第10話 贖宥状と第一王子


 塩砦の食堂である。

 部屋には発情王子が描いた第二王子の肖像が飾られている。

 塩砦の防衛戦は大勝利に終わった。

 第二王子軍は第二王子を除き死傷者なし、×教傭兵隊は半壊、隊の死者およそ三百。山の避難民の戦死者は、およそ五百。その後、義理妹姫をリーダーとした追撃隊が山の避難民を急襲、塩砦に移動を命じたが、命令に従わなかった二百名の女性を殺害。残り三百名を塩砦に移動し、戦死者の処理に従事させる。

 戦争の苛烈さ、虐殺、強制労働はそれまで戦争を知らない人々を震撼させた。

 今、塩砦の砦の部屋には、私、発情王子、暗殺少女、元将軍、砂炎踊姫、そして第二義母と元将軍妻が食事を準備してくれている。

 義理妹姫と〇教仏僧と異端者君は、別室で△教の原典の翻訳作業に入っている。

 原典は古代語で書かれているらしく、文字を読める人でもほぼ理解出来ないそうで、読めるようになるには教会での訓練が必要だとか。

 砂炎踊姫は避難民を愚痴る。

 「何が不満なのよ、助けてあげて、部屋も貸してあげて、食事もあげて、仕事もあ

げて、生きていくのに何の不便もないじゃない!」

 その『してあげたのに』が嫌なんじゃないだろうか。

 いま、塩砦は三派に分かれている。海の避難民と、山の避難民女性と私達。

 海の避難民は、攻めてきた山の避難民を受け入れないし、私達には戦闘の対価を支払わない事に不満がある。山の避難民女性は戦争前に男性達に酷い目に遭い、友人を虐殺され、今は無賃労働、しかも死体から金品や衣類を剥ぎ取り、死体は海に流す。女性には男性の死体を運ぶのも大変だ。そして、私達は海の避難民の子供たちを大量に預かっている。その数およそ百名。元々騎馬民族に負けた避難民であったので戦争孤児が多く、先日の戦いで塩砦に海の避難民を受け入れた後、塩砦に置き去りにされていったり、自ら残った者達だ。そのことに無責任だと激怒した砂炎踊姫が更に避難民との溝を深めた。誰もがやりたくてやっていることではないのだ。

 発情王子が発言する。

 「大事なのは計画が順調かどうかだ。元将軍、第二王子計画の進捗は?」

 「はっ、第二王子の首は王宮前に晒されております。首を運んだ愚直大佐副官は報奨を受け取りました、計画通りです」

 「噂は?」と発情王子。

 「市中には『王家の秘宝は発情王子の首と共に塩砦から消失』となっており、多くの者が知るところになっております」と元将軍。

 捕らえられた愚直大佐が戦乱に乗じて牢屋から抜け出し、王子の首を打ち取ったものの大怪我を負い、副官に王子の首と王家の秘宝を託した、副官は見事に王宮にたどり着いたという筋書きだ。実際の越王勾践剣は元将軍の腰にあるけれど、本物を見たことがなければ分かるまい。

 「紛い者の勝利宣言は明日か?」と発情王子。

 「そうでしょうな、生首はそんなに保ちませんからな」と元将軍。

 「今から一筆書いたら宣言前に届くかな?」と発情王子。

 「宮廷内までは無理でしょうが、城下であれば、足の早いものを昼夜走らせれば何とか」

 発情王子が手を上げると叔母が駆け寄ってくる。発情王子に書くものやら、伝令の手配を頼んでいる。

 「異端者君に頼んだ、×教に対しての嫌がらせは進んでる?」と発情王子。

 「間もなく。義理妹姫が付いてますからな、大丈夫でしょう」と元将軍。

 「自分の計画だけ順調かよ馬鹿弟め」と発情王子が愚痴る。

 砂炎踊姫が「問題が山積みです」と言い、続ける。

 「まず食料が足りません。戦闘の為に備蓄がありましたが、塩砦の人数が四百名を越えましたので、食料で三日、飲み水で二日、薪も足りておりません。第二に、お金がありません。戦死した傭兵隊から回収した外国のお金や宝石はありますが、この国のお金に変える方法がありません。武器防具も回収していますが、修繕できる者がおりません。第三に預かった子供達がここを遊び場にしています。他にも、山の避難民の遺体や畑をどうするか。第二王子の戦略の後をどうしていくか、宝石や食料をくすねている人間をどう処罰するのか等々」

