ゼロイチ(旧)
あおいぬ
プロローグ:約束は守るもの
Ⅰ:深夜に集う人影
カチ……カチ……カチ……
某日、午後11時。
そこにいる人間の活動がなおも絶賛進行中であることを示す人工的な光が灯る、超高層ビル。
背の高めな周囲の建物と比べても際立って背が高く、さながらかつて人が天へと至るべく建造したという塔のようにも見えるそれは、この都市における最重要施設のひとつである。
その直方体と流線型が入り混じった幾何学的構造――の上層階。
階層の一角をなす長い廊下には、目の下に色濃い疲労の証拠を浮かべ、よろよろとふらついた動きで行き交う、何人かの学生たちの姿があった。
彼女らはいずれも似たような制服――各部に記号化された
それは彼らが所属している組織を意味する象徴として、他の人々の間で理解・認識されているものだ。
……ゆえに本来ならば、各員がきっちりと着こなすことによって、自らが属すその組織の規律を証明すべきであるそれを。
しかしその場の誰もが、若干のしわができている乱れた状態でだらしなく着用しているうえ、かといって手直しする様子のある者はいない。
なぜならばそう、まず先述した通り――現在時刻は午後の11時をいくらか回っているわけで。
「ねむい……帰りたい……なんで急に仕事増えるの……」
付け加えて重要な情報を言えば、彼らは社会人、すなわち「大人」などではなくただの「子供」、「学生」なのであり。
「しかたないでしょ……片付けなきゃいけないんだから……また、監査、しつ……が……すぴぃ」
「ちょっ、え、嘘でしょ寝たの……? え待ってしかも歩いてるし。寝ながら歩いてるし。か、壁ぶつかるよ? あ――」
「あだっ」
身も蓋もなく言えば、もはや身だしなみなどという些末なことを気にする余裕もないまでに。
目を閉じれば、たとえ歩きながらでもそのまま夢の世界へダイブできてしまうほどに――要は、とにかく眠いのであった。
「次はこの請求書を……あぁ、またプロメテアからだ……えっととにかく、まず財務室は何階だったっけ……?」
――医学的には「成長期」とも称される年頃の彼女たちにとって、この時間帯までの作業が精神的・身体的に厳しいであろうことは、状況を聞くだけでも想像に難くない。
本来であれば、既に自宅へと帰宅し――遅めの食事なり課題なりをこなして、少々の余暇に時間を費やし心穏やかに床につくのが、恐らくこの時間としては正しいはずの、普通の学生の姿であろう。
だがそこには学生らしい学生の姿はなく……むしろ、ブラック企業の過酷極まる労働環境に慣れてしまった、さながら社畜とも称すべき姿がそこにはあった。
「……カンターレ女学院自治区画での他校生との揉め事、これで今月何件目なんですか……」
「しかもことの最後にはほぼ必ず爆発が発生……負傷者は出るわ何かしら建造物が壊れるわで、ホントになんでこうなるんですかねぇ」
「なにを今更いってんの……そんなのウチの都市じゃ日常茶飯事でしょ……」
「――それもそうですね。それよりも、早く仕事を終わらせましょう……」
「「は~い……」」
襲いくる疲労感と眠気をねじ伏せながら、仕事を終わらせさっさと家に帰るという、ただそれだけを、僅かに残る意識をつなぐ原動力として。
学生――もとい社畜の如き少女たちは、みな死んだ魚の目をしながらも――ひたすら業務を遂行しているのである。
そんな彼らの
「あはは〜……みなさんやっぱり、かなりお疲れみたいですね〜……」
その主は誰に言うともなく、そうひとりごとをこぼした。
ぶつぶつと呟く声と足音のみが聞こえる中では、ゆったりとした雰囲気で間延びしたその声は、はっきりと聞こえるために異質にも思えるが。
周囲の者たちの中に、その声へと意識を割いていた者はおらず――反応は皆無。
「もう既にわたしの声も聞こえてないみたいですし~……そろそろ限界、でしょうか~……?」
右へ左へ……不安定に揺れるいくつかの姿。
それを遠目に苦笑いを浮かべる、眼鏡をかけた横顔は。
肩の横まで伸ばした淡い紫の髪をくるりと流して、廊下の壁側へと体を向けた。
体の向きを変えると正面には、カードキーを用いた電子ロックで開閉するタイプのドアがあった。
一見シンプルな作りに思えるそれには、実は最新式の特殊防弾・防炎加工が施されており、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない防御力を有する特注品である。
