91. 弄ばれた
コマタ達は仲間内で喜びを分かち合った後、今度は何度も俺に礼を言った。事情がわかっていないはずの子供達までが口々に礼を言ってくるので、面映ゆい。あと、宝物なのかもしれないが、よくわからん虫の抜け殻を渡されても困る。穏便に断るのに苦労した。
というか、人口密度が高すぎて大変だ。それほど広い部屋ではないので、身動きもろくにとれない。さすがに、このままでは話もできないと、俺とコマタ、リーザとソーナはコマタの部屋へと場所を移した。部屋のサイズはさきほどの部屋と大差ないが、多少は落ち着ける。
「ジンヤ。改めて、礼を言う。助かった」
再びコマタが頭を下げた。それほど感謝しているということなのだろうが、これでは話が進まない。
「もう、気にするな。リーザとソーナに頼まれたのは確かだが、元々、俺も思惑があって力を貸したんだ」
「思惑? そうなのか?」
怪訝な表情を見せるコマタに頷いてから、説明してやる。
「俺はこの奇妙なスキルの出処を探ってるんだ。恩を売るというわけではないが、お前たちから話が聞けるなら、こちらとしても渡りに船だったのさ」
「出処……つまり、このシャスカがこのスキルを獲得していたのは偶然ではなく、何らかの要因があると?」
「シャスカが選ばれたのは偶然かもしれんが、自然現象だとしても何らかの要因はあるはずだろ」
「なるほど。だが、何故、それを調べている?」
「ふむ……」
普通の探索者が気にするようなことではないのは確かだ。自然現象だというのなら、特に。もちろん、興味本位で調べているという理由だってありえなくはない。あまり説得力はないだろうが。
少し迷ったが、ある程度の事情は話すことにした。コイツらが納得するような言い訳を考えるのは面倒だし、何よりすでに俺がファントムであることを知られている。そちらと一緒に口止めすれば、無闇に言いふらすことはないだろう。
一応、セプテト――御使いからということは伏せたが、とある人物から依頼を受けていることを説明した。エネルギーの異常湧出、ボス格が強化されている原因となっている【凶魔侵蝕】、そして探索者失踪を引き起こす【凶魔の贄】についても全てだ。
ついでに、魔物寄せの香についても申告しておく。あくまでエネルギーの異常湧出への対策であることを強調して、だ。半分くらいは俺の趣味だが、言わなければバレないだろう。
「ただの戦闘狂じゃなかったのね」
「理由がある戦闘狂だったんだ」
リーザとソーナがなるほどと頷く……が、ちょっと、待て。結局、戦闘狂じゃないか。
睨んだわけではないが、俺の視線から抗議の意図を感じ取ったらしく、ソーナが口を開く。
「いや、だって。魔物が大量発生したときは、ほとんど必ず首を突っ込んできて、楽しそうに戦ってるから、みんなそういう認識だよ」
リーザが続ける。
「それに、今の話だと、異常発生の大半はマッチポンプだったわけでしょ。理由があるのはわかったけれど、だからといって普通は、ね。躊躇なく、そういう選択肢をとれるってことは、やっぱり戦闘狂ってことでしょ」
いや、まあ確かに。他の探索者の反応から、一般的な行動でないことは自覚しているが。だが、今回の件については適切な行動だろう。
「あれだけ魔物を倒しても、異常発生が止まらないんだ。俺が魔物寄せの香を使っていなければコークスローは大変なことになっていたはずだぞ」
俺の主張に一定以上の正しさを認めたのか、コマタがゆっくりと頷く。
「ああ、そうだな。ジンヤが戦闘狂だったことに感謝しよう」
結局、そういう認識なのかよ……。
戦闘好きなのは否定しないが、別に戦闘狂というわけでもないんだがな。ただ、レベルを上げて、強化するのが好きなだけだ。ゲーマーなら大体そんなものだと思うのだが。
反論のひとつもしてやろうかと思ったところに、扉がノックされた。
「ん、誰だ? 入るといい」
コマタが入室を促す。扉を開けて現れたのは、シャスカだった。目を覚ましたらしい。
「ありがとう、ファントム。迷惑をかけたみたいね」
「いや、たいしたことはしてないさ」
さっきから散々礼を言われているが、本人からもまた礼を言われた。無下にするつもりはないのだが、多少ぞんざいになるのは許してほしい。コマタたちも俺の内心を察してか苦笑いを浮かべている。
