第21話 黄銅ダンジョン②




 地下十五階層まで降りれば魔物の数も増えて他の探索者も増えだした。ブラックシープはその見た目や奇妙な動きから一部にファンがいるが、そもそもが探索者にとっても人気の魔物だった。


 ナントの黄銅ダンジョンの地下十一階層から地下二十階層まで生息し、階層を下る毎に数が増える。ゼルのカバン一杯に詰め込まれたブラックシープの羊毛。これが人気の理由だ。


 軽量かつ頑丈で、打撃に対しては衝撃吸収である程度ダメージを防いでくれる。探索者の防具にも使えるし、日常生活にも使える。布団に敷き詰めれば防寒効果は高く、普段着にも使用できる。汎用性が高く、また需要が高いので市場は常にブラックシープの羊毛を求めている。


 加えて、数が多く探す手間もかからない。希少な戦利品が獲得できる魔物の中には好戦的でない魔物いる。そうなれば、逃げ回られ、斃すのに一苦労することがある。その点もブラックシープは心配することがない。彼らは非常に好戦的だ。


 ふぁ、と小さく欠伸をする少年は少し飽きを感じてきた。地下十一階層から景色が一切変わらず、戦う魔物も一緒とくれば飽きが来ても不思議じゃない。何か変わったことはないかと周辺を見回す。


 遠くの方で黒い点に複数の探索者が群がっているのが見えた。そういえば、ダンジョン内で他の探索者って見たことなかったな、ダンジョン内で他の探索者に出会って駄目なわけじゃないが、出会わない方がいい。特にこの黄銅ダンジョンの地下十一階層から地下二十階層はそうだ。


「他の探索者パーティーか。ブラックシープは金策に適した魔物だから集まるのは仕方のないことだ。まあ、私たちは君の魔物化を防ぐ方法を探す為に宝箱を開けることが一番の目的だから、別に構わないさ」


 すでに戦闘している魔物を横から狩ることはマナー違反とされている。探索者組合が特に罰則を設けているわけではないが、命の危機があるわけでもないときは横槍を入れないのが探索者のマナーだ。それを守らない者もいるが、罰則があるわけでもないので止めることはできないが、金策で魔物を狩っているのに横取りされれば誰だって怒る。それ故に、口論に発展するケースが多く、酷い時は探索者組合が間に入って仲裁することもある。


「それとももっとブラックシープと戦いたいか?」


「いえ、別にそんなことはないですけど………」


 ブラックシープから得られそうなものはこれ以上なさそうだ。それよりも他の探索者が気になった。常人では詳細に見えない距離にいるゼルとセリアだが、少年の目には探索者がよく見えた。前衛に戦士風の男が一人とやや後ろに弓を構えるレンジャー風の男が一人。最後尾には魔術師であろう杖を持った女がいる。


 前衛の男がブラックシープの猛攻を盾で防いで、後方の二人へ行かないように足止めしている。レンジャー風の男は矢を射っているが、全く当たっていない。その後ろの魔術師風の女も杖の先をフリフリ振っているだけで何をしているか皆目見当もつかなかった。


 あれじゃ決め手に欠けるな、探索者パーティーが三人に対してブラックシープが二体だから数的優位にいるはずなのに、苦戦しているように見える。よく十五階層まで降りてくる気になったな、少年は正直で嘘がつけない質なので、他人が聞けば嫌味に聞こえそうなことも悪気なく言ってしまう。少年は助太刀した方がいいのではないのだろうか、と考え出した。


 少し前のめりに観戦していたが、突然、戦況が一変した。魔術師風の女の杖先が紫色に光った。何か魔術を発動したのだろう、効果のほどは判らないが、そのはずだ。すると、レンジャーが射った矢がブラックシープの頭に刺さり、斃しているではないか。続けざまにもう一体も見事に射抜いた。何が起こったのだろう、どれだけ目がよく、彼らの行動見えても、その詳しい内容までは判らなかった。


 感心と疑問が頭と心に渦巻いているが、ずっと見ていて解決するものでもない。彼らはすでにブラックシープの羊毛を刈り取る作業に入っている。これ以上はいいか、少年は後ろに控えてた女騎士に向き直った。


「どうした?他の探索者が気になるか?」


「はい、最初は危なそうだったので、助けに行こうかと思ったんですけど、その必要は全くなかったみたいです。気がつけば戦闘は終わってました」


「この距離から彼らの戦闘の様子が見えていたのか………私には豆粒にしか見えんがね」


「女の魔術師っぽい人の杖先が光ると瞬く間に戦闘が終わっちゃって、実際何が起こったのか判らなかったです」


「ふむ、魔術を行使したのだろうが、何の魔術かな………味方を強化するバフの魔術か、敵を弱体化できるデバフか、そのどちらかと言ったところかな………」


 少年の何気ない会話にも真剣に向き合ってくれる女騎士は小さく笑った。微笑まし気な視線を送ってくるセリアにはやはり大人な女性を感じさせた。少年が子供っぽいとか、純粋無垢だとか、少し馬鹿にした意味合いも含まれていたかもしれないが、ゼルはそこまで悪い気はしなかった。


「さぁ、私たちはさっさと地下二十階層まで攻略しようじゃないか」


 ゼルとセリアは草原を駆け抜ける。時には探索者と魔物が戦闘している横をすり抜け、只管に下層へ降りた。順調、二人にはそんな言葉が似合った。


 


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