その2

 ロボットアームにログインできたのは殺された家元本人を含めて十名。

 もし、ログインしていたのが、今ワークチェアの上でぐったりしている仏さんだとしたら、ただの自殺。

 だが、もし他の九体のクローンの内の誰かだったとしたら、被害者以外の家元泰宏が殺したと言うことになる。客観的に事実だけを取れば、これは家元泰宏が別の家元泰宏を殺した『他殺』になる。

 しかし、『接ぎ木』によって生まれたクローン人間は社会的には、あくまでも家元泰宏の分身という立場にある。体は別々だが、どちらも書類上は家元泰宏本人ということだ。

 つまり、家元泰宏のクローンが別の家元泰宏を殺したとしても、『家元泰宏が家元泰宏を殺した』と言う認識になり、それは書類上は『自殺』となるのだ。


 当然、他殺でない以上、法律で罰する事はできない。

 しかし、物理的に人間がされた訳だから、俺たち警察は遺体が存在している以上、『クローンが殺した』という裏付け捜査は行わないといけない。


 これが『クローン殺人』の面倒臭いところだ。俺たち、警察からしたら一番やり切れない捜査だ。


 人を殺した人間が目の前にいるにも関わらず、クローンの社会的な立場上、法律ではクローンを捕まえる術は何もない。


 『クローン殺人』は警察の天敵だ。

 ついに俺の目の黒いうちに、目の前でクローン殺人が起こった可能性が出てきた。


「え! 殺しなのに逮捕できないんですか?」

「んな事もしらねぇのか、馬鹿! ドキュメンタリーなんか見てんじゃねぇで勉強しろ!」


 署に戻る車の中で、相澤が呑気に言って来た為、ムカっと来て怒鳴ってしまった。拗ねた相澤は「そんな、怒んなくても……」とブツブツ言っている。


「クローンは分身だからな。家元泰宏が家元泰宏を殺したら自殺って処理になるんだよ。

 つまり、これから俺達は『これはクローンが殺したから自殺です』って裏付ける捜査をするっわけだ」

「それって、加害者の弁護するようなものじゃないですか!」

「だから、さっきからイライラしてるんだよ、俺は」


 横で相澤が「なるほど」と呑気に言った。やっと察したのか、コイツ。


「これは、自分が下っ端なんだって思い知らされそうな捜査ですね」

「ああ、覚悟しとけ。こんなに証人を殴りたくなる捜査はないぞ、たぶん」


 クローン技術は発達し、今では髪の毛一本あれば自分のコピーの人間を作れるようになった。

 しかし、クローンを残せる人物は国から許可を得た、選ばれた人間だけ──単的に言えば、「社会に大きな利益をもたらすであろう」と国が判断した人物のみがクローンを作れる。

 まぁ、庶民が自由に作れたとしても、クローンを作る莫大な資金が用意できないのが現状だが。

 つまり、クローン殺人が起こせるのは社会的な成功者、勝ち組のみだ。


 現在、家元泰宏のような大企業の社長など、ハードワークが強いられる人物が法人で金を出し、仕事の負担を軽減する目的でクローンを作成する場合が多い。

 それを植物の『株分け』や『接ぎ木』に似ている事から、この名で呼んでいる。

 日本の企業や政治は決断が遅い事がネックであったが、接ぎ木によって責任者が同時に複数の場所で決裁が行えるようになり、プラスに働いている部分は多い。

 だからと言って、なんで俺たちが「これはクローン殺人なので、逮捕はできません」という裏付けの捜査をしなけりゃならないのか。

 事実、人一人の生命活動を止めたという事には変わりないのに。


「でも、そんな同じ人間があちこちの場所に行ったら、むしろ混乱しないんですか?」

「接ぎ木が行われる際にクローン全員の記憶は、脳にチップが埋め込まれる。それを通してオリジナルを含めた全てのクローンの間で記憶は共有される。だから、あちこちで自分が動いても、全ての記憶は全員の脳に入っている。だから、混乱は起こらない」


 家元泰宏は十人で家元泰宏なのだから、記憶の共有は必要不可欠だ。

 ただし、仕事や重要なプライベートの記憶以外に関しては、本人の意思で共有を拒否する事もできるそうだ。


 クローン殺人の場合。

 家元泰宏のクローンの脳には、「家元を殺した記憶」と「家元に殺される途中の記憶」の二つが脳に共有される事となる。

 下手をしたら、もう奴らの脳の中では、この殺人事件の記憶はすでに同期され、今頃はどの家元がどの家元を殺したのかさえ、分からなくなっているのかもしれない。


「……やる気出ませんねぇ」


 相澤の気の抜けた声。

 いつもなら怒っているが、俺も同感な為、聞かない事にした。


「でも、」

「あん?」


 気の抜けた声の直後、急に相澤が刑事の顔に戻った。


「なんで歯が抜かれてたんでしょう?」


 相澤に言われ、俺も思い出した。


「分からん。そもそも、事件となんの関係もないかも知れないぞ」

「ちょっと、山城さん。それ、テキトー過ぎません?」


 さっきまで気の抜けた声をしてた後輩に怒られた。


 確かに、あの歯はなんか引っ掛かる。

 もし、この事件に犯人がいるとしたら、なんで歯なんて抜いたんだ?


 しかし、この事件の一番の問題はそこじゃない。

 この事件が自殺ではなく『クローン殺人』だった場合、クローンは分身だ。

 どの家元泰宏から他のクローンを見たとしても、本来ならどれが『殺すべき家元泰宏』なのかを特定する術は存在しないハズなのだ。

 仮に被害者の家元泰宏を狙って殺したのだとしたら、『どうやって自分以外の九人の中から殺すべき家元泰宏を特定できたのか?』

 そもそも、そこまでして、その家元泰宏をピンポイントで殺さなくてはならなかった理由がなんなのか? 


 それが全く分からない。


 自殺ならば、死後に奥歯が抜かれた意味が全く分からないが、上の二つの説明はつく。

 いくらクローンでも、自分自身と自分以外のクローンの区別は付く。自分自身を狙って殺す事は、確実に可能だからだ。


 とりあえず、クローン様から話を聞かないと、埒が開かない。


 朝が明ける前に、うちの署に捜査本部が作られた。

 現場の状況とロボットアームのログインが自宅外だった事から『クローン殺人でほぼ間違いない』と言う方針になった。


 その後、事件発生の一時間後の家元泰宏のマンションに入って行く映像を確認した。しばらくして出てくる家元泰宏の姿が映った映像、紛れもなく家元泰宏のクローンだ。


「死んだ後に何しに行ったんでしょうかね?」

「歯を抜きに行ったのか?」


 あの奥歯は血が出ていなかった。死後、血流が止まった後に抜かれたと鑑識でも確定した。


「ていうか、部屋に行くなら、この時に殺せば良かったんじゃないですか?」

「クローンなんだから力は互角だろ。殺せない可能性もある」

「あ、そうか」

「とにかく、詳しいことは本人様から聞けば良い」


 その後、俺たちは数時間だけ、仮眠をとる事にした。


 朝が明け、街が動き出すとさっそく、俺たちはケラスス社長の残された九人の家元泰宏に話を聞きに行く予定だ。








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