第34話 カーネリアとマルメロ 2

「ちゃんと自重していますよ? 今日祈ったのだって、癒神様だけですし!」


「……、……先ほどはたしか、『どの神にも祈っていない』とお答えいただいたはずなのですが」


 スッと青い目を細められて、反射的に目を逸らす。

 故意ではないが、たしかに結果的には嘘をついてしまったことになるのかもしれない。


「果実をもぐことについて、季節や豊穣の神様たちには祈っていません、という意味でした」


 間違っても最初から嘘をつくつもりだったわけではない。

 コイズのために祈ったことなど、すっかり忘れていたのだ。


「あまり神々を頼らないでください、と何度もお伝えしているはずなのですが」


「今日は、コイズが怪我をしてたから……つい」


 軽い気持ちで、神に祈ってしまった。

 結果はどうあれ、コイズは妹と仲良くしたいと奮闘していたのだ。

 少し絆されてしまったのかもしれない。

 いが塗れになったのはコイズの自業自得だと思うが、私が誘導したとも言えなくもない情況だった。

 多少の罪悪感があったことも確かだ。


「コイズ王子の前で……やらかしたのですか」


「まずかった、ですか……?」


 『やらかした』なんて崩れた言葉がイスラの口から出てきたことに驚く。

 人間なのだから、どこかで言葉を崩すこともあるだろうが、イスラがわたしの前で言葉を崩すとは思わなかった。

 これは本当に、私がなにか失敗をしてしまったのだろう。


「……コイズ王子の髪が、神の眼差しを受けて輝いた、という話は聞いたことがございません」


「あ、それで驚いていたんですね」


 人間の髪が突然輝けば驚くだろうが、銀髪の王族ならそれほど珍しいことでもないだろう。

 私はほぼ毎日のように髪を輝かせている。


 そんな感じで、コイズの驚きを軽く流していたのだが。


「父の溺愛があって、そのうえ神々から眼差しを受けることもあるとなると……」


 コイズの内心は、複雑なんてものではなかっただろう。

 男尊女卑な世界で、跡継ぎとしては圧倒的に男児が有利なはずなのに。

 王権を神が授ける以上、そうも言っていられないのが、この国の王族だ。


「……カーネリア姫の察しがよろしくて、大変助かります」


 できれば、コイズの前で見せつけてしまう前に気付いてほしかった、とイスラは言うのだが、今日のことについては仕方がなかったと思う。

 今日のコイズが負ったのは、兄としての名誉の負傷だ。


 ……若干、誉って気がするけどね。


 妹の前でカッコいい姿を見せたい、と頑張った結果の負傷だ。

 カーネリアなら放置しただろうが、白雪 姫子としてはその頑張りを認めたかった。


「今後は、命に関わる怪我でもない限り、気軽に祈らないでください」


 お願いします、と小首を傾げる動きに合わせ、まっすぐなダークブラウンの髪がサラリと流れる。

 このイスラは、自分の美しすぎる顔面でそういった仕草をすれば私の目にどう映るか、完全に確信しているイスラだ。

 天然コロンとは違う。

 私がイスラに弱いと知っていて、そこを突いてくる小(なんてものではない)悪魔イスラである。


「……イ、イスラに『お願い』ってされると、判っていても、なんでも言うことを聞きたくなるのですが」


 推しのおねだり、プライスレス。

 なんでも願いを叶えます。

 神でも悪魔でも、自分の命でよければ喜んで売ってやるぞ、という気分になってしまうのだから、推しというものは恐ろしい。


 冗談はさておき、普段からイスラにはお世話になりまくっている、という自覚がある。

 返せる恩があるのなら、返せる機会に少しでも返したい。

 そう思っているので、イスラの願いはなんでも叶えたいとは思っているのだが――


 ……意識して祈らない、っていうのは、たぶん難しい。


 ほとんど無意識に祈っているのだ。

 これを意識的にやめることは、不可能に近い。


「…………、……あまり、そういうことを軽々しく口になさらないでください」


 なんだか妙な間があったな、と不思議に思いつつも頷いておく。

 イスラがそうしてくれというのなら、私はそれに従うだけだ。


「……でも、イスラだって、わかっててやってますよね?」


 私がイスラに弱いと。

 なんだったら、カーネリアもイスラには弱かった。

 そんなイスラから、可愛らしく『お願い』などされたら、善悪の判断はさすがに挟むが、ほぼ無条件に受け入れてしまう気しかしない。


「……カーネリア姫が私の顔を気に入ってくださっていることは知っていますが」


 知っていても、それを利用したくなる時があるので、そそのかさないでほしい。

 そう続けたイスラに、これだけは、と訂正を入れる。


「わたしが弱いのは、イスラの顔じゃありませんけどね?」


 いや、たしかにイスラの顔も好きなのだが。

 その整いすぎた顔には、見るたび健康寿命を延ばす効果があるのではないかと疑ってもいるが。


 私が推しているのは、ゲームの中のイスラだ。


 崩壊寸前の国を、その地に生きる民の生活を守るため、内部にとどまってなんとか繋ぎ止めていたイスラだ。

 顔ではない。

 民のため、誰かのために、と懸命に生きていたイスラが好きなのだ。


 残念ながら、役割としては主人公プレイヤーキャラの敵であったため、最後は戦いに敗れて死ぬことになるのだが。

 イスラというキャラクターは、ゲームクリア後何年しても、私の中で色あせないキャラだった。


「イスラはわたしを、利用できるだけ利用していいですよ」


 いくらでも利用してくれ。

 むしろ大歓迎である、と続けると、イスラの表情が抜け落ちた。

 例えるのなら、前世のSNSで見かけたチベットスナギツネのような表情だろうか。

 なぜか、とても残念なものを見る目で見られている気がした。

 解せぬ。


 ……まあ、イスラが私を利用するより、私がイスラを利用していることの方が多いしね。


 現状はどうしても、イスラに頼りきりだ。

 これでは利用してくれ、といくら私が言ったところで、利用できるような能力などないだろう。


 せいぜいが、父の機嫌を取れる程度だ。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


カーネリア「え? わたし、またなにか間違えましたか?」

イスラ「問題ありません。私が慣れました。カーネリア姫の言動に深い意味はなく、贈った毛皮が寝具になったことにも意味はありません。足環アンクレットの時と同じです。カーネリア姫にいろいろな意図は一切ないと理解しています。大丈夫です。カーネリア姫は十四歳みせいねんです」

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