第19話 新米男爵の独白
アヴァルランド王国第一王子オズワルドの新米従者、青年リオン・サンウッドは、新たに与えられた任務に縮こまった。
(この方の心証が良くなかったら、たぶん、オレ、降ろされるよな……? せっかく貴族になれたのに……)
リオンは王子の従者に選ばれたために、男爵を叙された元農民である。地元の地名を取り、チョボア男爵と名乗ることを許されている。王子の従者特典で、実家周辺の土地の地主にもなった。
鍛錬を積み、王子の目に留まったことで従騎士から騎士へ、男爵とはいえ、一代限りではなく継承を許された押しも押されぬ貴族へと。
一介の農民育ちとしては大出世だったが、リオンの栄光もどうやらここまでだったらしい。
王子の婚約者が悪女だとか、だから婚約破棄されたとか、その上に魔王だと宣託されたとかなんとかで、急遽、留学先から戻る羽目になったのが、下り坂の始まりだった。
国へ戻ると早々に、嵐の中を待機し、同僚であるはずの騎士団を盗賊としてひっ捕らえ。
うさんくさいハーフエルフを護衛もとい見張りをし、宮中の闇を目の当たりにさせられてはげんなりし。
魔王討伐隊ではとうぜんながら、王子の従者として組み込まれ、そうして命からがら先輩従者の指揮の下に撤退した。
今は、オズワルド王子の指示により、婚約破棄されたはずの、王子の元婚約者の護衛をしている。
本来なら、見捨てられていないと見ていいはずだ。でも、リオンは一手先は嫌なことを想像してしまうのが癖だった。
先輩従者のバーナード曰く、そういうところも買ってのことだが、だからこそ、嫌な予感しかしなかった。
目の前にいる少女は、元貴族である。空白地帯だったヨルノスレルムに移住するらしい。おそらく、リオンの主はそれについていく。
つまりリオンは今、選択を迫られているのだ。
国に残るか、王子についていくか。
王子についていくなら、メイベルの心証を悪くするわけにはいかない。絶対に。元より、与えられた任務は忠実にこなすつもりでいるが、自由人と噂される彼女をどこまで守れるか。なんてたって、我儘悪女と名高い少女である。恋は盲目、痘痕はえくぼ。仕えるお方を間違たかもしれない悲惨。
このことがなければ、オズワルド王子は、リオンにとって拾い上げてもらった恩があるお方だ。しかしそれで妄信していられるほど、リオンは脳死してない。
さりとて、大恩ある王子への忠義を捨てたと見られたら、国に残っても後ろ指をさされながら爵位を剥奪され、田舎へ返されるかも知れない。そうしたら従騎士ですらなくなる。
本当なら視界の端にも入れなくない、労働階級出身のリオンを引きずり下ろせるなら、王族に近しい貴族連中は喜び勇んでそうするのは嫌でも分かる。
ここで憎たらしいのは、彼らにとって一挙両得の暇潰しということだ。
喜劇を鑑賞しているのに近い。
(それでいくと)
少し前まで、その演目の只中にいたメイベルを、リオンはちらりと盗み見た。
(あれだけ人気のオズワルド王子と関わるのに、邪魔だったこの人を放逐できて、貴族連中、好都合だったんだろな。てか、この人がこれから生きてく場所って、貴族にとっちゃ、地獄なんじゃねぇか? 大丈夫なんかな)
いくらパーティーの仕事をしていたとしても、メンバー全員に捨てられ、侍女にも下に見られるほどの無能だ。パーティーはA級とのことだから、彼らに守られていたとみえる。
竜との戦闘中、オズワルド王子を助けようとした気概は認めるが、上流階級ではボタン一つ掛けられない、お飾りの貴族令嬢ではいられても、労働階級では能無しは野垂れ死にするしかないのだ。
娘なら美貌があれば拾われたかもだが、リオンの近所だとヤリ捨てられて終わるだけだろう。
(王子の方は、今まで留学中に冒険とかもしてたみたいだけど、それでも、王侯貴族が自分たちだけで生活できるのか……?)