 発情王子が発言する。

 「とりあえず、今、決めることは四つ、食糧問題・避難民問題・お金の問題・子供たちの問題。午後、今後の方針と他の問題を片付ける。食糧問題は、元将軍が何とかしろ。避難民問題は砂炎踊姫が何とかしろ。お金の問題は俺が何とかする。子供の問題は義理妹姫に何とかさせる。今日中に決めて明日までには実行開始。その上で何が助け合えるか相談だ」

 発情王子は私に義理妹姫を呼んでくるように頼んできた。

 別室で翻訳を手伝ているはずなので、部屋に向かう。扉前まで来ると義理妹姫が怒鳴っているのか聞こえる。

 「てめぇの感想なんて、どうでもいいんだよ! ×教の解釈がどうなってるか聞いてんだ! …… 女騎士入んな」

 扉を開けて入ると義理妹姫が「お兄からの呼び出しか?」と、私が頷くと「仕方ない『学校』の設立に失敗してるからな」と義理妹姫が言いながら部屋を出ていく。

 異端者君がふぅーとため息を付く。〇教仏僧は残念そうだ。

 私は〇教仏僧に「何をやっているんですか?」と聞く。

 「発情王子は『×教への嫌がらせ』と申しておりましたが、つまりは×教の経典と教会の矛盾点の割り出しですな」

 「なんか大変そうだけど、大丈夫?」と私。 

 「矛盾点の割り出しは簡単なのですが、教会の仕組みや運用などの説明が異端者君ですからな感情が入りがちで、義理妹姫をイライラさせてますな」

 異端者君が人を極端に怯えるようになっているが、いい薬だろう。

 私は食堂に戻る。

 バシン。

 砂炎踊姫が義理妹姫をひっぱたいている。

 砂炎踊姫は「アンタには人の気持ちが無いの!」

 「なんだと!」と義理妹姫が激怒している。発情王子が間に入る。

 「砂炎踊姫。今は俺達兄妹は弟のことで他人の気持ちを考える余裕がない」

 「ごめんなさい」と砂炎踊姫。

 発情王子は二人に伝える「アイデアはあるが行動できない。能力と仕事が一致していないのが問題だな。よし、難民問題について、総責任者を砂炎踊姫、実行担当を義理妹姫。子供の担当を総責任者を義理妹姫、砂炎踊姫を実行担当とする」

 発情王子は二人に座るよう促す。

 発情王子が会議を進める。

 「まず、人的資産の再配分を行う。そのために、この塩砦に住む避難民から全宝石を供出させたうえで、振るいに掛け、宝石の大小を分ける。小の方から一つ好きな宝石を給料として支払う。その後、抜き打ちの身体検査だ。そこで宝石を二つ以上持っていたり、振るいに引っかかる大きな宝石を持っているかチェックする。宝石一つだけのものを『信頼できる者』として分ける。その中で我々の仕事を提示し『やる気のある者』と分ける」

 発情王子は羊皮紙に書く


 やる気があり、信頼できる者 学校

 やる気がなく、信頼できる者 幼稚舎

 やる気があり、信頼できない者 山の畑

 やる気がなく、信頼できない者 塩田



 発情王子は説明を始める。

 「塩田は王家の所有で、漁業権は塩田で働く者の特権だ。飯が食えるようになったから、塩田は俺の物だと避難民が思い上がっているのだろう。だから、先の戦では匿ってもらい、王家と謁見して、スープまで貰っているのに金をせびってくる。半分は山の避難民が襲ってきたのだから、海の避難民が責任を負うべきだろう、もともと同じ国の避難民なのだから。こちらから出す山の畑の者と、海の避難民から年長順での家族ごと合計で千人を畑に送り出せ、反乱の責任を取らせろ。そういうの得意だろ義理妹姫」

 「ふん、まあ適任でしょうね、これから虐殺王を名乗るわ」と義理妹姫。

 「王って、俺も殺害リストに入っているのかよ」と発情王子。

 「学校の者はまずは運送係として宝石を持って東砦に行ってもらう。俺が食料を買い付けてくる。それまでに学校を準備しておいてくれ。幼稚舎は幼児と女性の基礎教育を異端者君に任せよう。塩田の者たちは週一回の礼拝。これも異端者君に。では、私は×教への布告を書く。義理妹姫は海の避難民への布告。砂炎踊姫は分配の布告を書いて、元将軍は身体検査の準備。女騎士は宝石を振るっておいて」