「ひとまず、わたしも早く今日最後のお仕事を終わらせないと、ですね~」
上部の液晶画面には、「第三会議室:使用中」との表示がされている。
またドアには二枚の張り紙があり、片方には「関係役員以外立ち入り禁止」、もう片方には「ご用の際は、爆薬ではなくノックをお願いいたします!」(ノックの部分がやたら強調されている)という印字があった。
それらを横目に紫髪の少女がカードキーを取り出して、ドアの横にある認証機へと翳すと――カチャ、という開錠音。
左手でカードキーを服のポケットへと戻し、右手で胸元のネクタイの位置をそれとなく調整する。
そして少女は、なんとなく貼りだした人間が誰か想像できる張り紙に倣い、コン、コン、コン——と、間をおいてノックを軽く三回して。
「――失礼いたします~」
・・・・・・
カチ……カチ……カチ……と。
時計の秒針がわずかに頭をずらす小さな音。あらゆるものとは無関係に、そして無慈悲に、一秒また一秒と流れていく時間を示すのは――交互に、等間隔にその部屋を支配する、秒針の無機質な音と無感情な静寂だけであった。
「……ねぇ、統括官はいつになったら来るの?」
部屋の中には、大きな長方形の白い長机が2つ、向かい合うように並べられ。
また部屋の前方には、つい先ほど清掃されたばかりの、消し痕ひとつない小綺麗なホワイトボードがあり、そこには赤い文字で「臨時会議」とだけ書かれていた。
「ふむ、確かに。今回は彼女たっての希望、それも幹部全員が集合できる可能性が高い深夜を指定したうえ、さらには臨時会議ときたものだ」
部屋の中には、3つの人影。
そのうちの――既に席について頬杖をつく、機械のようなパーツが頭部から覗く少女が、苛立ちの混ざった、しかし呆れと諦めが主成分を占める声でぼやく。
「あの人が会議に遅れて来るのは今に始まったことじゃないけど……今回に限ってはさすがに、常識としてどうなのよ……もう……」
その夜空のような濃い藍色の髪をやや乱して、額に手を当てながら呻く少女に。
壁にもたれかかるもうひとつの人影――制服を肩から羽織り軍帽を被った少女が、目を伏せつつ同意を示す。
「そうだな。普段の定例会と、大規模案件に対しての対策会議に比べると、彼女が直接招集をかけるというのは、重要度が違ってくる」
「いやそれもそうなんだけど! 自分から人を集めた会議に、立案者当人が遅刻してくるのがどうなのっていう意味で言ってるの!」
「……ふむ」
軍帽の少女の真面目な性格ゆえの嚙み合わなさに、さらに髪が乱れるのも構わず吠える少女は、その後自分を落ち着かせるかのように眉間を揉みはじめた。
「もとから全員が集まりやすいように、相当遅い開始時刻になってるはずなのよ……? どうしてそこからさらに遅れるっていうのかしら……」
「流石は財務室長。どれだけ多忙でも会議の一時間前までには業務を片付け、必ず定刻までに出席する者の言といえる」
「はいはい、お褒めの言葉をどうも——チサト戦略室長さん?」
「…………」
そうして棘の増した声で応じる――財務室長と呼ばれた少女に、対する少女——戦略室長はなにも返すことはなく、会話が途切れる。
数少ない音源が失われたことで、重苦しい沈黙が部屋に流れ始めたその時。
丁寧かつ軽やかなノックの音と、ガチャリという開錠音が静寂を中断させた。
「失礼いたします~……すみません、少し遅くなってしまいまして~……」
ゆっくりと会議室入口のドアが開かれ、紫の髪をふわりと揺らしながら、もう一人——眼鏡をかけた紫髪の少女が、申し訳なさそうに入室する。
「……って、どうしたんです〜? なんだか、ひどく空気がピリピリしてませんか~?」
挨拶への返事が帰ってこない会議室を、数秒間きょろきょろと見渡していた少女は。
なにやら眉間に手を当てブツブツと呟く藍色の髪の少女と、腕を組みながらため息をついている軍帽の少女の様子をしばらく、首を傾げながら見ていた。
するとやがて「あ」と何かを察して——
「あらあらカノンちゃん、何やらイライラしてるご様子で〜。また、なにかお悩み事ですか~?」
なおも刺々しいオーラを放ち眉間を揉む——カノンと呼ばれた少女に近づいた。
「イライラって……夜中になっても仕事があれば、そんなの神経質にもなるでしょう? そんなときに皮肉でも言われたら、それは——」
