第9話 リセット
「ば、馬鹿なのか、君は!探索者どころの騒ぎじゃない。君は人じゃなくなるんだぞッ!」
ここが個室で良かった。怒鳴り声を上げたセリアはテーブルも大きく叩いた。その衝撃で手つかずだったカップの紅茶が受け皿に垂れた。人じゃなくなるって、でも、身体にそんな違和感は感じないけどな。少年はまだ信じきれていなかった。
「信じたくないのは私も同じだ。現に君はまだ人の姿をしている。魔物化するとはいえ、すぐになるものでもないらしい。いや、そもそもあのスキル書が本当に魔物系のスキル書であったかも怪しかったんだ。鑑定する為に急いでいたところを君とぶつかって入れ替わったわけだからね」
「何だか話が良く判らないのですが………」
「あぁ、すまない。順を追って説明しよう」
女騎士は椅子に座り直し、一つ大きな深呼吸をした。そして、事の経緯を話し始めた。
ダンジョン教会が禁忌として扱っている、人を魔物に変えるスキル書は他と同じくダンジョンから産出される。それをダンジョンに潜った探索者が偶然見つけたりするわけだが、探索者の初期の説明にもある通り、魔物系のスキル書が産出されると探索者組合に無条件で引き渡さないといけない。渡さなければ問答無用で探索者資格を剥奪される。魔物系のスキル書は探索者にとってハズレのお宝なのだ。
回収した魔物系のスキル書はダンジョン教会に引き渡され、一律に処分される。それが探索者と教会関係者の常識だ。しかし、中には組合職員の目をすり抜け、探索者資格を剥奪されるリスクを犯してでも魔物系のスキル書を市場に持ち出す輩がいる。そんな輩を取り締まるのがダンジョン教会の聖騎士団の仕事の一つだったりする。
「へぇー、聖騎士団ってそんなこともしていたんですね」
「あぁ、そして私は指名手配のあるブローカーを追っていたんだ。そいつはある程度狙いをつけた探索者のみに声をかけていた。倫理観が乏しく、金に困っている者。そのブローカーがスキル書を売り捌く為、そんな探索者たちはそのブローカーにスキル書を渡すだけで簡単に大金が手に入る。だから、気軽な気持ちで事に及んでしまんだ。まったく、嘆かわしいよ」
セリアは眉間に手を当てて、最後の方は呆れ口調だった。正義感が強い人なんだろうな。しかし、それ故の気苦労も多そうだ。ゼルは女騎士に共感する部分を感じた。
「そして、昨日のことだ。私は遂にそのブローカーを追い詰めた。組織は奴と数人の小間使しかいなかったが、無事に一網打尽にできた。残念ながら、魔物系のスキル書はすでに売られた後でほとんどが残っていなかった。唯一残っていたのが、君が読んだスキル書だ」
女騎士の話のトーンが落ちていく。悲痛な面持ちがこっちまで苦しくなってくる。喉の乾きを感じた少年は溢れてほとんど残っていない紅茶を口に含んだ。苦い。
「奴はそのスキル書は珍しすぎて買い手がつかなかったと言っていた。魔物系のスキル書の希少性など私は知らないが、世間の目にはつかないアンダーグラウンドではそういうのがあるのだろう。しかし、そのスキル書の魔物種を聞いたら、そんなことなど知らない私でもその理由が判った」
「………何の魔物だったんですか?」
「………ドラゴンだよ。ダンジョン内外問わず、滅多にお目にかかれない魔物だ。それを君が読んだ可能性がある。勿論、私も犯罪者の言うことを鵜呑みになどしない。だから、教会でしっかり鑑定してから処分するつもりだった。それが、君とぶつかって、入れ替わってしまったんだ………」
ドラゴン。おとぎ話などに良く登場する魔物で、現実に見た人は数えれるほどにしかいない。身体は大きく、山ほどある。咆哮すれば、大気が揺れ、種類によっては炎を吐いたり氷を吐いたりする。全ておとぎ話の中の架空の設定だ。しかし、ドラゴンに襲われた街が一夜で滅んだと言う伝記もある。どこまで本当で、どこまで嘘か判らない伝記は数多く存在するので一概に信用は出来ない。少年も物語の中だけの存在だと思っていた。
「本当にすまない、全て私の責任だ」
両手をテーブルに突いて、淡く蒼い髪を垂れ下げながら、セリアは頭を下げた。手入れされた自慢の髪が紅茶が入ったカップに垂れているが、そんなことには構わず、女騎士は頭を下げ続けた。
「頭を上げて下さい、セリアさん。貴女の責任ばかりではないと思います。しっかり確認しなかったのは僕も同じですから」
ゼルの言葉で頭を上げたセリアだが、その顔は悲痛に歪んできた。そんなに心配しなくてもいいのに、少年はややこしい事態に巻き込まれた思いはあったが、そこまで深刻に考えていなかった。
「少しお金はかかりますが、スキルリセット書を使えば元通りになります。僕の探索者としての道が少し遅くなるぐらいで、セリアさんがそんなに気に病む必要はないですよ」
ゼルの言葉にセリアは閉口している。驚いてもいるのか、目も少し見開いている。本当、すぐに表情がコロコロ変わる人だな、少年の女騎士の印象は当初から大分かけ離れたものになった。
「はぁ、さっき会ったばかりの私たちだが………何となく君と言う人物が判ってきた気がする。よく聞くんだ。魔物系のスキル書をリセットするスキル書は今現在では確認されていない。あのブローカーが言っていたことが真実なら、このままだと君は確実に魔物になる」
今度は少年が閉口する番だった。
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