 そうですね、コインタワーを極めた私にお任せあれ! 発情王子めっ。

 机には発情王子の『布告』が書いてあり、乾燥されていた。


ー東砦ー


 東軍大将は出張中。愚直大佐が捕まったら、東軍のトップは俺じゃねぇか、東軍中佐は一人ごちる。

 軍部用と王宮前用とわざわざ二枚とは発情王子らしいが、軍部はいい。百人隊長に見せた後、女騎士叙勲の時に使った立札を使って張り出しておいた。

 もう一枚も立札に張り付け肩に担ぎ移動中だ。王宮前と言えば、生首の晒してあったなぁ。発情王子は随分とやつれちまったなぁと思ったが、替え玉だったかよ。奴のやりそうなことだが、弟を使うとはよ。流石に非道が過ぎるってもんだぜ。

 実際のところはわからねぇが、発情王子軍は戦のデビュー戦で千人対十人の人数差を跳ね除け、圧勝。傭兵隊二百を取り逃すも、反抗した村を襲い、大虐殺。死者総勢千人。悪魔かなにかかよ、おっかねぇなぁ。

 『古代覇王の剣。戦女神を二人と影を召喚し、敗走する兵を皆殺し。その価値はいかばかりか』

 変な噂が流れちまっているが、圧倒的な戦果を見せられちまったらしかなねぇわな。

 指揮を執った王子が戦勝に酔っている時に暗殺され首と共に古代覇王の剣は消失。そして首は晒され、王宮前にあり。古代覇王の剣は今、何処。

 この布告ときたら、実に馬鹿馬鹿しく、実に効果的だ。

 戦士になる者、一度はアレキサンダー大王の伝説に憧れるものだ。傭兵になるやつは大王に憧れたからと言ってもいい。その一説に『ペルシャ大帝国を落し時、得た金およそ二十タラントン』そんな御伽噺も古代の剣とセットだと効果的だわな。

 王宮の前が見えてきた。王宮の門はそりゃ閉まっているわな。こんな早くから、第一王子は城門の上から演説しとる。見つかりたかねぇな、面倒な事になりそうだ。城門スレスレを歩いていけば、上からは見にくいしな。というかそこしか空いてねぇ。やれやれ、傭兵も朝早くからご苦労なこって。まあ、第一王子の話ではなく、その腰にぶら下がっているのが古代覇王の剣か確認したいだけだろうが。『抜身の刀身は黄金色』複数の目撃証言もあるからな。やれやれ、こんな奴らにこんなもん見せたら騒ぎになる。

 傭兵たちに見えないように板を裏返しにする。

 第一王子のハスキーな声が聞こえる。

 「愚直大佐の副官は超大な報奨と我の言葉に感涙し……」

 閉ざされた城門前には近衛兵が二名立っている。

 発情王子に近衛隊は『第一王子の親衛隊』などと揶揄されるが、それだけ近衛隊は規律が正しいということだ。女騎士の叙勲式に参加できず、それは恨まれているようだが。

 「おう、ご苦労様」と声をかける。

 「これは東軍中佐。こんなところに何用で?」

 「まあ、お前らも先にコレを読んでおいた方がいい」

 近衛兵二名にだけ見えるように立札を傾ける。

 「これは…… 我々は塩砦に集合した方が宜しいので?」近衛隊の言はもっともだ。

 しかも、今、軍のトップは俺だ。だからこそ俺が持ってくるしかなかった訳だが。

 小柄なマントを被った少年が声を掛けてくる。

 「一旦、いつもの場所に全員集合して、再配置するしかないんじゃない?」

 「お、お前!」馬鹿かこいつ。

 「シッ」少年が俺の声を止める。

 俺は近衛兵に「東軍中佐の命で、近衛隊に集合を掛けろ、場所は軍の宿舎だ」と告げる。

 俺は立札を傭兵たちに見えるように置きなおし、傭兵の格好をした少年の腕を掴んでその場から急ぎ足で離れる。

 後ろからは絶賛演説中の第一王子の声が聞こえる。

 「我が生まれてきたことに、そして同じ時代に生まれることが出来た事に感謝せよ!」


  布告


 我、発情王子は東砦の王の証である、西の聖者の自記筆の書を持つことから、今回の件に関し、東砦の王代理として事件の収拾を行う事とする。

 

