2-2.没落

 包帯を巻いた手で古い本を手渡す。


「これがこの本に載っていた君が着ているものに似た鎧を着た人の絵だよ。」




「これは日本の甲冑みたいですね。」




「知っているの?じゃあここに書いてある文字も読めたりは」




「しないですね。日本語でもなさそうです。」




「そうか。残念。でもこの絵についてはわかるんだね。」




「俺の前までいた国の昔の鎧だと思います。このシルエットは完全にそれですよ。」




「君が着ていたそれは違うのか?」




「違いますよ。これは樹脂製のレプリカですよ。うーん、でもこれって1000年以上前の本ですよね。ってことは平安時代とかそのへんかな。確かにその辺の時代の人は伝説が多く残ってますね。織田信長とか豊臣秀吉とか、有名どころだとそんなものですかね。」




「つまり、この絵は君の故郷にある鎧と似た形状で、この人物は君の国の人物である可能性が高いと言う事だね。」




「そうだと思います。」




「よしわかった。少し手がかりが増えたな。この絵について手がかりが得られたのならよかった。


同時に私が全く頓珍漢な召喚をしてしまったと言う事ではないみたいで安心した。フフフフ。」


そう呟きながらシルヴィアは部屋に戻る。彼があの男が本当に勇者じゃなかったとしても、古い本に出てくる絵の手がかりを知っているのならあの元老院のいけすかない連中も私の功績を認めざるを得ないだろう。


私たちのような下級貴族の書庫ですら古い手がかりがあるのだから、王宮の地下にはもっと真実に近づける何かがあるかもしれない。


それのヒントを彼が持っていれば私の評価も上がる。殺さなくてよかった。とりあえず彼をどこかの部屋にあてがわなければならない。








 「先生、ちょっといいですか?」




半被姿の初老の男性がプレハブ小屋の扉を開ける。




「さっき土手から落ちた子、搬送されたけどあかんかったみたいです。」




「ええ?あかんかったって死んだん?」




「そうみたいですよ。」




「ほんまに?あぁ、若いのにえらい可哀想に。」




市議会議員の吉村はそういって驚く。




「ここに親御さんと後でマスコミも来はるんでここ開けてくださいね。」




男はそう言って市議会議員をプレハブの外に追い出し机を片付けて来客の準備をする。




「落ちた時に顔打って気絶してそのまま溺死か。甲冑は役に立たんかったみたいやな。」




換気のために窓を開けると10月の心地よい風が吹き込んできた。








「 窓は力がいりますがこうやって、こうや…って開けられます。」




明らかに良くない音がしたが女は窓を開ける。寝具はこれを使ってください。




「あと食事の時は呼びに来ます。何か質問は、ありませんね。ではまた。」




一人残された英雄は古いベッドに腰掛けた。下の方からバキッという音がしたが、まあ自分で買ったものではないのであまり気にしないようにしようと思った。


もともとこの家には使用人が何人かいたらしいが、最近は一人しか雇う余裕もなく物置となっていた使用人室を使わせてくれることになった。


豚小屋にでも放り込まれるかと心配していたがある程度丁重に扱うつもりはあるようだ。


ひとまず寝る場所は確保できて安心した。今まで読んだ転生モノは大概一日目は野宿か豚小屋だったと記憶しているからそんな中では破格の待遇と言えるだろう。


そうなったのも、思ったより自分が機転の効く人間だったのと、彼女の使い魔のおかげだろう。


少し前、俺を召喚した女が着替えてくると席を外してしばらくした時、蝋燭の火からなにやら音が聞こえてきた。耳を近づけると




「おい!聞けよ。あいつはお前を面倒くさがって殺そうとしてる。とりあえず何か思い出したみたいなこと言って切り抜けろ!」




と言われた。


とりあえず火の精霊の入れ知恵によって危機を脱した。


あと織田信長も豊臣秀吉も平安時代の人ではない。その場の勢いでここまできたがめちゃくちゃだ。これは夢だ。これは夢だ。と自分に言い聞かせる。ただし、異世界飯は少し楽しみだった。




 すっかり月が出てきた頃、使用人と思わしき初老の男性が部屋に来た。


「お食事をお持ちしました。」




とだけ言うとプレートを置いて去っていった。異世界転生一日目の食事は埃っぽい部屋で一人で食べる黒いパン、少し生臭い焼いた魚、よくわからない草が入ったスープ、苦くて酸味のある謎の飲み物だった。


