閑話:イスラ視点 姫君の玩具

 ……姫が、ご自分を「本当のカーネリアではない」という理由がわからない。

 

 授業の終わりにカーネリア姫から今日あった出来事を聞き、眉間に皺を作る。

 表情を作ることに失敗した気がするが、仕方がない。

 出てしまった表情ものは、出てしまった感情ものだ。

 

 本日のカーネリア姫は王の妻子が住む区画へと出かけ、大部屋に住まう妹姫たちに会ってきたらしい。

 朝食の残りを渡される際にそんな話をしていたので、それ自体は驚くべきことではない。

 人のいカーネリア姫が、大部屋の妹姫たちに心砕くだろうことも、判っていた。

 判っていたからこそ、構わないでいてほしかったのだが。

 

 止めるのも聞かず大部屋を訪れたカーネリア姫は、そこで捨てられた弟王子を見つけてしまった。

 知っていれば事前に隠すよう手を回すこともできたのだが、弟王子は昨夜か今朝のうちに大部屋へと移されたのだろう。

 大部屋に捨てられた弟王子がいることを、事前に知ることができなかった。

 これは自分の落ち度だと認め、眉間に表してしまった皺を戻そうとしたら、カーネリア姫の指が伸びてきた。

 

 くりくりと指で皺を伸ばそうとする仕草が、姫子ほんにんの「成人した」という自己申告より幼く見せる。

 年相応の、カーネリア姫十四歳の仕草に見えるのだ。

 

 ……それにしても、『玩具』ですか。

 

 大部屋に捨てられた弟王子を見つけたカーネリア姫は、弟王子の置かれている情況を察すると、すぐに庇護を決めたようだ。

 弟王子に『玩具』という役割を与え、大部屋の侍女たちに弟王子を死なせない理由を与えた。

 

 ……本当に、姫はなぜ『本当のカーネリア』にこだわるのでしょうか。

 

 自分から見れば、今のカーネリア姫と、幼い頃のカーネリア姫に違いはない。

 白い飛竜に好かれ、リンクォを『リンゴ』と呼び、「お揃いだ」と喜び、下女に『ジェリー』と名付け、今日また『玩具』という役割を与えて命を一つ掬い上げた。

 カーネリア姫が『玩具』の役割を与え、命を助けたことは今日が初めてではない。

 

 ……意外に、微妙な気分ですね。

 

 はっきりと言ってしまえば、不快に感じている。

 だからこそ、つい表情かおに出てしまった。

 カーネリア姫が新たな『玩具』を得たことに。

 

 ……自分でも、どうかとは思いますが。

 

 存外、自分はカーネリア姫の『玩具』である、という役割に、自負と執着があったらしい。

 自分が私に与えた役割など忘れて、新たな『玩具』を作ったカーネリア姫に、身の程知らずにも憤慨している自分がいる。

 『玩具』としてカーネリア姫に救われた自分に、弟王子に嫉妬する資格などないというのに。

 

 ……結局、どれだけ姫が否定しても、カーネリア姫と同じことをしてくるんですよね。

 

 これでどうして白雪 姫子とカーネリア姫を別人だと思えと言うのか。

 

 目の前で「忠告してくれたのに、ごめんなさい」と申し訳なさそうに詫びるカーネリア姫の深紅の瞳を見つめる。

 この姫は、悪いと思った時はまっすぐに相手の目を見て謝罪を口にした。

 今だってまっすぐに自分を見つめ、謝るぐらいなら忠告を聞き入れてくれる方が嬉しい、などと内心で思いあがった夢想をする自分と向き合っている。

 

 ……姫は、以前のカーネリア様とは違う意味で制御ができない方ですね。

 

 本人は聞き分けよく、こちらの言い分を聞いてくれているつもりのようなのだが。

 今回のように、避けてほしいことほど首を突っこんで、一度こうと決めたら絶対に引かないところがある。

 

 ……本当に、どこがカーネリア姫と違うのか。

 

 共通点ならいくらでも挙げられるが、逆は一つも思い浮かばない。

 幼い頃のカーネリア姫も、今のカーネリア姫と同じだった。

 守りたいと思ったら、父王にも逆らった――誘導して、自分の望む結果を得た――のがカーネリア姫だ。

 白雪 姫子とやっていることは変わらない。

 

 ……体重を気にされるぐらいなら、大切なものを増やさないようにしてほしい。

 

 本当にカーネリア姫を攫って逃げることになった場合に、自分の両手はカーネリア姫以外を持つことはできない。

 姫が気にする重量的な意味ではなく、無事に逃げ延びるために、だ。

 

 ……姫の大切は――

 

 ――自分だけでいい。

 そう脳裏に浮かびかけた言葉を、完全な形になる前に否定する。

 姫は姫であり、カーネリア姫の玩具である自分のモノではない。

 カーネリア姫には自分だけでいい、などと考えていいはずがなかった。

 