 先日、滞在先である塩砦にて我が弟、第二王子が殺害された。

 賊の一味、愚直大佐を捉え、尋問したところ犯人の一味が判明した。

 故に犯人を断じることとする。


 主犯 自称第一王子 王位継承権なし

 共犯 愚直大佐

 共犯 愚直大佐の副官

 三名は第二王子殺害の実行犯として死刑に処す。 

 尚、愚直大佐は近衛隊が塩砦に集結した場合、本人が欺かれていたとして、現隊復帰。

 愚直大佐の副官は罰金、三タラントンを支払えば現隊復帰とする。

 

 また、この布告より印章は本印を使用する事とする。この布告にあるものと、△教会にある写本に本印がある、確認せよ。

 また、我が弟、第二王子は『西の聖者の原書』を百冊写本し、△教会に寄贈した。△教の方々、どうか弟の冥福を祈り賜え。


               発情王子




 発情王子め、女騎士専用の防具が軽いとはいえ一晩中走らせるとは。夕方に出発して朝まで。普通歩いて二日かかる行程なのに。しかし、祖父は魔人だ。発情王子を背負い、伝説の剣と私の将軍剣を腰につるし、同じ速度で走り、疲れも見せず、今は軍の宿舎に向かっている。

 私は宝石を振るって、宝石の大きい物を袋に小分けにした後『やる気があり信頼できる者』に袋を渡し、走れる若い十名と共に夕方には出発した。彼等は普段、城外の△教の魚粉工場まで走って水を汲みに行っていたので皆、楽勝だと言っていた。しかも身体検査はたまたま近場に居た者から始めているので、女の子が十人という構成なのだ。大分遅れて私が最後で到着。

 今は城下の△教会でお世話になっている。

 少女たちは教会の講堂で軽く食事を取り、就寝中だ。

 私は△教会の人達につかまり、第二王子について細かく聞かれている。意外なことに発情王子より、第二王子の方が有名なのだ。△教は西の聖者が興したのもので、西の聖者と弟子たちとの経典がたくさんあるのだが、西の聖者の師は☆教である。☆教の経典は理解が難しい。△教にある経典と辻褄が合わないことが多く、教会の人々を悩ませていた。そこに『写本』と呼ばれる西の聖者の☆教の解釈本が第二王子によってもたらされた。『写本』には解釈だけでなく、西の聖者やその師の考え方や思いも示されており、一気に各地の経典の理解が進んだ。解釈の違いにより、いがみ合っていた△教内部もまとまり、各経典についての勉強会などの交流が進んだ。また、王家の署名と落款が各教会の権威を高めることに貢献した。それにより第二王子ではなく、第二聖者と呼ぶ者もいるという。

 私達がもたらした王宮前の生首が第二王子であるという事実が教会の方々に驚愕を与え、私は第二王子の死について詳細に聞かれている。特に第二王子の言葉は一語一句違えることがないよう注意される。私の周りには、二名の書記と二十人近い教会の方が嗚咽が漏れるのを堪え、涙を流しながら聞いている、少し怖い。