「……いや、特に皮肉のつもりはなかったんだが」
「そっちにそのつもりがなくても、チサト室長は表情がパッと見で変わらないせいで、言葉の意味が分かりづらいのよ!」
「…………」
弁明を口にするも、さらに語気を強めて声を荒らげるカノンに、口を真一文字に結ぶ軍帽の少女——チサトは、僅かに眉尻を下げて再び嘆息する。
二度立ち込め始める気まずい空気に、だが今度は、妙にトーンの高い間延びした声が待ったをかけた。
「もう~カノンちゃんったら~……いくら最近あまり眠れてないからって、チサト戦略室長に当たったりしちゃだめですよ~?」
「――へ?」
――そして、にっこりと笑顔で、この気まずい空気の間接的原因を看破する。
そのあまりの不意打ちのセリフに、財務室長――改めカノンの口からは、言葉にならない気の抜けた声が漏れるが……
「そうですよね~、最近はいろんなトラブルが多かったですしね~……対処する案件の増加に関連して各種書類の量も先週比2倍。睡眠時間は普段の60%減少と……」
「ちょ、ちょっと待ってくれる?い、いったい突然なんの話を――」
「昨日はエナジードリンクを三本にコーヒーを四杯、それで無理やり眠気を抑えてたみたいですけど、それでも限界がありますよ~? 現にイライラしちゃってる訳ですし~」
「なっ、んでそれ知って――じゃなくて! ち、違うのチサト、ナナミが言ってるのは今とは関係なくて――」
「…………」
「な、なんで視線を逸らすのっ!? ほ、ホントなのよ? 確かに最近業務は増えてたし、眠る時間も減ってたし、だけど公私はきっちり分けなきゃいけないから、ちゃんとストレスはプライベートで処理して仕事には持ち込まないように……」
……なんだかこのままの流れでとんでもないことまで暴露されそうな、猛烈に嫌な予感に背筋を震わせたカノン。
今までの刺々しい雰囲気が一転、早口で弁明を並べ立てる彼女によって、それまでの重い空気はどこかへ雲散霧消し、全体的に……なんというか、雰囲気がユルくなりはじめる。
「……………………」
「ねぇお願いだからこっち見てよ違うんだってぇ!!」
視線を逸らしたのに加えて嘆息する戦略室長へと、ほんのり涙目で訴えるカノンの、既に八割がた剝がされた刺々しさと
「ふふ、カノンちゃんが頑張ってるのは~、お仕事を一番近くで見ててわかってます~♪ だから文句の一つも言いたくなるのは、よ~くわかりますけど~……」
「——構わない、ナナミ君。私も
だが――なおもナナミの口から無慈悲に続く言葉の死体撃ちによって、完全に剥がれ落ちるのだった。
「ありがとうございます、チサト戦略室長~♪ あ、ストレスといえば。最近カノンちゃんのお肌が荒れ気味みたいで~、どうやら自分でも気にしてるみたいなんですよ~。なにかいい方法はないですかね~?」
「なるほど……ならば今度、戦略室で最近流行しているという、プロメテア製の化粧水でも試してみる――」
「ねぇ!? だからその善意に見せかけてのプライベート暴露やめてってナナミ! あと当人を差し置いて話を進めないで! も~ぉいい加減泣くわよ私もぉ!!」
――こうして尊厳を完膚なきまでに粉々に破壊され、
・・・・・・
「――——コホン。は、話を戻すわ。この学園都市の運営の中枢組織である私たち……【イーリス】の活動において、その代表——『主席統括官』による招集は、各種案件の中でも最優先事項。そうよね?」
「ああ。それからして、あらゆる作業の手を止めてでも早急に対処せねばならない事案が、今回も関係しているとみて間違いないだろう」
「加えて今日については、当日の朝にかかった臨時の招集で~、かつ時間まで細かく指定されていた会議ですからね〜」
どうにか冷静さを取り戻し、取り繕った口調で現状を確認するカノンに、チサトとナナミが首肯を返しつつ補足するが、彼女の表情はなおも険しい。
「なのに統括官本人が会議に遅刻って、やっぱりおかしいわよ……」
「落ち着くんだ財務室長。現在行政室長が呼び出し——もとい彼女を捜索している。もうじき来るはずだ」
「……遅刻してる人の居場所が不明ってあっさり言ってくれるけど、相当マズい話よねそれ……?」
「まあまあ、いつものことじゃないですか〜。ミツキ行政室長なら、あの方とも長いお付き合いですし〜、すぐに見つかりますよ〜」
