第7話 再び
「えっ?!ない………」
大通りの賑わいは遠くの方から聞こえる。街の狭間はそんな喧騒からは縁遠い。土煙が舞わなくていいけどね、誰かが言った言葉が脳裏を過ぎったが、そんな場合ではなかった。
露店がないのだ。大枚を叩いて買ったスキル書『光の戦士』を売っていた露店がないのだ。場所を間違えたか、いや、そんな筈はない。ここで合っているはずだ。頭を振りながら少年は右往左往した。
「『光の戦士』の具体的なこと訊きたかったのにな」
感覚的に可怪しく感じるが、自分の使い方が悪いだけなのかもしれない。店側のアフターケアを期待したけど、居ないものはしょうがない。露店だし、閉めている日もあるだろう、後日改めて訪れよう。
前を向いて歩いているが景色は視界に入らない。何が悪いのだろうか、路地裏を抜けて、大通りに出たが、やはり、土煙が舞っていて埃っぽい。
戦士って名前が付いているから近接武器を扱うスキルと思っていたが、それが間違いなのかな、そもそも『光の戦士』だけ違うのか。人の流れに沿って歩いていく。荷馬車を引く蹄の音が聞こえた。
御者の叫び声が通りに響いていた。バカヤロー!死にてぇのか!一瞬、ギョッとしたゼルは荷馬車をやり過ごした。しかし、再び歩み始めるが、心ここにあらずは変わらずだった。
考えても判らないものは仕方ない。今日は早いがもう帰宅して明日に備えよう。小鬼とローバットの戦利品の情報は探索者組合の受付で収集済みだ。何なら、地下三階層へまで足を運んでもいい。
振り子のように考えが揺れる。しかし、少年は基本的にポジィティブな思考の持ち主だった。稼ぎが良くなったらソフィに何か買ってあげようかな、明るいであろう未来を思い浮かべながら帰路に着いていたゼルは曲がり角で人にぶつかった。
今回は転ばなかった。今回?そういえば、最近似たようなことがあったような。
「すまない、少し考え事をしていて………君、大丈夫か?」
淡く蒼い髪は毛先にいくほどに白かった。怜悧な印象の女はゼルの前に立って、お互いを見つめ合っている。どこかで、言葉になったか、ならなかったかぐらいの声だったが、部分鎧を鈍く光らせた女が言葉を続ける。
「このシチュエーション、どこかで………ッ!き、君!昨日も私とここでぶつからなかったか?」
突然ハッとした女は捲し立てるように言葉を続けた。昨日、そう、昨日だった。ハッキリとした既視感が浮かんできた。
「確かに昨日、貴女とここでぶつかった気がします。その際はすいませんでした」
ゼルは正直に謝った。人に迷惑をかければ謝る、そう親に教わって育った。
「いや、私こそすまない。あの時かなり急いでいて………違う!そうじゃない………いや、違わないが、あぁ、私は何を言っているんだ………」
一人で悶絶している女を怪訝に感じるのは少年だけじゃないはずだ。変な人だな、美人でも関わり合いになりたくない人はいるだろう、ゼルは早々に立ち去ろうとしたが、女に腕を掴まれた。
「待ってくれ!訊きたいことがあるんだ。昨日、私とぶつかった時にスキル書が落ちていなかったか?あれは………大事なものなんだ」
スキル書、確かに言葉通りの意味なら落ちていたが、あれは少年が落としたものだ。大枚叩いて買った大事なスキル書だ。
「あれは僕のスキル書ですよ。貴女とぶつかった際に落としたんです」
少年は素直に答えた。正直や誠実さは美徳だと親に教えられ育った。
「あぁ、そうだ。私も君とぶつかった際にスキル書を落としたんだ。今、君のスキル書は私が持っている。つまり、ぶつかった際にお互いのスキル書が入れ替わったんだ」
なるほど、スキル書が入れ替わって本来読むはずだった『光の戦士』ではなく、別のスキル書を読んだのなら、今日の違和感にも説明がつく。しかし、習得したスキルが何であれ、本来の『光の戦士』を習得する為にはスキルを一度リセットしなければならない。スキルリセット書は決して安くない。少年がすぐに買える代物ではない。
「そうなんですね。じゃ、僕のスキル書を返してください」
「あぁ、判っている。君も私のスキル書を返してくれ」
自分のことで精一杯だった少年は焦りの表情を浮かべた。スキル書が入れ替わって、本来のスキル書を返してもらえるのは良い、だが、相手が返すなら、こっちも返すべきだ。どうしよう、もう読んじゃったよ。ゼルの焦りは露骨に現れていた。
「き、君、まさか、もうすでに………」
やっぱりまずいよな。どうしよう、高いスキル書だったら。弁償しなきゃいけないよな。本来読むはずだった『光の戦士』のスキル書で弁償するしかないだろう。しかし、それは躊躇われる。半年間頑張って貯めたお金でやっと買ったのだ。渋る気持ちも仕方ない。だが、人に迷惑をかけたら駄目と親から教わって育った。仕方がないが、それで勘弁してもらうしかない。
「すいません!自分のものだと思って読んじゃいました。代わりに僕のその『光の戦士』のスキル書で勘弁してもらえないでしょうか?」
「『光の戦士』のスキル書?何を言っているこれは………いや、それ所じゃない!ほ、本当に読んだのか?」
表情がコロコロ変わる女は気づけば少年の肩を掴んでいた。ゼルは戸惑いながらうなずくばかりだった。ま、まずい。いや、だが奴らの戯言とも考えれる。しかし………女はぶつぶつと何かを呟いているだけで、要領を得ない。本当に変な人だな、逆にゼルは少し落ち着きを取り戻した。
「こんな人が多いところで話せる内容じゃない。すまないが、一緒に付いて来てくれ」
女に強引に腕を掴まれた少年はそのままどこかへ連れて行かれた。女にしては力が強く、以前のゼルなら抵抗できなかっただろが、スキル書のおかげで異常な力を得た今のゼルなら抵抗できた。しかし、そうはしなかった。されるがままの運命とはこういうことなのだろうか。
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