魔獣は退治できても、農作物を育てられるのか。商人から買うにしても、そのお金はどうやって工面するのか。
(あ、でも、王女様は弟のオズワルド王子に甘いって話だから、そこら辺どーとでもなるのか)
未来の国王が後援についているなら、御付きもいるだろう。
(あ、じゃあ、王子の方についていっても大丈夫なんかな。貴族の面倒事とかなくて、今の特権維持できんなら、それにこしたことはないんだけど……)
残るはやっぱり、メイベルの心証か。彼女に嫌われて、従者から外されてしまっては最悪だ。
「着いたよ」
「あ、はい」
メイベルが目的とするところに着いて、リオンは顔を上げた。
少し前まで、S級に届こうとしていたA級が、拠点としている部屋。落ちぶれたと聞くだけあって、入口に立った時点で、陰気な雰囲気を纏っていた。少し襟を正すが、正直、期待外れだ。
元メンバーのメイベルが、勝手知ったる様子で扉を開ける。
メイベルの訪問は、あらかじめ伝えてあった。だから部屋にメンバーが揃っているのは何も不思議はなく、そしてリオンはメイベルの状況を過小評価していたことに気づかされた。
(こいつら!)
リオンはとっさにメイベルを庇った。
ほぼ同時にメイベルを狙った刃が迫り、リオンはそれを弾く。そのまま流れるように、反対からの二撃目を防いだ。返す刀で一撃目の女を蹴り飛ばし、二撃目の男には寸鉄を見舞う。
そして状況が一段落つくと、リオンはおののいた。
(えっ……えっ……えっ!? からだが勝手に動いた……!?)
扉を開けて、部屋の中にいた人の顔色が瞬く間に悪くなるのを見、化け物を見るような目が殺意に染まるのを認めたのは覚えている。そこからの認識が曖昧だった。
いや、どのように身体が動いたかは分かっている。どうして、そう動いたのかが問題なのだ。リオンには王子の従者に選ばれるだけの実力に自負があったが、だからこそ、普段の自分を超えた動きに驚いていた。
(――動かされたんだ!)
リオンはすぐに察した。この間、一秒にも満たず。
(オレにバフがついて、相手にデバフがついた……。だからオレは弱ってる方から……。
メイベルは本来のジョブを
とうぜんながら訂正される機会などないので、リオンはそのまま状況を把握していく。
(たぶん、俺へのバフを軸に、デバフをつけてる)
鍛えた者ならば、状況が整えば後は何を考えずとも身体が勝手に動く。それくらい動作が身体に叩きこまれているからだ。
その最たる例が、今しがたのリオンの動きであり、メイベルの付与魔法だろう。そしてさらに、速さを極めれば。
リオンは内心で呻いた。
庇うためメイベルの前に出たリオンからは見えて、後ろにいるメイベルからは見えない、死角になる場所があった。それの意味するところは。
(ノールック・ノーモーション! 一動作どころか、視線すら動かしてない! 見てなかった! たぶん、相手の気配だけで! それであの精度!)
なにが無能だ。だれが能無しだ。無能なのは、これに気づかなかった彼らの方に他ならない。
メイベルはA級に守られていたのではなく、彼女の方が彼らを守っていたのだ。そのことを理解しないでは、落ちぶれて当然だ。
リオンは運がよかった。この状況になるまで、彼らと同じで、メイベルの実力を分かっていなかったのだから。
(ああ、だから、前衛型のオレを……)
護衛を引き受ける際に、オズワルドから念押しをされていた。かならず守るようにと。わざわざ念を押すくらい大切なら、なぜ懐刀の先輩従者を充てなかったのかと思っていたが、こういうことだったらしい。
より使いやすい、使われやすいタイプを。先輩従者のバーナードは
リオンは部屋のメンバーに圧をちらつかせ、護衛対象がかつてのリーダーに手紙を渡しているのを見守りながら、あらためて納得するのだった。
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