「あぁ、いわゆるお約束というやつだな」
「なんでそれを受け入れてるのよ!! ……って言いつつも、妙に納得しちゃう自分がいるのよね……はぁ」
ナナミの存在と先ほどの一幕を経てか、比較的張り詰め具合の緩んだ空気の中で、状況認識について言葉を交わす三人。
「——あ、そういえば」
と、そこで突然なにかを思い出したように声を上げたのは——ナナミだった。
「今日はヨイ監査室長も~、既にこの会議室にいらっしゃるんですね~?」
「——ああ、そうだ」
「そういえばずっとそこにいたわね……ヨイ室長」
ナナミが向けた視線の先、三人のいる側とは長机を挟んで反対側の座席。
そこにある——否、いるものを察して、カノンとチサトは揃って半眼を向けた。
「……むにゃむにゃぁ……」
元より会議室の中にあった、ナナミを除く三つの人影。
先のちょっとした騒動によってさりげなく忘れられていた、その最後の一人。
幸せそうに惰眠を貪る姿を隠す様子すらない、お手本のような寝言を呟きながら。
会議室の少女たちの中でもひときわ小さく、幼い体躯の少女が——机に思いきり突っ伏して、腕を枕に寝息を立てていた。
「……んんぁ、まだねむいですぅ……」
「あの娘もしかして、夢の中でもさらに寝ようとしてない?」
「いつものことながら、よくお眠りでいらっしゃいますね~」
「全く.......彼女には毎度困ったものだ」
机を挟んだ対面にて、穏やかな寝顔のまま熟睡するヨイ。
だらしなく開いた口から色々と机に垂らしている彼女を前に、ほか三人はそれぞれ三様の反応を示す。
「本っ当にいつでもどこでも熟睡できるのよねヨイ室長……」
「会議のたびに眠気を理由として出席を渋る癖は、そろそろなんとかしてもらいたいものだ」
「あはは~……。それにしても重要な会議とはいえ、どうして本日に限って、ちゃんといらっしゃっているんでしょう~?」
「確かにそうね……なかなかレアだし、どういう風の吹きまわしかしら?」
——彼女たちの組織内でも普段からサボりがちで知られる、ものぐさ監査室長ことヨイの出席。
いくら最重要レベルの会議であるとはいえ、その行動——既に現場に到着しているという状況の、そのあまりの珍しさに怪訝な表情を浮かべていた二人へ、チサトが「あぁ」と口を開いた。
「それに関しては、私が彼女を監査室から「引っ張り出してきた」からな。流石に今回のサボりは看過できない」
「なるほど~、つまりは——」
「そう……やっぱり、強制的にここに連れてきたってことよね。まさかあのヨイ室長が自主的に参加するとは、到底思えないもの」
会議欠席常習犯たるヨイが珍しく、しかもかなり早めに会議室に待機していた理由。
それは、まぁ……他の人間——今回の場合、チサトによって強制連行されたからに他ならぬわけで。
「でも、やたら厳重なセキュリティのかかってる監査室からあの娘を連れだすのは、かなり難しいことだと思うんだけど……」
首を傾げるカノンのその発言と間をおいて、なにか確信を得ているかのような意味深な笑みを浮かべるナナミが、問うた。
「……チサト室長、ちょっとご質問が~。一体どうやってヨイ室長を、監査室の外へと連れ出されたんですか~?」
監査室に対する自分の認識と、いまいち噛み合わない状況に首を傾げるカノンと、なにか含みのある表情のナナミに——。
しかし問われたチサトもまた首を傾げながら、さも当然かのように、ごく自然な雰囲気で淡々と答えた。
「いや、いま言った通りだ。彼女を引っ張り出した、それだけだが」
「…………え?」
「……あらら~」
カチ……カチ……カチ……、と。
数秒、間をおいて。
「あれって比喩としてとかじゃなくて物理的にってことなの!? ちょ、え、なに、武力行使したわけ!? ヨイ室長は大丈夫な——」
「……ぁあ、天使さんが川の向こうでぇ……ふかふかのベッドと……おやつを用意して——おいでおいでしてますぅ……ごぼっ」
「きゃあぁぁぁ!? ちょっと待って——ヨイの口から出てるの、よく見たらよだれじゃなくて泡じゃない!?」
「あ、救急セットはこちらに~」
「ありがとナナミ——って対応速いわね!? いつの間に持ってきたの!?」
「ええ、わたしがこの部屋に入った時から、ヨイ室長の体調が優れないようでしたので、用意しておきました~」
「ちょ――っ、それ最初からじゃない! 知ってたなら教えてよ、私完全に気づいてなかったじゃない!! 早くしないと人命が——」
