第二幕:守護縛鎖の拳③

 宿へと走る絶は不意に立ち止まる。

 先ほどは天晴に言いくるめられて逃げたが、やはり武家の者として恥ずべき行為なのではないか。戻って加勢すべきではないか……。

 そう考え始めると、そちらの方が正しいように思えてくる。

「やはり、戻ろう。天晴とは一蓮托生じゃ」

 決意を固めて踵を返すまでは良かったが、足が前に出なかった。

 恐怖……ではない。ただ視界の先に違和感があったからだ。

「ん? なんじゃ?」

 目を凝らすと建物の影が濃くなり、蠢いているように見える。

 さらに凝視すると、影は急に盛り上がり、黒い気を放つ鎧武者へと形を成す。禍々しい気を放ちながらも、不思議と気配のない不気味な存在。

 それも一体ではなく、影から次々と這い出てくる。

 突然のことに開いた口が塞がらない。

「も、亡者という奴かや? こんな街中で?」

 未練を残した死霊が集まり具現化したものが亡者だ。戦場跡地などに現れることはあるが、街中では滅多に現れない。

 それなのに路地には亡者が大量に発生し始めている。

 その亡者の両手には刀が取り付けられており、絶を青白く光る眼で認識すると猛進してきた。

「ぎょべべっ!」

 図らずも、口から奇妙な悲鳴が漏れた絶は、慌てて路地を駆けて逃げる。

 左に曲がり、右に曲がり。

 すでに方向感覚は失い、どこを逃げているか分からない。元より土地勘もない。

「天晴、天晴、天晴! どこじゃー! わらわは今、どこを走っておるのだ?」

 早く合流しなければと、気持ちばかりが焦る。

 そして、視界が一気に開ける。

 多くの通行人の目が息を切らせて走ってきた絶に向いた。

 大通りへと出てしまった。

(しまった。こんな所に亡者を連れて来ては、大変な騒ぎになってしまう)

 路地へと引き返そうとする絶は襟首を掴まれ、引き戻される。

「な、何を!」

 手の主を見ると、先ほど二人を見ていた若いサムライだ。しかも、今回は同様の身なりをしたサムライが数人いる。

「その者か?」

「ああ、間違いない」

 サムライの一人が訊ねると、絶を掴むサムライが頷く。

「では、近くにいるのか?」

「しかし、この者は何故、こうまで急いで走っていた?」

 絶に構わず話し合うサムライたちに絶は身を捩り、叫ぶ。

「放せ、放さぬか! おぬしら、わしを捕まえにきたのか?」

「この坊主は何を言っている?」

 小首を傾げるサムライだが、そんな余裕もすぐになくなった。

「亡者だ!」

 誰かが叫んだ。

 絶を追いかけてきた亡者が、大通りに溢れてくる。

 両の刀を振り回し、絶に目掛けて押し寄せた。

 絶が息を飲んだ刹那、両脇に立っていたサムライ達が飛び出し、鯉口を切ると亡者を一刀のもとに斬り伏せる。

 その光景にドッと周囲の者が湧きたち、歓声が上がる。サムライはそれらを意に介するそぶりも見せず、次々と亡者を葬っていった。数は多いが動きはさほど機敏ではない、武芸に秀でた者であれば攻撃を躱してカウンターを入れることは難しいことではない。

「何ですか! この騒ぎは?」

 大変な騒ぎの中、凛とした声が周囲に響く。

 サッと人が避けた先には、艶やかな衣装に身を包むその若い女性。ひと目で位の高い武家の者だと分かる。異性だけでなく同性からも吐息が溢れるほど美しく、華やかな中に勇ましさを感じさせる。ややキツすぎる目元は凛として力強かった。

「奥方様。このような場所に……お下がりください」

 サムライの一人が声を上げるが、その女性は「うるさい」と一蹴。接近する亡者の間合いに滑るように移動すると、流れるような動きで攻撃を躱し、すれ違いざまに一閃。

 手には鉄扇。容赦のない一撃を受け、亡者は地面へと崩れ落ちる。

「なぜ亡者がこのような場所に? ……いや、式神?」

 崩れ落ちる残骸を足で掃うと、人型の紙の欠片がある。

 式神とは陰陽師の使用する術式であり、紙に力を込めることで形を成す。術者の強さに応じて、式神の数や強さが決まってくる。また、弱い式神であれば遠くまで操ることができ、強力になればなるほど近くに術者がいなければ発動しない特長もある。

「あなたが、狙われていたようですね。怪我はありませんでしたか?」

 すでに騒ぎが治まりつつある中、女性は絶に近づいて優しく語り掛ける。先ほどまで見せていた鋭さはなく、目尻を下げ微笑む姿は天女とも見紛うほど神々しい。

「厄介なことに、巻き込まれているようですね。少しお話を聞いてもよろしいか?」

 問いかけるような言い方だが、その声には断ることを許さない圧があった。

 絶はサムライに襟首を掴まれた状態で、頷くことしかできなかった。

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