不味くはなかったが少し味が薄かった。歯ブラシがないようだが明日きけばいいだろう。一日くらい磨かなくても大丈夫なはずだ。そう思って布団に入る。


異世界の布団はとても違和感があったが、疲れていたので気絶するように眠ってしまった。




「もう寝たみたいだ。」




ウィズバンが報告する。




「ありがとうウィズバン。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな。」




シルヴィアは書類仕事の手を止める。




「なんだ?」




「なんであの時私があいつを殺すのを邪魔したの。」




「なんのことだ?」


「あなたがあいつに話しかけてたの。知ってるからね。」




「バレてたのかよ。」




「10年一緒にいるんだから気付かないわけないじゃない。」




「お前は人なんか殺せないだろ。弱虫だし要領も悪いし。だからだよ。」




「ふーん、ありがとう。」




そう短く呟いて彼女は書類仕事に戻る。




街の明かりも消えて大通りの人通りも消え、何かの生き物の声だけがこだまする。誰もが同じく今日を生きている。それは異世界であっても同じことだ。






二日目。




 目が醒める。いつもの自分の部屋に戻っている事を期待していたが、そんなことはなかった。


辺りを見回すと服が置いてあった。寝る前にはなかったはずなので誰かが寝てるうちにこの部屋に置いたと言う事だろう。きっとこれを着ろと言う事だろう。


白い綿のブラウスに黒いズボンと革製のベルト、異世界ファッションも警戒する必要はなさそうだ。


部屋の外に出るが誰もいない。警備員がいて侵入者だと思われて斬りかかられたりしないかハラハラしながら屋敷の中を徘徊していると使用人の男性にあった。




「おはようございます、お目覚めになられましたか。」




と温和な声で挨拶してきた。




「あの、シルヴィアさんは?」




「ご主人なら早朝から王宮に向かわれました。昼頃には帰られるのでそれまでお部屋の方でお待ちください。」




「わかりました。」と返事したがどうもお腹が空いた。「朝食はありませんか?」と尋ねると使用人は一瞬怪訝な顔をしたが、のちほどお部屋の方にお持ちします。とだけ言って去っていった。


仕方なく部屋に戻る。少し埃っぽかったので窓を開けると心地よい風が吹き込んできた。




ドアをノックする音が聞こえたので扉を開けると黒いパン一切れと飲み物を渡された。この世界のパンはなぜ酸っぱいのか。昨日はスープや魚があったから誤魔化せたが、単体で食べると変な感じだ。あまり好きではない。




太陽が真上に来た頃にシルヴィアはカゴを持って帰ってきた。使用人と一言二言門前で話した後俺の部屋まで来て




「ついてきて。」と言われた。今度はなんだと思っていたが、彼女は俺を席につかせると、カゴの中から円形のパイのようなものを出して切り分け始めた。


ナイフでパイに切れ込みを入れると香ばしい肉のような香りがする。これは何かと質問すると、ミートパイだと言う答えが帰ってきた。




「どこかで買ったんですか?」




「王都の近くの屋台。せっかくあそこまでいったから何か買おうと思ってね。ここのミートパイはおいしくて王宮でも人気なのよ。」




おそるおそる一口食べる。サクサクしたパイ生地とモチモチな生地に挟まれた香ばしく芳醇かつ大きくて食べ応えのある肉、ほんのり玉ねぎのような風味もある。非常にシンプルだがそれ故の普遍的な美味しさを感じる。異世界人の俺ですらうまいと思うんだから普遍的な美味しさなのだ。




「これが異世界のファストフードか。」




「ファストフードってのはなに?」




「これと似たようなもんですよ。パンに肉とか野菜とかチーズを挟むんです。安くて美味しいんですよ。いや、最近は高いけど。」




「なにそれ、こんど厨房を開けるから作ってみて。」




予想以上に食いついた。




「いや、今作ろう。食ったら行こう!」




今日ハンバーガーを作る羽目になった。藪蛇とはこのことだ。しかし何かしらやらないと完全にお荷物になるためまた殺されることになるかもしれない。仕事を振られたならやっておくのが無難だと考えて午後からのハンバーガー作りを了承した。




