第8話 これはなんの修行だろう
……これはなんの修行だろう。
推しに萌えると、その『萌え』が神への祈りにカウントされて、神へ祈りが届いてしまう。
祈りを届けられた神は何事かと祈りの発生源を確認し、その眼差しを受けて私の銀色の髪は輝く。
神に祈りが届くこと自体は、とてもいいことらしいのだが。
あまり神に愛されすぎると、神々に御許へと呼ばれてしまうこともあるのだとか。
御許へ呼ばれるというのは、つまりは人としての生の終わりである。
すなわち、死ぬ。
私が死ぬこと自体はどうでもいい。
人間は、誰だっていつかは必ず死ぬ。
それが今日か、明日かというだけの話だ。
しかし、今の私の命には、イスラの破滅回避がかかっている。
イスラがなんの憂いもなく幸せに笑っている未来を見届けるまでは、神に召されている場合ではない。
ゆえに、あまり神の注目を集めるわけにもいかないのだが。
推しを目の前にして、『萌えるな』というのは無理がある。
目の前には、生きた推し。
推しが呼吸し、動き、言葉を発する。
これに萌えないオタクはいない。
これに萌えないオタクは、ただの一般人だ。
しかも、その推しが、私のために授業をしてくれている。
私が理解できるよう授業内容を考え、言葉を尽くし、工夫し、詰まれば一緒に悩んでもくれる。
特別な一時が過ぎた。
この素晴らしすぎる一時に、いったいおいくら万円払わせていただけるのだろうか。
さらに付け加えるのなら、勉強道具である。
たしかに、ただの薄い箱に砂を詰めただけの物だ。
聞けば、
にもかかわらず、私に用意されたものは薄い箱に砂を詰めただけのものである。
一国の姫が使うものとして、正直相応しいものだとはまったく思えない一品だ。
だが、しかし!
この『砂が詰められただけの薄い箱』は、推しに手渡された一品である。
くどくなるがさらに付け加えるのなら、推しの手製だ。
推し手製の、推しに贈られた勉強道具で、推しの考えてくれた授業内容を、推し自ら教授してくれる。
これに萌えずにいられるだろうか?
これに萌えずにいられるはずがない!
「……カーネリア姫」
「わざとじゃないんです。授業自体はちゃんと聞いています……っ!」
まったく信用はできないだろうが。
ピカピカと落ち着きなく、さまざまな色に輝く私の銀髪には、なんの説得力もない。
説得力はないのだが、私だってイスラの仕草の一つひとつすべてに反応して萌えているわけではないので、嘘ではない。
イスラは生きているだけで尊いと思っているが、間近く見る手が意外に節くれだっていて男らしいだとか、その手に支えられて昨日は飛竜に同乗しただとか――結構萌えているのは確かだが、授業はちゃんと集中していた。
なんといっても、イスラが、イスラの声で、授業をしてくれているのだから。
これを聞き逃す私ではない。
……これ、なんか、めっちゃ神様に授業参観されてるー!?
最初は漠然とした『萌え』から緑系列の神に見守られていたようなのだが。
私の銀髪は赤く光ったり、金色に光ったりと、さまざまな色に光って落ち着きがない。
この国は風の神の影響が強く、緑色は強く現れやすいとかなんとかイスラが教えてくれた気がするのだが、色が多すぎれば緑もまた負けるようだ。
色が混ざりすぎて、私の髪は今や黒銀の輝きを放っていた。
「カーネリア姫、そろそろ落ち着いてください。……黒は本当によろしくない」
「黒は、よろしくない……?」
はて、なんのことだろう、と首を傾げる。
『ごっど★うぉーず』というゲームの中で『黒がよろしくない』などという話は聞いたことがない。
というよりも、
『黒がよろしくない』ということはないはずである。
……あ、でも? カーネリアの記憶になにか、あるような……?
推しに萌えるのに忙しい思考を、他所事を考えることで落ち着かせてみる。
推しが尊いと感じるから、神に萌えが届いてしまうのだ。
推し以外のことを考えれば、萌えも神に届かないはずである。
「……あ、れ? あまり、黒を着ている人って、いない……ような……?」
カーネリアの記憶を探ってみるが、黒髪の人間を見たことがない。
カーネリアの狭い生活圏を考えれば、黒髪の人間に出会わない可能性もゼロではないが、黒という色自体を、あまり見た記憶がなかった。
黒を纏った人物の、数少ない記憶といえば――
「お父さまと、正妃さまが、祭祀の時とかに、黒い衣を着ている……ぐらい?」
「はい。黒は『貴色』です。王と高位の神官が祭祀の時にのみ、纏うことを許されます」
王と高位の神官のみ、とは言うが、いくつか例外はある。
全身を黒一色で包むことは王と高位の神官のみに許された特権だが、王族であれば衣の一部に黒を使うことが許されていた。
……なるほど、つまり、あの馬鹿王子が黒系統の服を着ていたのは『悪役だから』じゃなくて、『王族だから』だったのか。
だいぶ頭が冷えてきたぞ、と風の神マーシィがパートナーとして暗躍するシナリオを思いだす。
日本人の異世界転移者が主人公となるシナリオには、序盤のボスとして父王アゲートが、その中ボスとして王子コイズという人物が出てくる。
白雪 姫子の知識にカーネリアの知識を足すと、この王子コイズは、カーネリアの異母兄にあたる人物だ。
これ見よがしに黒を纏っていたことと、カーネリアのこの神に祈りが届きすぎる体質(?)を考えるに、彼が普段から黒を纏っていたのは、
コイズもまた銀髪を持つ王族ではあるが、カーネリアの記憶にある限り、彼の髪が他の色に輝いていたことはない。
コイズの性格上、神に祈りが届いて髪が輝けば、必ずカーネリアの元へ自慢に来るはずだ。
父の後継者を自称するコイズにとって、父王が溺愛する
王権を神が授けるこの国において、神に祈りが届く、というものは王として最も必要な資質だ。
その資質が、自分にはなくて妹には有り余っているのだから、コイズとしては面白くないなんてものではないだろう。
……あ、れ? 違うな。コイズ、黒着てないや?