「……うひゃぁ、なんだか川なのにあんまり冷たくないですねぇ……むしろ温かいですぅ」
「ぁぁぁぁぁちょ、救急セット貸してナナミ——きゃんっ!?」
——穏やかを通り越して安らかな顔で、実は絶賛永遠の熟睡につきかけていたという。
三途の川に片足を突っ込んでいる身内の危機に再びパニックに陥ったカノンは、なにもないところでつまずき、情けない声を上げるのだった。
——かくして、さらに数分後。
「——スヤァ……」
「本当やめてよナナミ……心臓に悪いって……」
平静もへったくれもないカノンに代わり、白い救急セットを持ち出してきていたナナミによる迅速な処置によって、ヨイの生命の危機は回避された。
「ふふ~、大丈夫ですよカノンちゃん。見たところ、命に関わらないよう手加減されてましたし~。ちょっと擦り傷があったのと、頭の打撲以外は異常なしです~」
ぱたん、と箱の蓋を閉めながらそう報告したナナミは、心なしか生気を失いげっそりとした様子のカノンを見て、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「それにしても、カノンちゃんは本当に反応が可愛いですね~♪ ついつい、どういう反応をするのかが見たくなっちゃいます~♪」
「……」
その可愛い反応とやらを見るために放置される
代わりに言葉を発したのは、そんな二人のなんでもない掛け合いを眺めていたチサト。
「——それにしてもやはり、二人は本当に仲が良いな」
「はい~♪」
「そんな即答……ま、まあ、確かに付き合いは長いけど……」
片や曇りなき満面の笑みで、即座に。また片や呆れの表情を浮かべつつも、少し恥ずかし気な様子で。
各々の反応は違えど、しかしその答えは同じく肯定。
そんな二人を見やるチサトの眼差しは、まるでひどく眩しいものを見るかのように細められ——。
「あらあら~、今度は照れ顔のカノンちゃんも見れるなんて、今日のわたしは運がいいですね~♪」
「も、もうやめてよナナミ……! 一応仕事中なんだから、からかうならせめてまたあとにして!」
「からかうこと自体やめて、とは言わないのがやっぱり、カノンちゃんらしいですよね~♪」
「~~~~~っ!!」
(仮にも室長たる
いや、どちらかというと「面白いものを見てにやつく時の目」が正しいか。
チサトはその生真面目な表情を崩さないまま、銀色の眼差しと口元を——ほとんどの人が見てもそれを認識できない程度に、かすかに緩めた。
するとその時——コンコンコン、と。
ナナミが先ほど行ったそれとは違い、間隔の狭まった早めのノック音が会議室に響く。
それをその場で最も迅速に認識したチサトは、すぐに誰が扉の外にいるのかを音の調子から察する。
続いて姦しく騒いでいたカノンとナナミも、それに気づいて動きを止め。
「——ふむ。やっと来たようだな」
まるで、なにかに急いでいるような——たとえるならば、重要な会議に大遅刻していたことに気づき、慌てて駆け付けたかのような、そんな焦りの感情が扉から滲み出す音。
「あはは~……今日はひとまず、こんなところにしておきましょうか~」
「今日はひとまずって……はぁ、まあいいわ。それにしても、随分待たされたわね……」
この会議に、このタイミングで。
そんな感情を抱きながらやってくるような人物は、会議室にいる三人(と、睡眠中の一名)の脳裏に、ただ一人しか浮かばなかった。
「お、おはようございま~す失礼してもいいですか~……で、いいんでしたよねミツキちゃん……? え、なんでそんな顔するんですか間違ってました!? あ、あわわごめんなさい許してください怖いですその顔ぉ!!」
……ドア越しゆえにくぐもっていながら、それでもはっきりと聞こえる溌剌とした声音。慌ただしく騒ぎ立てるドアの外の、その声の主。
「はぁ……40分遅刻なんて、正直今すぐ問い詰めたいところではありますけど。とりあえず早く入ってきてください、セラ統括官」
そう——会議開始予定時刻から大幅に遅れてついにやってきた、この学園都市において最高の権力を持つ存在にして、彼女たちを代表する存在。
————『主席統括官』の到来を、迎えたのだった。
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