第四幕:白面の亡霊③
☆ ★ ☆
翌朝。天晴達は炊き出しのお粥を食べて、惨劇となった村へと向かう。
粥にはほとんど中身がなく、薄っすら塩味のある白湯に近い。しかし、物資の乏しい現状では、それが日常なのだと錬が教えてくれたので、絶は何も言わずに食べた。天晴に関しては「うまいうまい」と豪快に笑い、避難してきた者達と談笑しながら食べていた。どこに行っても、すぐに打ち解けられる性格なのだ。
「良いのか? 住職や薬師の師匠に黙って来たであろう」
道案内をする錬の隣で絶が問いかけると、軽く笑って返す。
「大丈夫ですよ。水汲みにも行こうと思ってましたし。それにお師匠に言ったら、危険だからと止められるので」
「実際、天狐族は狙われておるのだろ? 見つかったら一大事じゃ」
「仮に見つかっても私、逃げ足は速いですから」
カラカラ笑う錬は「それに」と続ける。
「妖力が少ないせいで焔火は使えないのですが、雑魚なので気配を消すことには長けているんです。これがなかなか見つからないんですよ」
確かに、寺にいる時にその特技を見せてもらったが、天晴ですら背後を取られる程だった。もし暗殺者だったらと思うと恐ろしいが、敵意も殺意もないから為せる技でもあるため、戦闘面では一切役立たないのだとか。
「妖狐は人間よりも『術』を得意とする種族。だから、妖力が低くても、他の分野で力を発揮する者も多いんだ。俺も妖力がない代わりに、法術を扱える」
錬の気配を消す特技も、無意識に何らかの術を使っていると考えられる。律の説明に、錬と絶は「ほぉ~」と納得した。
惨劇となった村は、寺のある山を下りてすぐの場所にあった。未だに鼻を突く焦げた臭いが漂っている。
村に近づくにつれ、元気に話していた錬の口数も少なくなり、表情も曇る。本当は来たくないのだろう。
目前に広がる異様な光景は、三人から言葉を奪う。
曇天の空、無残に破壊され焼け落ちた建物、転がり放置される死体に群がる烏。
まるで地獄だ。
あまりの光景に膝から崩れ落ちそうになる絶を、律は隣で支えながら周囲を警戒。忙しなく耳を動かし、気配を探っている。人の気配はないが、邪気のような重たい気配が残り香のように漂っている。居心地が悪そうに何度も身を震わせる。
さすがの天晴も表情を険しくし、口元を固く結ぶ。
まだ残っている村人の死体を見ると違和感がある。刀傷もあるが、なかにはまるで獣にでも襲われたような者も。おまけに、建物の崩れようを見る限り、戦と言うよりも災害に近いように思える。
脳裏には寺で聞いた『白面の亡霊』が思い出された。
戦に関係のない無辜の者達が無慈悲に殺された。吐き気を覚える光景である。
知らず知らずに天晴の拳が音を立てて強く握られる。ふつふつと心の中で静かに煮え滾る感情は、逆に彼を冷静にした。
「このような、このようなことを誠に泰虎はやっているのか……?」
地獄のような村を歩く絶は、魂が抜かれたような、いつもの張りをまったく感じさせない細い声を出した。
覚悟していたとはいえ、目前のショックは大きすぎた。
「どうして、こんなことになってしまったのだ……。これが人のする事か?」
延々と続く死者と煤の道に、絶は思わずえずく。両手で口元を抑えながら、何かに助けを求めるように視線を泳がせる。
「絶様。これ以上は。引き返した方がよろしいかと」
律が堪らず提案した。ショックに立ち直れない絶を見ていられずのことだ。
しかし、絶は夢遊病のように歩き続ける。
「心のどこかでは、泰虎を信じておった……烏夜衆にそそのかされただけで、本当は家族や民を愛しておると。だがこれは……これはならぬ。外道ではないか!」
ついに膝から崩れ落ちた。
「篁を灰塵としても家督が欲しいのか! そんなものに何の意味があると言うのだ……。もうダメじゃ。わらわの家族はどこにおる? 父上や兄上達は? ……母上はご無事なのか。これ以上は、苦しくて耐えられぬ」
