第11話 憧れ




 地下三階層は更に開けた空間が広がっていた。天井も高く、道幅も広い。街の大通りを歩いているのと遜色ないように思う。いや、それは言い過ぎか。


 少年の前には淡く蒼い髪を靡かせたセリアが歩いている。今日も部分鎧は鈍く光っていた。ソロ以外で探索するのは初めてだけど、緊張するな。ゼルは表情にこそ出ていないが、内心、戸惑っていた。


「セリアさんって白金等級だったんですね」


「あぁ、聖騎士団のメインの任務ではないが探索を行なうこともある。それに、罪を犯した者がダンジョン内に潜伏することがあり、ダンジョンに潜らないといけない時もある。その為にも探索者資格は必要なのだよ」


 白金等級は上から二番目の等級だ。聖騎士団の団長と言うことだけあって、強いのだろう。教会のコネでその等級になったとは考えたくない。


 少年は知らなかったが、女騎士はこのナントの街では有名人だった。ダンジョン教会の聖騎士団団長で白金等級探索者。こんな肩書の人が何人もいる筈がない。よくよく考えれば当然のことであった。


 現に、セリアと一緒に黒鉄ダンジョン入口の探索者組合シーカーズギルドの受付に行くと、その場の全員が女騎士に注目していた。それなのに、この女騎士は気にする素振りも見せず、さっさとダンジョンに潜ってしまった。そんな状況に逆に少年の方が気になった。


「黒鉄ダンジョンなど何年ぶりだろうか。少し楽しみだ」


 本来の目的を忘れてはいないだろうか。少年の読んだスキル書の内容を把握する為のものだ。ゼルが戦わなければ意味がない。とはいえ、地下一階、二階層は少年が全ての魔物を斃して来ていた。


「そういえば、セリアさんのスキルは何ですか?」


「あー、それは………」


 少年の質問に、歯切れ悪く、言葉を濁している。頬を掻きながら、バツの悪そうな顔に、ゼルは小首を傾げた。


「凄く言いづらいのだが、その、あれだ………『光の戦士』だ………」


 それはゼルが半年間夢見たスキルだった。セリアが言いづらくしていたのも頷ける。


「君がこのスキルに憧れを抱いているのは何となく察せられた。それが、露天商に騙された上に、訳の判らないスキル書を読まされたとあっては、恨まれてもしょうがない。いや、実際に恨んでくれていい、魔物系のスキル書に関しては私が悪いのだからな………」


 しゅんと頭を垂れる女騎士には、本当に申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。しかし、少年はそんなことは気にならない。だって、憧れのスキルを使える人が目の前にいるのだから。


「す、凄い!凄いです!どんな感じなんですか?光魔術とか使えたりするんですか?」


 喜々としてはしゃいでいる少年に、目を丸くして驚くセリアは、小さく笑った。変わった奴だ、女騎士の口からそんな言葉が少し漏れた。


「本当に君って奴は………ヨシッ!次に出てきた魔物は私が斃そう。しっかりその目で『光の戦士』を見るがいい」


 本来の元気を取り戻した女騎士は意気揚々と魔物を探した。地下三階層。白金等級のセリアでは相手にすらならないだろうが、スキルの片鱗ぐらいは拝めるだろう。


 地下三階層は骸骨戦士とミリタリーアントがいる。骸骨戦士は地下一階層のスケルトンとほとんど変わりないが、武器がロングソードに変わり、弱点である頚椎を守れるだけの兜を被っている。軽量な円盾も装備しており、攻守がスケルトンに比べて、格段に上がっている相手だ。


 対するミリタリーアントは大型犬ほどの大きさの巨大アリで、その強力な顎で獲物を引き裂く。リーチの短さは地下一階層のマッドラッテとあまり変わらないが、昆虫の外殻のタフさがあり、常に集団で行動していることから、マッドラッテとは比較にならないぐらい困難な相手だ。


