追放置き去り婚約破棄されたので拾われ溺愛狙います

葛鷲つるぎ

第一章

第1話 どうやら追放置き去り婚約破棄されたようです

「シャーロット・メイベル・コルート! 本日をもって、婚約を破棄する!」


「じゃあね~~。キャハハ!」


「除籍しろって言ってんの、分っかんねぇ?」



 はて。

 メイベルは内心で首をかしげた。

 はて。これはどういうことか。


 一応、パーティーメンバーからの扱いがおかしいのは気になっていた。でも影武者に頼んでいる侍女が、彼らを気に入っているようだったから除籍と言われても食い下がっていた。


 そうしたら危険度の高いダンジョンに置き去りにされて。

 で、わけも分からないまま王都に帰ったら、今度はメイベルに悪い噂がいっぱい流れ始め、そうして本日、衆目のなかで婚約破棄。


 どうして。と思うが、状況を振り返れば、心当たりは一つしかない。侍女のフィリッパだ。


 ダンジョンから帰るまで、メイベルの代わりをしていた侍女は留守を預かってくれていたのだと思っていたけれど、どうやら影武者の立場を利用して成り代わっていただけらしい。


 帰還時の、あの時のわずかな表情の変化は、思わぬことに驚愕したものだったのだ。

 メイベルはダンジョン探索のため自分が所持する変装道具を使って、フィリッパによく代役を頼んでいた。

 こちらの予定をすべて把握し、あまつさえ物真似をすることなど造作もなかったはずだ。


「……そう」


 メイベルは状況を整理していくまま呟いた。

 それを、婚約破棄を告げた少年は、反応が返ってきたものと勘違いして、さらに言葉を重ねる。


「そうだ。最早ここはそなたが居て良い場所ではない。そなたは聖女候補からも外れることとなった。貴族としての立ち居振る舞いのみならず、聖女らしかぬその行いは、今、ここに正されるのだ!」


 いやはや。夫を侍女に寝取られる話はよく聞くが、すっかり成り代わられる話はないだろう。

 メイベルは、自分の侍女だった少女と、悪行の証拠だというそれらを見た。


 ダンジョン探索のことは触れられず、よく分からない罪状ばかり挙げられていた。どれもこれもでっち上げである。しかしアリバイ工作を始めとして偽の証拠作りは、メイベルがよく侍女に頼んでいたことだった。なんとも因果応報。


 しょうがないので、こっそりとため息を吐く。


「甘んじて処分をお受けいたします」


 現時点で、それ以外の返事は存在しようがなかった。


 目の前の少年が掲げる書面には、婚約に関し最も強い発言力を持つ、大神官の花押が捺されてあった。


***


 こんな事態になったが、メイベルには遺跡を探索したいという強い望みがある。というより趣味である。


 これを叶えるため、定期的に侍女に頼みメイベルの代わりをしてもらっていた。お互いに利益あっての代役のはずだったが、メイベルの思い違いだったようだ。


 侍女のフィリッパには聖女としての素養があり、また貧しい故郷のために知恵やお金を欲していた。そしてメイベルにはこれを叶える力があって、顔の知られていない侍女は都合が良かった。


 それだけではない。もう一人居る侍女も結託していた。


 こちらは庶民の出のフィリッパとは違い、子爵の出で自意識もきちんと持っていたから、仮にもフィリッパを主に据えるような真似は意外だった。


 どれだけうまみのある話だったのだろう。それとも、子爵令嬢の彼女が庶民に膝を折るのを良しとするくらい、メイベルが酷い主だったのだろうか。


 彼女を抱き込むことができていなかったら、普段から侍女の二人しか置いていなかったとはいえ他の使用人が気づいていただろう。さすがに、そのはずだ。そうあって欲しい。もう一人の侍女には細かい誤魔化しを頼んでいた。


 不意に、メイベルは乾いた笑い声を上げそうになった。


 いや、誰もメイベルを見ていなかったのだ、と。代役を用意する必要など、なかったほどに。


 仮にも侯爵の令嬢が。上には王族と公爵家しかない、侯爵の中でも最も古く、公爵の家系であっても同等に近い敬意を払われる、コルート家の令嬢が。


 そのコルート家からは、勘当を言い渡されていた。もともとメイベルは親からの期待を得ていなかったので、これを機に、といったところだろう。由緒正しき家柄に、不出来な娘など不要だったのだ。


 なにせ、メイベルの容姿は赤毛碧眼で、それだけでも貴族としてあってはならない色だというのに、メイベルのカメリア色の赤毛には薄いオレンジ色のメッシュがあった。


 聖女は単色の髪色が尊ばれるのだ。

 だから、メイベルに聖女としての高い資質がなければ、侯爵家の方から聖女候補を辞退していたところだろう。


 聖女は神聖な存在なのだ。庶民の出ならいざ知らず、高貴な生まれの身でありながら資質が劣るとあれば一族の恥というのが貴族の一般的な考えである。


 そして、いくら資質があろうとも、メイベルの髪の色は単色ではない。

 聖女にはなれても、大聖女には決してなれない。よくて召使いだ。大聖女の身の回りは聖女が行うのがしきたりだ。


 だからメイベルは、今回のことがなくても疾うに見限られていておかしくはなかったのだ。

 去り際、父から告げられた言葉がすべてだろう。


「あるべきものが、あるべきところへ還るのだ」


 その父も、当然とばかりに、メイベルが家を出る時に姿を見せなかった。家の主がそうだから、召使いも含めて誰にも見送られずに家を出ている。


「…………ぁ」


 ふと、メイベルは小さく声を零した。


 ぼんやりと外を見ていたところで、ぽつりぽつりと雨が降り始める。

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