ひきこもりはいらないと追放された魔動技師、隣国の王子に求婚され技術局局長になる ~母国の軍事力は私のおかげで保たれていましたが知りません~

英 慈尊

第1話 ひきこもり、国を出る

プロローグ

 二年ぶりに出た外は、あいにくと曇りびよりであり、天の運行を司る神々から、ここはお前のいるべき世界ではないと、拒絶されているかのようであった。


 上等である。

 イルマとて、出たくて自室から出てきたわけではない。

 しかし、この日ばかりは、そうする他になかったのだ。


 何故なら今日は……生まれてくる前から一緒だった双子の姉、アルマ・ヴィンガッセンの葬儀が執り行われる日だったのだから……。


 貴族の中でも、ただ家柄が良いだけではなく、特に国へ貢献した者のみが埋葬されることを許される墓地……。

 アルマが埋葬されたのは、そんな墓地の一角であった。


 参列したのは、そうそうたる面子――らしい。

 いずれも、姉から名前と顔立ちは聞いたことがある。

 国王陛下を始め、魔動甲冑マギア隊を率いる将軍、技術局の局長などなど……。

 カウタール侯爵家の跡継ぎ、エリック・カウタールもまた、そんな弔問客の一人であった。


 彼のことは、姉からよく聞かされている。

 名家の財力にモノを言わせ、多額の予算を使って新機体を開発しては、ことごとくアルマが開発した機体との競合に敗れてきた男……。

 それが、エリックだ。

 さすがは次代の侯爵と呼ぶべきだろう。その顔は、心底から悲しそうであり、涙さえ流していないものの、心から故人の死を悲しんでいるかのようである。


 だが、その実はそうではあるまい。

 技術局で彼とその取り巻きから受けてきた陰湿な嫌がらせの数々を、イルマは姉から何度となく聞かされてきた。

 そして、姉の死因は、技術局で開かれたパーティーでの毒殺なのだ。


 犯人は、すでに捕まっている。

 しかし、その人物はカウタール家に多大な借金をしている貧乏貴族家の人間であり……。

 姉の死で誰が最も得するかを考えれば、世間に疎いイルマでも、容易にストーリーを描くことができた。


 聖職者による弔いの言葉が、墓地に響く。

 そして、それはマギア開発で国に貢献することで成り上がってきたヴィンガッセン家への弔いでもあったのである。




--




 広々とした……それこそ、庶民なら一世帯が楽に暮らせるだろう室内には、魔力で稼働する様々な工作器具が並べられており……。

 床といい机といい、所かまわず散乱している羊皮紙には、いずれもマギアの各部品に関する設計図が描かれていた。

 およそ、少女の部屋とは思えぬその室内で、唯一、それらしさを感じるのは、寝台のそばに置かれた姿見である。


 そこに映っているのは、銀髪の少女だ。

 長く伸ばした髪は頭頂部で結ばれ、馬の尾がごとく垂らされており……。

 猫科の幼獣を思わせる愛らしい顔立ちもあって、実に活動的な印象を与える。


「イルマ、大丈夫だよ」


 生前の姉と同じ髪型に整え、その姿を再現したイルマは、そっと鏡に向けてそう呼びかけた。

 しかし、すぐに表情を暗くし、結わえていた髪を下ろす。

 そうすることで姿を現わしたのは、いつものイルマ・ヴィンガッセンだ。

 太陽のようだった姉と違い、姉妹共用の自室にひきこもり、ひたすら好きだった魔導技術開発に取り組んできた根暗な少女である。


「大丈夫なわけ……ない。

 お姉ちゃんが……もういない……」


 鏡に向けて、そうつぶやく。

 イルマにとって、姉は世界の全てであった。

 自分に代わって、あらゆる困難へ立ち向かい、ヴィンガッセン家の隆盛を築き上げた姉……。

 彼女は、もういない。

 殺されてしまった。

 そして、それはいわば、自分の身代わ――。


「イルマ、話がある」


 部屋のドアが開けられたのは、そのような時のことである。

 室内に踏み入って来たのは、父――ヴィンガッセン男爵と、血のつながらぬ兄であり……。

 二人ともが、侮蔑ぶべつの眼差しを自分に向けていた。


「お前の姉が死んで、半年が経つ」


 お前の姉……。


 ――私の娘ではなく。


 ――ここにいる息子の妹でもない。


 言外にそのような意味を含ませ、男爵が続ける。


「血のつながらぬ連れ子であったお前の姉だが、我が男爵家への貢献は目を見張るものがあった。

 一流のマギア乗りとして、何より技術局きっての天才として……莫大な利益をもたらしてきた」


「おかげで成り上がった我が家だけど、支柱を失えば没落するのも早かったよね。

 これまでの味方が、全部敵。

 あの手この手で、築いた財産もほとんどが奪われちゃったよ。

 まあ、この部屋にひきこもり続けてたイルマちゃんは知らないだろうけど」


 おどけた仕草を交えながら、兄がそう言う。

 それは、イルマの知らない情報であった。

 何しろ、彼が言う通り、半年間ずっとこの部屋にこもり続けていたのだから……。