「絶様。お気を確かに」
「うるさい!」
ついに絶の中に溜めこんでいた感情が決壊した。目を見開き、大粒の涙を流しながら、やや尖った犬歯を剥いて喚いた。
「なぜ晄次兄様はまだ帰ってこないのだ! なぜ泰虎はこんなことをする。烏夜衆さえ現れねば、こんな事には。どうして……どうして、わらわがこんな目に合うのじゃ」
拳を何度も地面に叩きつけるが、絶の感情は収まらない。
「頭の中が、もうメチャクチャじゃ……」
頭を抱えて崩れ落ちる絶の背中はあまりにも小さく弱弱しい。
何と声をかけたらいいかと、思案する天晴と律を余所に、錬が側に駆け寄り肩を抱いた。
「大丈夫ですよ。大丈夫です。お母様やお兄様はきっと無事ですからね」
事情などさっぱり分かっていないだろうが、親が子を落ち着かせるように優しく言い聞かせる。そして持っていた水筒を取り出すと「落ち着くから」と絶に渡す。
絶は錬に抱きつき泣き続けながらも、水筒を受け取り、中身に口を付ける。
絶が落ち着くまでの間、天晴と律は少し離れて見守った。
どれほどの強敵が現れようと戸惑うことはない。そう自負しているが、泣いた子供の対応にここまで何もできなくなるとは……。岩に腰を掛ける天晴は、煙管をくゆらせながら自嘲する。
「さて、これからどうするかね」
近くで腕を組む律に話しかけると、彼は重い口を開く。
「いち早く圷砦へ行く。それは変わらない」
「そうだな」
「絶様もいろいろと限界なんだ」
「無理をしているのは分かってる」
「お前にはいろいろと救われている」
「特に何もしてないけどな」
「いや、絶様はお前を信頼している……だからこそ、お前が何を考えているのかハッキリさせたい」
鋭い目を一層細め、言葉もきつくなる。だが、天晴の態度は変わらない。
「詮索はしない約束だろ?」
「お前の素性はな。だが、お前がなぜここまでするかを知りたい」
「童に助けを求められれば、助けないわけにはいかんだろ?」
「そんな建前を聞きたいわけじゃない。綺麗事だけで、自分や家族への危険を顧みずに助ける奴がいるはずない」
決め付けられて心外だが、ここで気の利いた冗談を言っても許してくれそうにない。
天晴はプカーと紫煙を吐き出すと、煙管の灰を叩き落とす。
「そんなにおかしなことか? 大人が子供を守ろうとするのは、人の道ではないか? そんな当たり前のこともできなくなる立場や家名なら、守る価値などない」
いつもの飄々とした天晴の口調ではない。
「昔の俺はできなかった。そして失った。そんな経験をするとな、家名や誉れなど、どうでもよくなるんだよ」
「いや、例えそうだとしても……それだけの理由で命を捨てられる奴は、ただのバカ者だ」
天晴の重たい言葉に、律は自分の内心をうやむやにするように吐き捨てる。
「こんな世の中、バカぐらいで丁度いい」
いつもの調子で歯を見せて笑う天晴に、律はそれ以上何も言わなかった。
錬が絶を連れてきたからだ。
「先ほどは取り乱してすまなんだ。だが、もう大丈夫じゃ」
「おお、だいぶ目を赤く腫らしてるな」
「ちょっと、天晴さん。無関心ですよ!」
絶の顔を見て早々にからかう天晴へ錬が窘める。絶も顔を顰めて「黙れ、天晴」と、調子は元に戻っているようだ。
「それでは出発するとしよう」
「絶様、もう少し休まれても……」
律の申し出に、絶は首を振る。
「この惨状を見て、わしの泰虎への想いは切れた。先を急ぐぞ」
「それでしたら、村から出られるよりも、寺に向かう途中にある山の道を通られた方が安全だと思いますよ。途中までご一緒します」
土地勘があり、この辺りを歩き回っている錬の提案を断る理由もない。寺へ戻る道へと四人は引き返す。
「あ、あと。さっきからすごく気になっていたのですが……」
おずおずと錬は聞いてくる。
「絶さん達って何者なんですか?」
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