 発情王子が東軍中佐を連れて入ってくる。

 「ちょっといい」と発情王子は私に声を掛けてくる。

 私は良いけど、教会の方々は嫌がっている。話の途中だしね。

 発情王子は「第二王子の物語はまだ終わっていない。そして今、君達はその物語の中にいる、分かる?」と信者たちに言う。

 信者達が立ち上がり、涙を拭く。


 東軍中佐は「女騎士とは久しぶりな気がするな」と私に声を掛けてくる。

 「私なんかとんでもなく久しぶりに感じます」と応える。

 「女性に言うのもなんだが、面構えが男前になったな」と東軍中佐。

 「相当殴られましたからね、いろんな人に」と私。

 叔母の一人が連れてこられた。連絡係だろうか。

 発情王子が「第二王子の物語の終わらせ方の会議をしたい」というと、教会の方々は退出すべきか悩ましげだ。

 「いい、いい、当たり前のことしか言わないから…… 実に困ってる」と発情王子は話を始める。

 「第二王子は私に『歴史に名を残せ』と言って逝った。だから、自称第一王子なんかあっさり退場して貰わなきゃいけないが、動くには足りないものだらけだ」



 東軍中佐が発情王子に問う。

 「発情王子は何であんな危ねぇ場所に居たんだ。やる前にやられちまうだろうが」

 「え、第一王子を指さして『あれは古代の剣だ』って叫べば終わりだったでしょう。にもかかわらず、掲示が遅れるから第一王子の演説が終わっちゃったじゃん」

 「俺だって最短で動いたぜ」と東軍中佐。

 「我々は一昼夜走ってきたんですが大佐は?」と厭味ったらしく、発情王子。

 「ハイハイ、出遅れまして、すみませんでした」と反省の色なく東軍中佐。

 「まあ、弟に笑われるから、そんなことしないけどね」と発情王子。



 「では本題」と発情王子が信者たちに伝える。

 「飯がない、水がない、服がない、兵が足りない、矢が足りない、お金がない。あるのは傭兵の武器と防具、避難民。そして、第二王子の戦利品の宝石のみ」

 「宝石があるのに、お金がないの?」と私。

 「宝石は価値があるのでお金に換金できるが、一度に大量の宝石を換金できるところはそうはない。宝石は基本的に保管用だ。しかも大量にあると買い叩かれる。大量のお金を集めるのが困難だからね」

 △教の司祭様が言う「だから、△教会なのですね。あの『第二聖者の戦利品』として寄付を募れば、国中から寄付が集まる」

 「そうだね、宝石を記録して、鑑定書と共に渡したら、多めの寄付が集められそうでは?」

 「それはもう。兵以外は全てこちらで用意いたしましょう」と司祭が微笑む。

 「今は△教会のご配慮にすがるしかないね」と発情王子。

 「詳細は全てこの女性に聞いてください」と発情王子は叔母をグッと前に押し出す。

 叔母は顔を赤らめ東軍中佐を見る。

 ほぅ、そういうことか、やけに発情王子の前に出てくるから何事かと思っていたが。

 コインタワーを倒された時からか?

 東軍中佐は「ええと、あ、あの時の!」とか言っている。

 発情王子が「女騎士、やれ」と言ってきたので、遠慮なく東軍中佐をビンタしてやる。

 バチン、ドス。

 東軍中佐は尻もちを付く。

 「二度と、女性の顔を忘れるんじゃねぇ」と発情王子が東軍中佐に脅した後、さわやかに解散を告げた。

 「さあ、伝説の終わりの始まりだ!」


ー東砦王宮ー


 「大変です! 第一王子! 失礼いたしました、皇太子殿下、町にこんなものがばら撒かれています」

 位の低そうな文官が王座の間に飛び込んでくる。

 躾がなってないのは△教も同じか、もう少し神学について教えてやらねば。

 渡された紙らしきものに目を通す。



 贖宥状に対する九個の疑問


 我、×教徒に教えを乞う。このことが経典のどこに書いてあるか教えてほしい。


一、贖罪には本人が深く反省することが必要と書かれているが、それは行われているのか。

二、罪は解消されることなく、本人が煉獄に持ち込むとなっているが、贖宥状によって生きているうちに解消されるとはどういう状態のことか。

三、主と子供たちは直接つながっているとあるが、教会が主と子供の間に入れる理由とはなにか。

四、誰が天国へ行くのか、誰が地獄に行くのかは主がお決めになるとあるが、教皇がそれを決める権利あるとはどこに書いてあるのか。

五、つまり教皇による指示で死んだ者は天国には行けないのではないか。

六、教皇が主と同じ権利を持つというのは主を汚すことにならないのか。

七、お金で罪を解決することは主を欺くことではないのか。

八、お金で罪を解決しようとすることは、強欲ではないのか。

九、主の「愛」に誓って、そのお金を受け取ることができるのですか。


 ×教徒 神学校所属 異端者君

 

「これは…」第一王子ですら、声が出てしまう。

 これをもたらした文官に、第一王子は×教司祭をここに来るように指示を出す。


 贖宥状とは×教の教徒が懺悔を行わなければならないときに、司祭など位の高いものに懺悔を代行してもらい、教徒がその代行料を支払う仕組みであり、×教の資金源である。

 ×教も△教も同じ師から派生であり、師は☆教の信者である。☆教は☆教の家族しか教徒に成れないため、一部族の宗教であったが、神の愛は無限であると、師が他部族や、女、奴隷にでさえ教えを説いたとされる。

 経典は☆教も△教も×教も基本的には一緒なのである。

 △教で言えば、西の聖者が☆教の経典の解釈を付け加えており、×教は「裏切者」と呼ばれた弟子が内容を編纂したり追加したりしている。

 ☆教の経典であれば、比較的に手に入りやすい。大変な金額になるが、金さえあれば手に入れることができる。

 △教は北砦王家・東砦王家・西砦王家がそれぞれ西の聖者が解釈を書いたとされる原書を保存している。

 ×教は「裏切者」が編纂したとされる経典の写しが、大きい教会にはあるとされる。その数は優に百冊を超えるとされている。内容も☆教をベースに追加や変更されていると言われている。

