第2話 英雄アキレス・シビリカ男爵


 一人になった王女は皆の良い獲物らしい。


 次々に貴族子女が私の元へと訪れた。


 時に歓談を、時にダンスの誘いを受け無難に対応していく。

 時間は過ぎていき、ほぼ重要な人物とは相対し終えたはず。


 基本的にまず地位の高い者から順に、身分の低い者は後に回されるのが通例。


 後半の疲れている時に誘いを断りたくても断れないような人物が来られると困るものね。


 身分の低い者なら相手をしなくとも問題にはならないので、たいてい後半に声をかけてくる貴族子女はあしらうのが通常である。


 もう疲れたし、これから近寄る者たちはよっぽどの相手でない限りはにっこり笑ってお帰りいただきましょう。


 だから、これから誘いに乗らねばならない相手は、地位の如何いかんを問わず重要な相手であると周囲に示さねばならない人物とも言える。



「王女殿下」

「……シビリカ卿」



 私を呼ぶ声に振り返れば、そこにいたのは優しく微笑む美青年。


 アキレス・シビリカ男爵。


 その燃えるが如く見事な赤髪が目に入ると、のように私の心臓はドキッと高鳴る。


 私の動揺に気づいているのかいないのか、彼は私に歩み寄ると両足を揃え軽くお辞儀をした。



「俺……私と一曲踊っていただけませんか?」

「私で良ければ喜んで」



 感情を隠す微笑みアルカイックスマイルを崩さないように気をつけながら、軽く首を横に傾けて頷き了承する。


 シビリカ卿は魔国において絶大な人気を誇る救国の英雄。


 爵位こそ低いが『卿』と敬称を付けて呼んでいる事からも分かるように、粗雑に扱えない人物である。


 今から一年前、平和な魔国に卑劣な人間族が条約を破って侵攻してきた。


 最初はうるさい蝿を追い払うようにあしらっていたが、人間どもが『勇者』などと名乗る野蛮な戦闘狂ベルセルクを投入してから事態は一変。


 女神の加護を受けたと自称する勇者の力は凄まじく、魔国の名だたる将や猛者が討ち取られてしまった。


 このままでは魔都パンデニウムまで攻め上られる。

 そんな危機感を勇者は魔国の住人たちに抱かせた。


 そこで登場したのが目の前にいるアキレス・シビリカ。


 当時、ただの平民で無名だった彼は魔国を救うべく、果敢に勇者に挑み見事これを撃退した。


 その功績と魔国民からの絶賛を背景に、魔王陛下より男爵位をたまわったのです。



「私のような卑賤の者の誘いを受けていただき、ありがとうございます」



 シビリカ卿がスッと出した手の平に私はそっと手を乗せた。



「シビリカ卿の誘いを断っては国中の子女に高慢とのそしりを受けてしまいますわ」

「まさか」



 冗談めかして口にしたけど、これは真実だ。


 救国の英雄かつ美男子の彼は女性たちの憧れの的。


 魔国には多数のファンがいるのだ。


 かく言う私もその一人……


 その気持ちが露呈しないよう表情に気をつけなきゃ。


 私たちは和やかに笑いながら手を繋いでホール中央まで進み僅かに離れて向かい合う。


 前奏が始まりシビリカ卿の差し出す左手に手を添えると、彼の逞しい右腕が私の細い腰に回された。


 想いを寄せる相手と密着する体勢に、私の期待はどうしたって高まる。


 それを見透かしているのかシビリカ卿がふっと眩しく笑った。



いやしき出自ゆえ不作法はご寛恕かんじょください」



 よく言う。


 彼の所作はそこらの下手な貴族よりよっぽど洗練されている。

 叙爵された彼は蔑まれぬよう血の滲む努力をしたに違いない。



「あら、どこの貴公子かと思いましたわ」

「ご冗談を」



 お互い言葉の牽制をしながらクルクルと踊る。


 一年前まで平民であったなど信じられないくらいリードが上手。


 既に幾人かと踊って疲れていた私をさりげなくフォローするところも憎い心遣いよね。


 だけど、問題はそこではないわ。


 ヤバい……さっきから心臓がバクバクとうるさく早鐘はやがねを打ってる。


 シビリカ卿に聞こえてはいないかしら?


 平静を装っているけど内心ではかなりテンパってる。


 自分の想いを胸の奥に押し込めようと必死になりながら一曲なんとか踊り終えるのに成功した。


 きっと私の恋心はバレていないはず……

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