大作家

ロイド

大作家

 鼻をほじってみても、逆立ちをしても何もアイデアは出なかった。

自分は売れない小説家だ。売れない上にアイデアが出ないのだから救い様がない。


「こんな時に、シェイクスピアでも現れて代わりに原稿書いてくれたならな~」と、

つぶやいた時、頭の中で声がした。


「おい」


気のせいかと辺りを見渡しているとまた声がした。


「おい、わしを呼んだか?」

「はぁ?」と要領を得ない返事をしていると、声は続けた。


「わしはシェイクスピアだ。今、呼ばれた様なので来てみたのだ」

「はぁ?」


 ここで読者の皆様には疑問が生じている事だろう。

シェイクスピアが何故、日本語をしゃべるのかと?

でも思い出して欲しい。

日本には『イタコ』と言う人達がいて、彼女達は外国人を口寄せしても日本語で答えるのだ。

ここで、テレパシーだからとか、霊界何たらとか色々こじつけても意味が無い。


「分かる物は分かるのだ」

自分は『イタコ』の割り切り方が好きだ。


「誰と話してる?」

「いや、済みません独り言で」

「気が向いたので、呼ばれたので来てみたが、気が無いようなので帰るとするか…」


「いえいえ、呼びましたとも、呼びましたとも、私は大先生の様な作家に少しでも近づければと、日頃から思っておりまして…」

「あなた様のお書きになった『ロミオとジュリエット』は素晴らしいですね」

「全世界に翻訳され、今も時代を超え、数多の劇場で演じられている」


 本当は『ロミオとジュリエット』どころか何一つ読んだことはない。

ただ知っていたのが『ロミオとジュリエット』だけだったのだ。


「おおーロミオ~っ!」と自分はそこで大げさに演じて見せた。

「うむ、宜しい。あれは自分でも自信作で、良いものは国境を超えるからな」


 それからしばらくシェイクスピアの自慢話を延々と聞かされていたのだが、

隙をついて、「今回、お呼びした件ですが…」

「おお、そうであった」

「出来れば原稿を一つ書いて頂けると嬉しいのですが…」と恐る恐るお伺いを立てた所…。

「うむ、宜しい。わしは、お前が気に入ったし書いてやっても良いぞ」

「ただわしには手が無いからな、今の様に語りかけるから、それを記述すると良い」


 かくして、シェイクスピアと自分との世紀の傑作が作られる事となった。

途中シェイクスピアが機嫌を損ねて「もう止める」と言うのを、なだめたり、持ち上げたりして完成したのだ。


 自分は意気揚々と原稿を携え編集部を訪れる。

担当者は無言で読み進めている。自信満々で待っていると…。



「ダメだな」

「威厳と、格式を出してるつもりかもしれないが、いかにも古臭いし、いちいちオーバーなんだよ」

「今どきシェイクスピアでも書かないぞ」

担当は原稿を放り出した。


 自宅に帰りシェイクスピアに頭の中で、事の顛末を告げた。

「お、お前、本当にわしの言った通り書いたのか?」

「書きましたとも、古い言葉は現代に置き換え、心理描写も言われた通りしましたよ」

「た、たまにはそういう事もあるかもしれん。ち、違う物を書いてやろう」


 そして、自分は自宅と編集部を何度となく往復したが、名作どころかボツ原稿しか生まれない。

シェイクスピアの口調も初めの威厳はどこへやら、おろおろ口調で言い出した。


 「わ、わしの文学は日本人には合わないらしい、ちょ、ちょっと待って下さいね」

「日本人作家を連れて来ますから…」

しばらくしてシェイクスピアの声がした。

「お、お待たせ致しました。芥川龍之介です。あ、あなた様もご存じでしょう?」

「こ、こいつに書かせますから」


 「先生、これはこれは、『羅生門』 とか素晴らしいですよね」

「『蜘蛛の糸』 とか短いのに切れ味抜群で…」もちろんこれぐらいしか知らないのだが、芥川ならやってくれるのではないかと思い、精一杯の賛辞を自分は贈った。


「私にまかせておけ」芥川は少し暗いトーンで答えた。

自分は芥川の原稿を携え編集部を訪れた。



「ダメだな」

「文学的なのは分かるが、今どき芥川龍之介だって書かないぞ」


 再び、事の顛末を伝えると、うろたえるのはシェイクスピアと芥川龍之介。

「ちょ、ちょっと待て、私にもう1作書かせてくれ!」

それを遮るようにシェイクスピア。

「昔からなんですよ、役に立たない奴でしてね。ち、違う奴、連れてきますから…」

「ま、待ってくださいね。ほ、ほんのちょっとですからね…」

「もう1作ーっ。もう1作ーっ。書かせてくれなければ自殺してやるーっ」芥川の声が遠ざかっていく。



 「一体、いつになったら名作が出来るんだっ!」

自分はシェイクスピアに脅しをかけた。

「も、もうしばらく。ね、ねっ。何とか名作作りますからっ」

「名作、名作って、採用原稿さえ出来ないじゃないかっ!」

 ヘミングウェイ、サリンジャー、カミュ、夏目、川端どの原稿も編集部で次々と蝶の様に舞った。

 頭の中では歴代の大作家達が罵り合いをしてる。



 もう何度目かの編集部。

「君ねぇ、力作なのは分かるが、現代好まれるのは軽薄な物だよ」

「誰にでも読めて、インテリ気分を味わえる。そういう作品だ」

「君もこんな作品ばかり書いていると契約打ち切りだな」と、担当は言い放った。



「と、言う様なストーリー何ですがどうでしょう?」

自分は、担当に原稿を渡しながら、鼻をヒクつかせた。

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大作家 ロイド @takayo4

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