第32話 秋の庭散策とコイズ王子 3
「……で、結局何しにきたの?」
まさか本当に一口齧っただけで吐き出すマルメロが好物で、それを採りに来たわけではあるまい。
それは判っていたので、コイズが落ち着くのを待って聞いてやる。
こちらは実質奥宮の支配者だ。
奥宮から出されたはずのコイズなど、
「おまえこそ、何してんだよ」
「わたくし? わたくしなら、見ての通りよ」
可愛い妹たちと秋の味覚狩りである。
マルメロは熟しすぎて腐りかけているのでは? と慌てて加工に持ち去られたが、他は引き続き収穫中だ。
毬栗の
「……それ、楽しいのか?」
「めっちゃ嵌る」
ね? と同意を求めてコロンを見ると、コロンはコイズに視線を向けたまま、私の太い足に抱きついていた。
甘える以外では初めて見せるコロンの様子に、おや? と不思議になった。
本当に、初めて見るコロンの警戒だ。
私と初めて会った時にも、こんな様子はみせなかった。
「……コイズお兄さま、めっちゃ妹に嫌われてない?」
「こんな時ばっか『兄様』言うな! ……な?」
可哀想なものを見る目を作ってコイズを見つめると、自覚があるのかコイズは肩を怒らせる。
コイズの大声に驚いたコロンが肩を震わせて怯えると、それにいち早く気付いたコイズの声がほんの少しだけ潜められた。
……ふーん?
まだよく判らないのだが、コイズはそれほど嫌な奴ではないようだ。
ゲームでのコイズは敵対していたからか、態度が悪かったが、今の印象としては『不器用な兄(見習い)』といったところか。
コロンへの微かな気遣いをみるに、多少なりとも妹たちと仲良くしたいとは思っているのかもしれない。
なにしろ、私とコイズは王の子の中でも、銀髪に生まれたというだけで特別扱いだった。
兄弟姉妹は多いが、ほとんど一人っ子のような環境で育っている。
弟妹に対して気遣いを発揮する、ということ自体が奇跡に等しい。
他者に対する気遣いなど、学ぶ環境ではなかったのだ。
「……なんで、おまえには懐いてンだよ」
「そりゃ、わたくしは妹たちと一緒に遊んだり、食事をしたりとしてますし?」
ここ一、二ヶ月の話ではあったが。
以前のカーネリアは妹たちに無関心だったが、今の私は違う。
姉妹で扱いが違うと聞けば気になるし、妹たちと一緒に遊ぶと称して動けば、多少の運動にもなる。
ただ部屋で一人過ごすより、よほど充実した時間を過ごせるのだ。
今の私は、妹たちに夢中である。
父に知られれば妹たちに嫉妬が向かうので、内緒だが。
「妹たちに懐かれたかったら、頼りになる兄だって見せつければいいんだよ」
ほら、頼れる兄だと示してください、と言いながら地面を指差す。
周囲には、私があらかた拾い終わった栗の外皮――つまり毬――が落ちていた。
「もう少し栗がほしいな、コイズお兄さま」
「おまえに『兄様』と呼ばれても、気持ち悪いだけだ」
「じゃあ、コロンならいいの?」
「コロン?」
幼児に名前が付いていることが不思議なのだろう。
私が勝手につけた幼名なので、まあ驚くのは無理もない。
瞬くコイズを無視して、足下のコロンへと耳打ちをした。
どうやらコイズは妹に好かれたいらしいのだ。
意地悪をする必要もないので、妹と距離を縮めるきっかけぐらいは作ってやる。
「……お、おにいちゃんの、かっこいいとこ、みたい……な?」
コテッと最後の「な?」で小首を傾げるコロンは、将来小悪魔に成長するのだろう。
台詞は私が誘導したが、演技までは指導していない。
小悪魔コロンは、天然コロンである。
「……お、おう? そうか。そこまで言うんなら、お兄様がカッコいいところを見せてやろう!」
「あ、判っていると思うけど――」
止める間はなかった。
コイズは、妹に頼られて嬉しかったのだろう。
元からアホなのか、妹に頼られてスコーンと判断力が旅立ったのかは、判らない。
が、煽った側の人間としては、後者であると信じてやることにした。
くるりと背を向け、栗の木と向き合ったコイズに、私は咄嗟にコロンを抱き上げて栗の木の下から脱出する。
背後からはガサガサとコイズが栗の木を揺さぶる音と、ボスボスと毬栗が地面に落下する音、それから、頭上から襲い来る毬栗にコイズが悲鳴をあげる声が聞こえた。
「ぎゃあああああああああああっ!?」
……ですよねー。
毬栗の襲撃を受けたコイズは、咄嗟に襲撃から逃げるためか地面に倒れ、転がる。
が、そこは栗は回収されたが、外皮である毬は残された地面である。
転がれば転がるだけ、頭上から落ちてくる以上の毬が敷き詰められた地面に体を押し付けることになり、大惨事がすぎた。
「兄の威厳が示せてよかったねー」
「……」
我ながら、白々しいとは思うが。
故意に誘導したことは、ここまでのことではないので、兄の威厳についてはフォローしておく。
私としては、毬栗を落としてほしかっただけなのだ。
毬栗にコイズを襲撃させる意図はなかった。
「ほら、妹たちにも、モッテもて!」
「…………」
地面を転がったせいで毬だらけになったコイズを、心配した妹たちが取り囲む。
妹たちはその細く、小さな指でもってコイズの衣と毛皮についた毬を丁寧に取ってくれていた。
私? 私の指はまだまだ太いので、細かい作業などできるはずがない。
私の指に毬が刺さった場合に、誰の首が刎ねられるかも判らないのだ。
見えている地雷など、踏む趣味はない。
「癒神ローカケヒトよ……」
……ちょっとお馬鹿だけど、妹にいいとこ見せたかった『お兄ちゃん』に祝福を。
毬を取る作業は、指の太ましい理由で手伝えないが。
毬の刺さった幹部を癒すぐらいは、私にもできる。
いや、
癒神へ祈りを捧げると、銀色の髪が神の眼差しを受けて青く輝く。
すでに神へ祈りを捧げることが日常の一部になってしまっている気がするが、子どもの怪我を癒すためだ。
イスラもそう口うるさくは言わないだろう。
……いや、今回のはちょっと大きな子どもだけど。
大きな子どもこと、コイズのところどころに毬が刺さって赤くなっていた肌が、元の色に戻っている。
癒神は大きな子どもであっても、分け隔てなく癒しを与えてくれたようだ。
「……なに?」
憎まれ口の一つでも言ってくるかと思っていたコイズは、気が付けば口をポカンと大きく開いたまま固まっていた。
いったい何にそんなにも驚いているのか、と考えて、思いだす。
そういえば、カーネリアがコイズの前で神に祈ったのは初めてだった、と。
……まあ、人間の髪が光れば、普通驚くよね。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
カーネリア「ちなみに、イスラならどう栗を落としますか?」
イスラ「リンクォで一撃です」
栗の木「折れちゃうぅぅうぅうぅぅっ!!」
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