ゲームでのコイズは黒を基調とした服を纏っていたが。
カーネリアの記憶にあるコイズは、瞳と同じ新緑の衣を纏っている。
ということは、コイズはゲームのスタート時期になると父の後継者を意識して黒を纏うが、今はまだただの王子として色濃く鮮やかに染められた衣を纏っている程度ということだ。
つまり、コイズが黒の衣を纏うかどうかで、ゲームの開始時期が予想できる。
「……でも、なぜ『黒』が貴色なの? 綺麗に染めるには染料がかかって、高価になるから、とか?」
「そういった理由もございますが……一番の理由は、神々の色だからです」
「黒が、神様の色……?」
そんな設定があっただろうか? と記憶を探るが、思いだせるのは
それぞれ判りやすく光や火、風といった属性に振り分けられ、それらを連想する瞳と髪の色をしていたが、一柱だけ、割り振られた属性どおりではない髪の色をした神がいた。
その神の髪の色が、黒かったはずだ。
「……もしかして、神様って黒髪なの?」
「カーネリア姫は奥宮からほとんどお出になりませんので、神殿の壁画や神像を見たことがありませんでしたね」
ついでに学問から遠ざけられていては、神話の挿絵から神々の姿を見ることもなかっただろう、とイスラは目を伏せる。
髪と同じ色をした、男性としては長めの睫毛に気が付いて――また私の髪が緑に輝いた。
懲りない私である。
「でも、イスラの言いたいことは解ってきました。髪が黒に近づくってことは、御許に呼ばる危険が高い、ってこと……だよね?」
「神に選ばれ、御許へと招かれた巫女は、神気を帯びて黒髪になるそうです」
「う、わぁ……」
神気を帯びて黒髪になる。
聞いただけで解る、今の状態のヤバさだ。
……あと、ゲームの主人公が王を討った後、簡単に次ぎの王になれた理由もわかった。
現実的に考えれば、叛乱が成功したからといって、その叛乱軍の長がそのまま王になることは難しいだろう。
特に、ゲームの主人公は異世界転移者であり、地縁というものが薄い。
下地がないので、王に成り代わることは不可能に近いはずだ。
実現可能な案に直すのなら、傀儡にできる王の幼い子どもあたりを次の王に据え、実権を主人公が握る、といったところか。
ところが、この国は王権を神が授けてくれることになっている。
そして主人公は神に導かれて叛乱を成功させた男だ。
そこへプラスして、神しか持たないはずの黒髪まで持っているのだから、これはもう、叛乱さえ成功すれば、現王と成り代わることに不可能はない。
少なくとも、民は神の選んだ新しい王だ、と主人公を歓迎することだろう。
『キュルルルル』
「ほわっ!?」
至近距離から突然聞こえた飛竜の鳴き声に、驚いて奇妙な悲鳴をあげる。
気が付けば、
「どうしたの、リンコ?」
『キュイ、キュイ』
笛の音に似た可愛らしい声を出す白い飛竜に気を引かれ、視線を向ける。
と、対面に立ち、私に授業を授けていたはずのイスラが、私の手元から薄い木の箱を抜き取り、露台の向こうへと放り投げた。
「え? ええ?」
突然の乱暴な行為に驚いて瞬くと、イスラは人差し指を自分の唇に当てる。
『黙れ』もしくは『秘密』というジェスチャーは、異世界でも共通らしい。
日本製のゲームだったので、ある意味で当然か。
戸惑いながらも口を閉ざした私に、イスラはクルクルと文字列の書かれた紙を巻き、棒状にして背中へと隠した。
……えっと?
つまりは、勉強道具を『隠す』必要ができた、ということだ。
私の部屋から勉強の痕跡を隠す必要があるということは――
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うちのPCはよく躾けられたPCなので、『反乱』が『叛乱』になります。
むしろ『反乱』の方が一般的であることを20年ぶりに思いだしましたが、もう『叛乱』で結構書いちゃったので、このまま『叛乱』でいきます。
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