 いずれにしても、西側の国の古語で書かれているので、教養の高いものしか読めない。

 ×教会内でも読める者の方が少ないのである。

 多くの教徒たちは一部の知識層が解読した内容を口語にて聞くのみである。

 ×教は多くの教徒を抱え、大きな組織力をもって経典解釈を今なお行っている。×教は経典が読める人間が少ないとはいえ、他の派閥と比べれば多いのである。

 △王国は国教として△教を使っているが、国を外敵から守るための礎でしかない。

 △王国の建国由来は、王様が北から逃れてきた。西からは聖者が逃げてきた。東から賢者が知識を求めやってきた。

 賢者の知識を借り、聖者に支えられ、王様はこの国を作った。

「盗むなかれ・殺すなかれ・隣人を愛せよ」というこの国のルールは、王様・賢者・聖者がそれぞれ一つずつ一番大切だと思うルールを合わせたものである。

 △王家は軍を持つ特権と引き換えに、北・東・西の関所で他国からの進攻を防ぎ、東の賢者の知識でこの国を繁栄させ、西の聖者の道徳で国民を率いているのである。

 そんな西の聖者の勉強を修めた第一王子はこの「贖宥状に対する九個の疑問」が大変危険なものだと分かってしまう。

 九個それぞれが、×教を殺しうる強力な疑問であること。

 この疑問を作った人間が、×教の経典を相当読み込んでいることが質問の内容からだけで分かる。

 これが×教の教徒から発せられたこと、そして☆教など他教徒が検証できてしまうこと。これが発情王子が出しているのなら、△教との「解釈の違い」で一蹴できるが、×教内部の人間が疑問を呈しているのだ。

 そして☆教も△教も実害は全くないのに、贖宥状を使っている×教だけに猛毒。

 この異端者君という人間が相当に切れ者であるのが分かる。もしくはその周りの者が相当な切れ者である。発情王子だけではこのタイミングにこれだけのことを成しえない。

 △王国の宗教色はそれほど強くない。特にこの東の王宮は東の賢者が治めていた土地、賢者の信奉していた〇教は宗教というより、哲学に近い。

 それゆえ×教に追放されたり、破門になったり、命を狙われたものは、庇護を求めて東砦に流れてくる。普通は△教会の庇護下に入るのだが、それでも手に負えないものは東砦から外に出され、貧民窟へと追いやられる。そこまでになる者はそうはいない。歴史を見ても、数名だろう。


 ×教司祭が入ってくる。あれほど尊大で、剛毅な雰囲気を出していた司祭はいま、震えながら、息も絶え絶えでこちらを見ることもできない。

 「司祭、この異端者君とは何者だ」第一王子は問う。

 「ら、雷狂の異端者君です……」

 それだけで分かるものなのか、それとも×教内では有名なのか?

 「雷狂などという言葉は初めて聞いた、説明せよ」第一王子は問いを続ける。

 「少年の時、彼の目の前で雷が落ちます。それから神学校にて経典の勉強に勤しみ、疑問があると立場をわきまえず、だれかれ関係なしに質問をしまくる狂人と……」

 この禿げた司祭、本当に使えないな。

 異端者君は雷の中に神を感じたということか。

 圧倒的な死をもたらす雷に神の力を感じても仕方がないことだ。

 「司祭、今、異端者君はどこにいる?」

 「城外かと」

 それはしまったな。

 基本的に△教の原典は王家の者しか見ることがないが、塩砦には今、原書がある。経典の教えを飢餓的に欲している雷狂異端者君と、×教徒とは別解を持っている発情王子は相性が良すぎたに違いない。

 九個の問いが精練されているのは発情王子の介入によるところだろう。

 仕掛けてきたのは発情王子。

 ×教を攻撃するこんなものをバラ撒くことのメリットは彼しかない。

 この世界の秩序を崩壊させる気か?

 そして、雷狂、元将軍、愚直大佐、東軍中佐、強力な破壊の使徒が発情王子のもとにいることになる。

 発情王子は、どうして人に恵まれるのか。

 第一王子は羨望と共にニヤリと笑うのだった。

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