②ー『此岸』

 彼女は完璧だった。


 風に揺れる黒髪は一点の曇りもくすみもなく流麗で、枝毛が一本もないほど手入れされていた。

 陶器のように白い肌は、それでいて不健康な青白さではなく、血色の良い薄紅色に染まっている。

 笑うと細くなる目も、黒真珠のように美しい光を反射する瞳も、スッと通った鼻筋も、全てが彼女という存在を「完璧」に仕上げている。



 この間、徒歩ではなくバスでの通勤をしてみた。彼女の後ろに並んでバスを待つ時間は、永遠のような幸福だった。初夏の湿り気を含んだ風が彼女の黒髪をふわりと持ち上げた時に漂ってきた微かな香りは、シャンプーとも香水とも違う、甘く蕩けそうな匂いだった。思わず呼吸が深くなったのが、前に並ぶ彼女にバレていなければいいのだけれど。



 あぁ、彼女はなんだ。



 バスに一緒に乗っていた友人との会話を聞くに、学校の成績が優秀であることがわかった。ああやっぱり。僕が好きになった彼女はどこまでも完璧だ。心が一層ざわざわする。


 −−だから、そんな彼女にあんな男は相応しくない。珍しく定時で上がれた日に見かけた、大学生らしき男。彼女と仲良さげに談笑しながら歩く、見るからに軽薄で安っぽい男。


 チャラチャラとした薄い笑みを浮かべ、大して面白くもない話を我が物顔で語り、骨張って日に焼けた汚い手で彼女の頭を撫でるのだ。やめろ。触るな。



 彼女は、完璧でなければならないんだ。




 彼女を完璧にできるのは、僕だけなんだ。

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