「ところで、このミートパイは何の肉が入ってるんですか?」




ハンバーガーの話をしていると突然不安になったのだ。過去に有名ハンバーガーチェーン店がミミズの肉を使っていると言う陰謀論を聞いたことがあるのだが、異世界であればミミズではないかもしれないが変な肉が入ってる可能性は捨てきれない。




「この肉?牛とか豚とか羊とか、あと鳥かな、これはコカトリスだね。」




「コカ…トリス?」




「コカトリス。」




コカトリスの肉は意外と美味しかった。






 異世界の市場はとても賑わっていた。


物心ついた時からシャッター通りだった盛浜ふれあい商店街とは大きな違いだ。


小学生の頃「商店街を盛り上げるためにどうすればいいか。」というテーマを授業参観で発表して商店街のシャッターにみんなで書いた絵を飾ったのだが、大きくなってから考えるとなんの意味もなかった。おっと、盛浜ふれあい商店街ディスはこの辺にしよう。




「あの、すごい人ですね。」




無言で歩いているシルヴィアに話しかける




「まあ、この辺の人たちは毎日この市場に来るからね。」




「貴族でもここで買い物するんですね。」




「よほどの上級貴族でもない限りみんなここのものを買ってるよ。ほら、あそこの太った女の人もこの辺じゃ有名なフォルト家の使用人よ。」




…数分の沈黙




「あ、あの」




「何?」




「名前、なんて呼んだらいいんですかね。」




「あれ、自己紹介しなかったっけ。してないのか。まあいいや。私はシルヴィア・リズバーチ。呼び方はシルヴィアでいいよ。」




「はい。シルヴィアさん。」




…数秒の沈黙




「俺も自己紹介した方がいいですよね。」




「えいゆう君でしょ。知ってるよ。」




「ひでおです。」




「え?」




「私の名前は久我英雄です。えいゆうじゃなくて「ひでお」なんです。」




「あ、なるほど。だからあなたが私の召喚術式に引っかかったのね。納得した。」




今さらっとすごいことを言ったがとりあえずスルーしておく。




「じゃあヒデオって呼ぶね。」




「はあ、ありがとうございます。」なぜお礼を言ったのかはわからない。でも、この世界は日本とは名前と姓の順番が違うのでなれなれしく聞こえるが「久我くん。」と呼ばれているのと変わらない。うん。俺の知ってる男女の距離感だ。




「ハンバーガーを作るには何が必要なの?」




「パンとレタス、ひき肉、あとはマヨネーズとケチャップとあとは調味料ですかね。」




「パンはこんなのか?」




店先に並べてある黒いパンの塊を指差す。




「パンは白いパンを使います。」




「白い方か。高いな。まあいい。挽肉は何を使うんだ?コカトリスか?」




「コカトリスじゃないです!牛とか豚とか鶏ですね。あと卵も要ります。あとじゃがいも。」




「白パンと卵ってどこで売ってたっけな。」




しばらく雑談しながら市場の中を歩き回った。




 リズバーチ邸の調理場は想像していたよりも良いものだった。


大きな釜などもあり調理は十分できそうだ。学校をサボってる間家で料理をさせられたスキルが生かされる瞬間だ。


火の精霊で軽く炙ったパンにバターを少し塗る。


玉ねぎと卵とひき肉を混ぜてハンバーグを作る。材料もレシピも無いしこのやり方であっているかわからないがとりあえず固まったのでよし。


よくわからない野菜を挟んで目玉焼きを作る。底にこびりついた卵を剥がしながらフッ素加工フライパンの素晴らしさが身に染みる。油をひくのを忘れていた。中途半端な調理技術故の失敗だ。とにかく、できたものをパンに挟んで完成だ。




