プロローグ2

 「盛浜城下町まつりにお集まりいただいてありがとうございます。去年は雨で大変でしたので。今年はどうなることかと思いましたがええ天気になりましてよかったです。今日来てくださったみなさんはぜひ楽しんでください。」




「会長、ありがとうございました。では市議会議員の吉村様、どうぞ。」




キィンとスピーカーからハウリングの音がする。壇上に上がった市議会議員は足に絡まったマイクのコードを軽く蹴飛ばしてから何やら話し始めた。80歳に近いこの市議会議員と呼ばれている男は何やらしゃべっているがはっきり言って何を言っているのか全く聞き取れない。


滑舌が悪いのか歳のせいなのか音響機器の問題なのか、まつりの開催委員会の会長のスピーチは聞きやすかったから機材の問題ではないだろう。




久我英雄は考えていた。


祭りのエキストラに駆り出された彼は甲冑に身を包んでいた。暇潰しにスマートフォンを触ろうにも甲冑が邪魔で取り出せない。そうなると暇潰しのために目の前でしゃべる老人に心の中で悪態をつくことしかできないのだ。


この人は選挙の演説の時どうしているんだろうか。内容を聴き取れる人がいるのか。などと考えていると話が終わったようで周りが拍手し始めたので自分も拍手をする。


レプリカとは言え甲冑を着続けるのはしんどい。昔の人はこれを着てさらに武器を振り回していたと考えると恐るべき精神力だ。額がかゆい。


10月とはいえ流石に兜を被っていると汗ばんでくる。武者行列が始まるまであと15分、兜を脱ぎたいがまた被り直すのが大変だ。自治会のお婆さんに結んでもらったものなので兜の結び方など知らない。




盛浜城下町まつりはこの地に城下町が誕生したことを祝う祭りだ。


ここで行われる武者行列はこの祭りの名物だ。総勢三百人の甲冑に身を包んだ老若男女が町中を練り歩く。その様は壮観であり毎年県外からの観光客も多く訪れる。特に最近テレビで紹介されたこともありいつもより観光客が多く感じた。ここにくる途中インフルエンサーのような人物を数名見たのでそこそこ注目されているのだろう。思わずため息をつく。英雄は人前に出ることが好きではない。


別に何かトラウマがあるわけでもない、ただ彼の気持ちの問題である。英雄は昔からまわりに「えいゆう」と呼ばれていた。彼らは悪意もなくあだ名のつもりで言っているのはわかっているのだが、思春期に入り妙な気恥ずかしさを覚え始めた。中学から高校に上がってからはそのあだ名で呼ばれるのが辛くなった。


中学校では普通に勉強ができた。偏差値のそこそこ高い高校に滑り込んで喜んでいたのはいいものの、入学してから感じたのは周りとの埋めようのない差だった。


中学の時は真ん中くらいにいたことにより可視化されなかったが高校に入ってからこれでもかと周りとの差を見せつけられた。成績だって下から数えた方が早かったし運動だって当然平均以下。同級生が部活動でどんどん成果を残す一方、自分はテニス部に入ったものの練習の辛さと人間関係がうまくいかなかったことで結局部活動にも行かなくなり、授業が終わってから家に帰る生活だった。下手に運動部のコミュニティに入ろうとしたせいで帰宅部の友人との関わりも薄くまさに薄い人生だった。このまま何者にもなれず死ぬまでこんな生活が続くと言う将来への展望、それが「えいゆう」というあだ名との乖離を生みいつしか自分の名前を呼ばれることが嫌いになった。あだ名で呼ぶ人たちに悪気がないのはわかっている。ただ呼ばれるたびに心に重い何かが溜まっていく感覚があるのだ。


自分でも自信が面倒臭い人間だと感じる。だがその自己否定がさらに名前との乖離を生む負のループが出来上がっていた。最近は学校も休みがちで将来のことを考えると死にたくなってくる。そんな調子で自信を喪失してだんだん高校にも行かなくなった。


そんな英雄にとってこの祭りは純粋に「えいゆう」と呼ばれて喜んでいた過去の自分に戻れる時だとも言える。甲冑を着ていると自分と「えいゆう」との溝が少し埋まるような気がするのだ。




お囃子の音とともに行列が進み始める。今年は前年より増えて350人の色とりどりの甲冑に身を包んだ武者行列が伝統と現代を掛け合わせた城下町を練り歩く。左右からカメラのシャッター音がとめどなく聞こえてくる。この祭りは昔から好きだし、この武者行列にも憧れていた。


今年で四回目の参加になるが、本当に英雄になった気分を味わえて少し気持ちがいい。上から異音がしたので見上げるとドローンが飛んでいた。おそらく空撮だろう。これほどの人数が甲冑を着て練り歩けば上から見た景色は桜並木の間を流れる川のように壮観だろう。


そのまま数分歩きさっきイメージした桜並木の間を流れる川の土手に差し掛かった。小中学校の頃の通学路だったこの土手だが、4月になると土手に植えられた桜が満開になり散った花びらが川に流され川はさながら桜色の反物のようになる。あと半年もすればまた桜が咲くななどと考えていると何やら後ろの方がざわざわし始めた。




「大丈夫か?」




「あぶない。」




など口々に叫んでいる。モーターの音がする。見上げると太陽を背にしてなにかがこちらに向かってくる。




「ドローンだ!」




斜め後ろから聞こえた




「避けろ避けろ!」




後ろから切羽詰まった男性の声がする。瞬時に落下経路を予測して誰もいない左に飛び退いた。ドローンは浅めの角度で地面に衝突して嫌な音を立てながらアスファルトの上を這い回った周りの人たちは口々に何やら喚きながらドローンから距離を取る。英雄も一歩下がった 




「あれ?」




地面がない。ここは土手の上だ。ドローンに気を取られ足を踏み外した。身をよじろうにも甲冑を着ていては上手くいかない。そのまま英雄は土手を転げ落ち川に頭から突っ込んだ。


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