 ……男はダメだな。

 

 男女という性別のせいにはしたくないのだが、姫を女性として意識してしまうと、どうしても自分だけのものにしたくなる。

 自分にそんな資格はないし、尊い姫君は尊いものとして頭上に戴いたままでありたいのに。

 自分の中にも確かに存在する雄が、尊い姫君を雌に堕としたいと欲する時がある。

 

 ……今のカーネリア姫は、少し困る。

 

 以前のカーネリアのように、恋慕と欲情の籠った目で見つめてくるようなら、こちらも拒否がしやすい。

 そんな目で見つめてくるカーネリアは、清らかで尊いカーネリア姫ではない、と。

 

 しかし、今のカーネリア姫は違う。

 

 確かに恋慕の情も多少混ざってはいるが、それ以上に信仰にも似た敬愛や憧憬、信頼があり、少し盲目的なところがある。

 そしてそれらの中に、異性に対する欲というものは見受けられない。

 

 まさに理想の『雪妖精の姫』だ。

 

 本人は『雪妖精』を妙な意味で捉えたようだが、これは本人が思うような蔑称ではない。

 

 ……勝手だな、私は。

 

 欲望混じりに見つめられれば拒否がしやすい、と安堵する。

 欲望など一切挟まぬ羨望を向けられれば、今度は自分を見てほしいと欲する。

 

 ……姫が見ているのは。

 

 カーネリア姫が天啓ぜんせで見たという、未来さきの自分だ。

 それは自分であって、やはり自分ではない。

 もしかしたら、白雪 姫子がカーネリア姫との違いにこだわるのは、これと同じような感情だろうか。

 

 ……それなら、少し――

 

 浮かびかけた分不相応な感情を、表情かおへ出すことなく飲み込む。

 カーネリア姫の『玩具』でしかない自分が、抱いていい感情ではない。

 

 とりあえず、これ以上『玩具』を増やさないでほしい、とカーネリア姫に約束を取り付ける。

 自分こそがカーネリア姫の玩具の分際で、何を言っているのか、と思いながら。

 

「名前を付けるのなら、番号を振ってください」


「いや、さすがに人間に番号なんて付けませんよ……?」


 付けませんよね? と首を傾げるカーネリア姫は、その中身ひめこは、穏やかで豊かな安定した時代に生まれ育ったらしい。

 赤子のうちは名前をつけない、という話をした時も、不思議そうな表情をしていた。

 

「そもそもとして、いつ死ぬかも判らない赤子に名前をつける方がおかしいのです」


 何かあったら、このカーネリア姫は絶対に泣く。

 罪人を拾い上げ、獣人の孤児を雇い、弟王子の庇護を即断できるような人間が、名を与え、情を移した人間を亡くして泣かないはずがないのだ。

 

「なんでダメなんですか?」



 スルッと口から漏れた本音に、遅れて気が付いてしばし無言で見詰めあう。

 カーネリア姫も、この本音には驚いたようで、きょとんっと瞬いていた。

 

「……なんでもありません。言葉を少し間違えました」


 カーネリア姫は、道理を説けば解らない方ではない。

 すべての子どもが無事に育つ世界ではない、とは以前話している。

 子どものうちに、それも赤子のうちに名前を付けることなど、ほとんどないとも。

 それが判らないカーネリア姫ではないはずなのに、玩具を増やした上に妹姫たちへも名前をつけたと聞いて、『姫のため』という建前よりも先に本音が口から漏れてしまった。

 

「……わかりました。いいですよ」


 人間に番号は付けたくないので、できる限り名前は付けないよう意識しておきます、と言ってカーネリア姫はこの話題を終わらせた。

 うっかりすることもあるだろうが、赤子には名前を付けないように気をつける、と。

 

「イスラの我がままなんて、珍しいですからね」


 『嫌』としか言えない事情があるのだろう、と続いたカーネリア姫の言葉に困惑し、暴れだしそうな感情に蓋をして鎖を巻き、頑丈な錠前を付ける。

 カーネリア姫の御し方を、見つけてしまった瞬間だった。

 そして、主を『御す』などと、玩具が考えていいことではない。

 

 ……変なところで物分りのよさを発揮しないでください。

 

 自分が『嫌』としか言えなかった理由など、ただの嫉妬でしかないのだから。







■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □


 ただ久しぶりにイスラ視点が書きたくなっただけの犯行。

 

 このお話、本来は二部構成で、一部の終わりにやっとイスラがカーネリアと姫子の存在と前世話を信じる、ぐらいの温度差があったはずなのですが。

 頭いい設定にしたら、速攻で姫子の話を信じて、即落ち2コマみたいなことになってます……orz

 カーネリア姫に対してクソデカ感情駄々漏れのサイコヤンデレ(作者評)

 ちっとも予定通りに進まぬ二人です。

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