吾輩は犬になってしまったらしい

たんぜべ なた。

大草原のボッチ犬

 私の名前は「タツロー」。

 見ての通り、毛艶もよろしい、立派なゴールデンレトリバーだ!!

 …まぁ、全身をお見せ出来ないところは実に残念なところである。


 さて、何故私が人語を操るのが、カクも得意なのかと言われれば、私が元人間だったという事だ。

 そう、いわゆる転生で人様からワンコに転生できたのである。

 …ご丁寧に世界線も前世から何一つ変わっていない。

 変わった事と言えば、身なりと住処ぐらいだろうか。


 蒼天が広がる大草原にたたずみ、大きなあくびを一つ付き、ゆっくりと眠りにつく。

 前世では、願っても得られなかった怠惰な日々がここにある。


 もっとも、先程飼い主に見放されて、めでたくに昇格したところである。

 私の飼い主は、悪ゴロ少年を擁するの一家だった。

 休みの度毎にアウトドアに引きずり出されては、少年の遊びにも付き合わされたものである。

 少年との遊びは、接待ゴルフでウンザリしていた記憶が思い出され、辟易していた。


「この大飯食らいのゴクツブシ!」

 確か、最後の別れは、この一言だったと思われる。

 首輪を外され、この大草原に放り出されたのが今朝のことだった。


 私としても、富豪のご令嬢が飼い主だったなら、もう少し上手く立ち回り、穏やかな犬生じんせいを送れたかもしれない。

 まぁ、成ってしまったものは仕方がない。


 とりあえず、もう一眠りしてから考えるとしよう。

 幸か不幸か、餌も捨ててくれたおかげで、当座の食事は何とかなりそうだ。


 ◇ ◇ ◇


 さて、ヒヤリとする風が頬をくすぐったところで目を覚ますと、湿り気の有る嫌なニオイが鼻を突いてきた。

 見上げれば、曇天が広がり、草原の端では雨が振り始めているようだ。


「お前さん、ここは水浸しになっちゃうよ!

 さっさと逃げなさい。」

 眼の前を横切ったメスのシェットランドシープドッグが声をかけてくれた。


「何処へ逃げれば良いんでしょうか?」

 私の質問に立ち止まる彼女。


「付いて来なさい。」

 彼女は走り出したのだが、私の周りには命の次に大事な食料達がとっ散らかっている。

(仕方ない。)

 ビーフジャーキの袋を口に咥え、ドッグフードの袋を前足で抱えあげ、で走り出す私。

 彼女は、そんな私の姿を二度見して立ち止まる。


「私は心配いりません。

 急ぎましょう。」


「は、はい!」


 颯爽と…まではいかないが、とりあえず短いスライドで走る私と、私の声で正気に戻ったのか、彼女も走り出した。


 私達の前方に、島のような小高い林が見えてきた。


「こっちよ!」

 彼女が檄を飛ばしてくる。


 もう、雨が振り始めている。

 彼女が林に飛び込み、遅れること、ようやく私も林に飛び込めた。

 振り返ると、雨が降るという生易しい状況ではない。

 スコールである。

 滝のように叩きつける雨で、見る見る平原が水没していく。


 どうやら、私は彼女に助けられたようである。

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