 食事はドアの前に置かれたものをそっと取っていたし、手洗いや湯浴みも人目を心配する必要はなかった。

 二年前、男爵が新築したこの邸宅は、貴族社会で下位に位置する身分とはかけ離れた大きさであり……。

 この最上階は、自分と姉以外に使う者などいなかったのだから。


 この階は、自分と姉だけの世界……。

 今は、自分だけの世界なのだ。


「まあ、そのようなわけで、だ……。

 私たちは、自分たちにふさわしい暮らし――男爵らしいつつましやかな生活へ戻ることにした」


「召し使いの一人もいない暮らし……。

 がんばって、順応しないとね」


 兄が、軽く肩をすくめてみせる。

 そして、冷たい視線をイルマに向けた。


「そういうわけで、何もしないひきこもりちゃんの面倒、そろそろ見られなくなったわけだ」


「この屋敷も人手に渡る……。

 半年間、アルマへの義理を果たすと思い養ってきたが、もはやお前を手元には置いておけぬ」


 男爵もまた、冷たい眼差しを自分に向ける。

 それは、到底、自分の娘に注ぐものではないが……。

 実際、娘ではないのだから当然であろう。


「……出ていけ。

 この家に、お前の居場所はない」


「まあ、せいぜいがんばってよね。

 僕らも、がんばるんだからさ」


 せいせいしたというように、兄が告げる。

 思わず、胸元のペンダントを握り締めた。

 それは、半年前にはなかったもの……。

 生前の姉に頼んで集めてもらった材料を使い、この手で作り上げた品だ。


「あ……」


 何とか、口を開こうとする。

 しかし、アルマはと会話するということが、どうしてもできなかった。


「何? 何か言いたいの?」


「そういじめてやるな。

 この娘が、姉以外と満足に会話できぬことは、お前も知っていよう?」


「そうだった。

 同じ家にいる知らない人だから、忘れてたよ」


 兄が……。

 いや、同じ家にいる知らない人物が、またもやおどけてみせる。

 それが、イルマの中から勇気を霧散させた。


 そのようなわけで……。

 以外には告げられなかった秘密を打ち明けることなく、イルマは屋敷を追い出されたのであった。




--




 竜と呼ばれる魔獣の最も恐るべきは、その牙でも爪でも太い尾でもなく、何といっても口から吐かれる超高熱の火炎であろう。

 果たして、いかなる内臓器官があれば、そのようなものを生み出すことができるのか……。

 人の編み出したいかなる魔術でも及ばぬ吐炎とえんは、構えられたシールドをたやすく溶かした。


「――くっ!?」


 慌てて自機に盾を捨てさせ、うめく。

 赤い鱗で全身を覆われたその竜は、まだまだ幼年期を脱したばかりと見える若い個体だ。

 しかし、それでも――かなわない。

 青年は、接敵してからの短い攻防で、死の予感を抱いていた。


 彼が搭乗しているのは、全長九メートルばかりの鋼鉄巨人――マギアである。

 全身の装甲は、さながら騎士の鎧がごとくきらびやかな装飾が施されており……。

 この機体――ペガに寄せられた、国の期待というものがうかがい知れた。


 事実、本機はロンバルド王国が満を持して生産開始した次世代の主力機であり……。

 竜の襲来という天災に際しても、十分に抗することが可能と目されていたが……。


「及ばない……!

 この、ペガをもってしても……!」


 操縦席の手すりに備えられた魔水晶を操りながら、ほぞを噛む。


『アスル殿下!

 ここは我らに任せ、お下がりください!』


 僚機の内一機からそう呼びかけられるが、首を横に振った。


「この山脈を突破されれば、王都は目と鼻の先だ!

 そんな所へ、飢えた竜を行かせるわけにはいかん!

 国民が食われるぞ!」


『し、しかし、この戦場はあまりに分が……!』


 引き連れてきた二機の内、もう一機がそう呼びかける。

 彼が言う通り、この場は竜と戦うには最悪の戦場だった。

 樹木の一本すらない山肌は、遮蔽というものがなく……。

 自在に空中を飛翔する竜からすれば、こちらはいい的である。

 しかも、修行者が登山に用いることもある傾斜は、マギアの足を確実に鈍らせるのだ。


『せめて、もう少し数を連れて来られれば……!』


『アレキスめ……!

 この状況で国境近くにマギアを集めたのは、確実にこれを見越しての嫌がらせだ……!』


「だろうな……。

 前門にアレキス。後門にはこの竜か……。

 小国というものは、いつも危難に見舞われるものだ。

 ――とっ!」


 魔水晶から意思と魔力を注ぎ込み、ペガを横っ飛びにさせる。

 すると、たった今、自機が立っていた場所に上空からの火炎が降り注いだ。


「図に乗るな!」


 叫びながら、自機が保持するフレイガンの銃口を向ける。

 内部で火魔術を爆発させ、それを推進力に弾丸を放つこの武装は、単純に火球などを飛ばすよりも射程と貫通力に優れていたが……。


「やはり、距離がありすぎる……!

