね。無理言ってる自覚はあるけど……アンタはこの会社に無くてはならない人材なんだから」

「勿論にゃっ! 安心して待っててくださいにゃ!」

 カチューシャの猫耳をぴこんっと動かし、無邪気に敬礼するカノン。……彼女はいつでも笑顔を絶やさない。たとえ他の社員に止められまくった異世界案件の直前でも。そんな笑顔がどこまでも彼女らしくて、無駄に安心感があって、だからこそ手に負えない。

 彼女なら大抵のことはできるのではないかと、思わせてしまうのだ。

「本当に気を付けてなのー。常務にゃんなら大丈夫だと思うけど、忠告だけはしておくのー」

「えと、いない間のことは私たちに任せてください……その、ご武運を……!」

「にゃはは、二人ともありがとにゃん! 頑張ってくるにゃ!」

 片目をぱちりと瞑り、カノンは両手を高く掲げ──顔の横でぐっと握りしめる。


「ではでは! MDC常務・八坂カノン、出向準備をはじめますにゃ!」

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