「これは、いい匂いだな。真ん中に挟んでるのはなんだ。」




「ハンバーグです。」




「ハンバーガーにハンバーグを挟むのか。」




と怪訝な顔をされた。別にいいだろ。




次にフライドポテトだ。ハンバーガーにはフライドポテトだろう。ジャガイモの芽をとって細く切ってからその辺にあった粉をまぶしてオリーブオイルであげる。


浮いてきたものを取り上げて更に盛り付け塩をかける。異世界ハンバーガーセットの完成だ。


そのまま俺はハンバーガーを持ったまま食卓に連れて行かれた。そこには40〜50歳くらいの女性と5歳くらいの子供が座って待っていた。




「この人が昨日召喚した勇者様だよ。」




そう言って俺に目配せをする。家族にもハンバーガーを


ふるまえということだろう。




「こっちが母でこっちが弟。」




「シルヴィアの母のセレナです。」




ブロンド髪の気難しそうな中年の女性だ。小学校の教師のような雰囲気がある。それもどうでもいいことでめちゃくちゃ怒ってくるタイプの教師だ。ただ、顔立ちは整っていて昔はすごく美人だったのだろうと容易に想像がつく。




「こっちが弟のカール。」




「よろしくおねがいしますっ!」




元気な挨拶が返ってくる。母親似のブロンド髪で目もパッチリとした可愛らしい男の子だ。




「よろしくね。」




と自分の中ではとびっきり優しい声で対応したがすぐに母親の後ろに隠れられた。


そりゃあいきなり知らない異民族から挨拶されたら怖がるのも無理はない。しかしショックなのはショックだ。




「これがこの人の出身地の料理なんだって。」




とシルヴィアが家族にハンバーガーを配り始めた。ただ、ハンバーガーは出身地の料理かと言われたらそうでも無い気がするが。まあ仕方ない。


母親とカール君はなかなか食べようとしないが、シルヴィアは躊躇なくかぶりつく。やはり根っからの研究者気質のある彼女は好奇心旺盛なのだろう。




「うん。なかなかいけるな。これなら実験の片手間に食べられる。サンドイッチとはまた違った美味しさがあるな。このイモもうまい。」




好評のようでホッとした。やはり自分の作ったものを美味しそうに食べてもらえるのは嬉しいものだ。ひょっとしてこの人いい人なのでは?と思った。最初は殺そうとしてきたけど。




突然セレナさんが口を挟む。




「シルヴィア、召喚魔術の鍛錬もいいですけどもう少しマナーや政治に関しても学びなさい。そんな食べ方をしていては賎民だと言われますよ。」




「そういうのはカールがやればいい。あと5年もすれば当主の座を譲るんだからいいでしょ。私は父上みたいにはならない。私には魔術師としての誇りがあるから。」




反抗期の親子の会話が始まる。




「そういうところはお祖父さんに似たのね。」




隔世遺伝というやつか。


「ハンバーガー、冷めないうちに食べてくださいね。ハンバーガーはアメリカ大統領っていうすごく偉い人も食べるんですよ。」




きな臭くなってきたのでとりあえず口を挟む。




「アメリカ?大統領?っていうのは誰なのですか?」




セレナさんが食いつく。




「アメリカ大統領っていうのは、その私の世界で一番強い国の一番偉い人です。」




場所によって角が立ちそうな説明だが異世界なので俺の偏見で語っていいだろう。




「王様なの?」




カール君が口を挟む。




厳密には王様ではなく民主主義の云々と言うべきなのかもしれないが、帝国で民主主義の話をするのはナンセンスなのは流石の俺でも理解しているので、だいたいそんな感じだ。と濁した説明をしておいた。


いつかそのへん上手く説明できる人が転生してきたならその時は訂正頑張ってください。


異世界の貴人も食べるものだと知るとセレナさんも恐る恐るだがハンバーガーに口をつけ始めた。




「美味しいわね。」




そう言って微笑んだ。


カール君は食べきれなかったのか半分ほど食べてポテトばかり食べている。


子供はポテトが好きなのだ。


ひとしきり食べ終わると四人で少し話をした。


どんなところから来たのかとか、そっちの世界はどんなところなのかとかそういうことをもっと知りたいと尋ねられた。


勇者としてどういうことができるのかとも訊かれたがはぐらかした。何もできないし、ここへ来て初めてした料理だってうろ覚えだから仕方がない。


カール君はこっちの世界の話を聞いたあと満足して疲れたのか寝てしまった。


セレナさんは性格がキツそうに見えたが、話してみると結構物腰柔らかでおもっていたよりすぐに打ち解けられた。




「明日は勇者様を連れて王宮まで行くのでしょ?時間位遅れてはいけないから今日はもう寝なさい。」

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