コード=プリンセス~人類の敵、アイドル活動で世界征服を目指します~

西塔鼎

プロローグ

 非常灯で照らされた薄暗い廊下を、二人の人間が歩いていた。

 いや、正確に言えば――一人が、もう一人に銃を突きつけて歩かせているというべきだろうか。


「早く歩いて下さい」


 ぼそりと告げたのは、銃を突きつけている方だった。

 短く揃えられた漆黒の髪。無駄なく引き締まった長身に、これまた黒っぽい服装――というのは、薄暗い廊下でその詳細を見て取ることができないからだ。しかしそんな暗がりの中でも、おおよそ普通ではない彼の鋭い眼光だけは察することができる。

 無感動のみをたたえた、真っ黒な瞳。しかしそこから湧き出るのは虎か狼か――『狩る者』特有の凄味だ。


「……一体、何でこんなことを」


 銃を突きつけられた白衣の女が、怯えたように口を開く。


「貴方は、ここがどこだか――」

「知っています」


 短くそれだけ返すと、男は一枚の巨大な扉の前で足を止めた。

 金属製の、いかにも頑丈そうな扉だ。脇には認証入力用のパネルが据え付けられており、どうやら容易に開きそうな様子はない。


「……指紋認証に網膜認証、声紋認証。随分と厳重ですね……開けて下さい」

「ダメよ、この先は……ひっ!?」


食い下がる女の額に男は銃口を押し当てて、


「目を抉られ指を落とされるのと自分の意志でここを開けるの、どっちがいいですか」


 淡々とした声色でそれだけ告げると、女は観念したように扉へ近づきパネルを操作し始めた。

ややあって、ロック解除を示す軽い電子音と共に三重にも重なった分厚い扉が開くと、女は憔悴しきった顔でうめく。


「……貴方は、自分が何をしているか分かっているの? こんなのは、人類に対する叛逆よ?」

「そうですか」

「今ならまだ間に合うわ。お願い、引き返……」


 女が言い終わる前に、男がその首筋を打ち据えて彼女の意識を中断させる。


 倒れた女を扉の前で横たえて、男は中へと歩を進めていく。

 光源のない真っ暗な通路を進むうちに――やがて開けた空間に出た。

 所狭しとモニターや計器類が敷き詰められた、研究室然とした円形の広間。そして、何より目を引くのがその中央に鎮座する、三つの黒いモノリスである。

 高さは二メートル程度。それぞれ68,13,32と別々の数字が描き込まれた黒曜のような表面には、周囲の機材から伸びた多数のケーブルが接続され――その様はどこか、鎖で繋がれた囚人を思わせる。

 男はゆっくりとモノリス群に向かって歩み寄り――すると、その時だった。


「『何用だ、人間』」

 スピーカー越しの、合成音声。

 突如響いた重厚なその声に、しかし男は表情を変えることなく、


「『魔王』三柱とお見受けします」


 と、淡々と返す。


「『……ほう。私達の素性を知ってここへ来たと言うのか』」

「『面白い。一体何が望みだ、貴様』」

「『世界の破滅か』」

「『己が栄華か』」

「『あるいはその両方か』」


 口々に問いを投げる彼ら――三体のモノリス。男はそれに答えることなく彼らへと向き直ると、おもむろに懐から何かを取り出し、


「申し遅れました。私、こういう者です」


 そう告げて軽く頭を下げてみせる。

 モノリスに取り付けられたカメラが蠢いて、男が取り出したそれ――一枚の名刺・・・・・をスキャンして、不意に動きを止めた。


「『……プリンセスプロダクション、新人開発部……?』」

「はい」


 頭を上げ、固まったままのモノリスたちに改めて向き直って。


「皆さん。私と一緒に、アイドルを目指してみませんか」


 黒装束――黒のビジネススーツとネクタイで身を包んだ男は、無表情のままでそう告げたのであった。

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