 これでは、有効打にならんっ!」


 僚機と共に打ち放った弾丸は、数発が竜に直撃したが、その赤黒い鱗に弾かれ、何らの痛痒も与えていないことがうかがえた。


「どうにか近づければ……!

 ソードを当てられれば……!」


 自機の腰に装備された魔力付与剣――エンチャントソードを強く意識しながら、そうつぶやく。

 だが、わざわざ有利な戦法を敵が変えてくれるはずもなかった。


 ――このまま、上からいたぶられて焼かれるだけか。


 そう思っていた、その時である。


『殿下! あちらを!』


「何……?」


 僚機に訴えられ、意識を上空の竜に向けたままそちらを見やった。

 すると、ペガの目……いかなる射手よりも優れた魔造のそれが、確かに捉えたのだ。

 遥か先……強いて言うならば、隣国であるアレキス側から飛翔してくる、人型の影を!


「マギア、なのか……?」


 アスルがそうつぶやいたのは、無理もない。

 空を飛ぶマギアなど、前代未聞であり……。

 しかも、その速度はどうやら上空の竜に匹敵するか、あるいは上回っているようなのだ。


 だが、あれがマギアであることに疑いはない。

 白銀の装甲は、全体的に鋭角的で、これはアレキス製のそれによく見られるデザインである。

 何といっても、最大の特徴は背に取り付けられた一対の翼で、白鳥のそれを思わせるこの翼は、魔力を付与され光り輝いていた。


 猛烈な速度でこちらに向かってくる、謎の飛翔マギア……。

 その姿を、竜も捉えたようだった。


「――――――――――ッ!」


 身の毛もよだつ咆哮と共に、竜が火炎の息を吐き出す。

 フレイガンすら上回る射程と速度のそれは、一直線に謎のマギアへと向かったが……。


「――加速したっ!?」


 白銀のマギアが見せた挙動に、驚きの声を上げる。

 そう、あのマギアは、全速力を出していたわけではなかった。

 火炎が自身に向かってきた瞬間、さらに速度を上げると共に身を捻り、ぎりぎりのところでこれを回避しつつ、竜へと接近を果たしたのだ。

 緩急をつけての突撃には、さすがの竜も反応しきれない。


「――――――――――ッ!?」


 おそらく、手持ちの武装が存在しないのだろう。

 白銀のマギアは、竜の顔面に蹴りをくれた。

 飛翔速度がそのまま威力へ上乗せされた一撃をもらえば、最強の魔獣もたまらない。


「――――――――――ッ!?」


 悲鳴を上げた竜は、ぼろぼろと顔面の鱗を落としながら、地表へと落下してきたのだ。


「――頂く!」


 この機を逃すアスルではない。

 フレイガンをエンチャントソードに持ち替えたペガは、全速力で地に落ちた竜へと接近を果たし……。

 その喉元へ、魔力付与された刃を突き刺した!


 喉を裂かれれば死するのは、いかなる生物でも変わらぬことわりであり……。

 竜は最期の力を振り絞って口からちりりと火を発したが、それは火炎となることなく霧散した。

 ……討伐完了である。


「我が名はアスル・ロンバルド! ロンバルド王国の第一王子なり!

 謎のマギアよ! 助力に感謝する!

 できれば、地に降りて直接感謝を述べさせてはもらえぬか!」


 ペガの頭部を上空に向け、白銀の機体にそう呼びかけた。

 果たして、その声に応えたか……。

 白銀のマギアは、山肌へと降り立ってくる。

 改めて見ると、その姿は兵器とは思えぬ美しさであり、半ば美術品じみていた。


『あ……』


 拡声器を通じ、謎のマギアが第一声を発する。

 果たして、どんな言葉が告げられるかと身構えたが……。


『あう……』


 白銀の機体は、そうつぶやくと共に地面へ両膝を突いたのだ。

 すると、不可思議なことが起こった。

 まるで、衣服の糸を抜き、ほどくかのように……。

 機体を構成する装甲と内部機構が、シュルシュルと布のように分解されていき、ばかりか収縮されて一か所へと凝縮されていったのである。


 そうして、内部から現れたのは一人の少女だ。

 おそらく、落下を軽減する魔術なのだろう。

 その体は、淡い光に包まれており……。


「可憐だ……」


 落下により、銀色の髪が垂れ上がる少女を見て、アスルは思わずそうつぶやく。

 布状にほどけ、収縮した白銀のマギアは、少女の胸元でペンダントのような形となる。

 それを首から下げた少女は、地面へゆっくり降り立つと――倒れた。


 ――べしゃり。


 ……そんな音が聞こえてきそうな、見事な倒れ方である。


「いかん! 魔力切れか!?」


 慌ててペガから降り立ち、少女に駆け寄った。


「君、大丈夫か!? 君っ!?」


 そうして抱き起してやると……。


 ――くう。


 という、かわいらしい音が彼女の腹部から鳴り響く。


『殿下……いかがいたしましょうか?』


 歩み寄って来たペガの一機が、そう尋ねてくる。


「……とりあえずは、王都に連れて行ってあげよう。

 そして、歓待の料理を用意する」


 そんな彼らに対し、アスルはそう告げたのであった。

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