 しかし、それらは全て駆け出しの土塊等級の探索者での話だ。


 少し離れた場所から聞き慣れた音に金属音が混じった足音が聞こえる。十中八九、骸骨戦士だろう、少年はその魔物を見たことはないが、大方の予想はついた。


「セリアさん。前方から骸骨戦士が一体近づいて来ます」


「うむ、判った。しかし、よくこの距離から判るな」


「うーん、僕にもよく判っていないんですよ。以前はこんなことなかったんですけど」


 スキルの影響か、女騎士は少年には聞こえないほどの小さな声で発したつもりだったが、ゼルの耳には届いていた。スキルの影響………こんなことができるスキルって何なんだろうな。少年は相変わらず暢気だった。


 骸骨戦士の足音が目の前まで迫って、その姿を視界に捉えた。腰に佩いていた細剣を引き抜いたセリアは切っ先を魔物に向けた。


十条の光ラ・ルクス


 細剣の切っ先から文字通り、十条の光線が放たれた。一瞬にして収束した十条の光は巨大な光線へと変貌し、骸骨戦士を跡形もなく、消し去った。完全にオーバーキルである。


「………はぁ、やってしまった。流石に黒鉄など久々過ぎて、力加減が判らん。これでは戦利品も回収できないではないか………」


 空いている手で顔を覆うセリアは大きなため息と共に消沈した。白金探索者なら一条の光で十分であっただろう。力加減が判らないと言うが、少年と一緒でちょっとはしゃいでいるのではないかと感じる。最初の発言を思い出せば、必然とそう思うだろう。


「す、凄い!めちゃくちゃカッコイイじゃないですか!僕、感動しちゃいましたよ!」


「そ、そうか?」


 しかし、この少年はそれ以上にはしゃいでいる。普段から羨望の眼差しを浴びているだろう女騎士は、ゼルの純粋な眼差しと、率直な褒め言葉に満更でもない様子だ。しかし、少年ほど露骨に面に出ることはなかった。


輝跡スリップ


 セリアの発した巨大な光線に反応したミリタリーアントの群れが迫っていた。瞬時に臨戦態勢に入っていた女騎士は光の軌跡を描きながら、目にも止まらぬ速さで群れをすり抜ける。すると、ミリタリーアントを支えていた八肢が全て切断されている。一瞬にして全滅である。


「ふぅ、どうだ?これが『光の戦士』のスキルの力だ。しっかり見てたか?」


「はい!凄かったです。光みたいになったセリアさんが通る度にミリタリーアントの八つの足が次々と切断される様は圧巻でした!」


 瞳を煌めかせている少年はどこまでも純粋だった。そんな少年に少しバツの悪そうな表情を浮かべる女騎士は観念したように大きく息を吐いた。


「少し意地悪のつもりで今の技をやったのだが、本当に見えていたのか?」


「えっ?凄く速かったですけど、見えましたよ?」


「一体どんな動体視力をしているのだ、君は………いや、これもスキルの影響か………」


 スキルの影響であろう身体的特徴の強化は少年自身も曖昧であった。以前からごく自然にできたような、すでに身体の一部であるような感覚がある。それをスキルの影響と言われてもピンとこなかった。


「地下一階層と二階層の魔物は柔すぎて君の実力が判らなかった。まだ『拳闘士』という線も外れてない。『拳闘士』ならそれぐらいできそうなものだ。いや、しかし………」


 どちらにしろ、まだゼルが読んだスキル書の内容の把握には材料が足りない。今現在の少年に許された地下五階層まで潜る必要があるだろう。とりあえず、ミリタリーアントの戦利品を採取しようっと。


「ゼル………君は何をしているんだ?」


「えっ?戦利品を採取しているんですよ。ミリタリーアントのお尻の部分には蜜袋があって、品質はそんなに良くないですが、蜂蜜代わりのものが手に入るんですよ。受付のギルルヤさんに事前に訊いておいたんです」


 ミリタリーアントの腹部にナイフを突き立てているゼルに冷たい視線を送るセリア・バルムスタの表情は死んでいた。


「戦利品ならこれから地下五階層まで潜るつもりだから、そこの魔物の戦利品を集めた方が稼ぎが良いぞ?」


「うーん、そうですけど、折角初めて出会った魔物ですし、これも探索の醍醐味かなっと思いまして」


 少年は躊躇うことなく腹部を掻っ捌いて、中の蜜袋から瓶一杯の蜜を取り出した。


「………虫は好きになれん」


 ゼルの作業を見ていたセリアから、ボソッと、そんな呟きが聞こえた。

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