「それよりも話を聞かせてくれ。実際に体験した本人の話は貴重だ」
「構わないけど……正直、それほど覚えていないのよね」
シャスカによれば、いつ【凶魔の贄】を獲得したのか、心当たりはないようだ。それどころか、自分が【凶魔の贄】というスキルを持っていることすら気づいていなかったらしい。
だが、シャスカの行動がおかしくなったのはかなり前のことだ。そんなことがあり得るだろうか。
「システムカードは見なかったのか?」
「見ているはずなのよ。でも、気づかなかった。いえ、認識できていなかったって言うべきかしら」
「……なるほど。スキル自体にそういう効果があったのかもしれんな」
だとすれば、気づかずにスキルを所持している人間は結構いるのかもしれない。
「コマタたちは、どうやってスキルの存在に気がついたんだ?」
「うむ。シャスカの症状が悪くなってきたので、原因を探していたのだ。ステータスを見れば原因もわかるかと思ってな。システムカードを見せてもらった」
なるほど、わりと正攻法というか単純な方法だな。だが、基本的に人のシステムカードには触れられないはずだ。それは、相手が奴隷であっても変わらない。
「どうやって、システムカードを見たんだ?」
「頼んだら普通に見せてくれたよ?」
「そうね。今思うと不思議だけど、隠そうという感じじゃなかったわ」
ソーナとリーザが答える。二人の話によれば、シャスカは抵抗することもなく、あっさりとシステムカードを見せたらしい。
「シャスカはそのときのことを覚えてるか?」
「……薄らとは。正直、本当にそのスキルのことは意識になかったのよ。隠すとか隠さないとかじゃなくて、存在を認識してなかったの。別におかしなところなんてないのにと思って見せたら……」
「【凶魔の贄】が見つかったのか」
ちょっと間の抜けた話だな。保持者に不信感を抱かせないためにスキルを認識できないようにしたら、認識できないがゆえに抵抗なく開示して他の人間に見つかるなんて。
いや、そもそも、普通は仲間内でもスキルを見せたりしないんだったか。そういうことに抵抗がないコマタパーティーだからこそ発覚したのかもしれない。
もっと言えば、シャスカのように不審行動がはっきりと出る頃には失踪してしまっているのが普通なのだろう。セイヤから抜き取った贄スキルのレベルは3。対して、シャスカのものは15にまで届いていた。スキルを植え付けた人間も想定外だったのではないだろうか。
あの日、俺が偶然シャスカと会って話をした。それが、足止めになったらしく、あのあとシャスカはコマタたちに保護されたらしい。そうでなければ、今頃シャスカも街から消えていたのかもしれない。
何故、【凶魔の贄】を獲得してしまったのか。それはわからずじまいだ。だが、この件については、コマタたちも協力してくれることになった。コークスローに顔が利く彼らなら、俺よりもよほど的確に情報を集めてくれることだろう。
「それじゃあ、情報収集は頼む」
「ああ、任せろ。……ジンヤ」
ホームを出るときに、コマタが神妙な面持ちで俺の名前を呼んだ。
「どうした?」
「……お前のおかげでシャスカを失わずにすんだ。で、あるから……も、もし、お前達が望むのなら、シャスカと交際することを許さないでも……」
真面目な顔をして何を言うかと思えば。どうやら、未だにシャスカの妄言を本気にしているらしい。シャスカ本人もきょとんとしているというのに。
「いや、それは必要ない。結構だ」
「ニャんだと!?」
きっぱり断ると、予想外だったのかコマタは奇妙な顔で声を上げた。そちらは放置して、ちゃんと収集をつけろとシャスカに目配せする。頷くシャスカ。これでコマタも落ち着くだろうと思ったが――……
「そんな! アタシのことは遊びだったのね。弄ばれたわ……」
よりにもよって煽りやがった!
「き、貴様! やはり許さん! 許さんからな!」
「どうどう、ボス。落ち着いて」
「シャスカ、さすがに、それはどうなのよ」
「だ、だって、あんな状況なら言わざるをえないでしょ! あはは」
怒るコマタ。宥めるソーナに叱るリーザ。そして、ケラケラと笑うシャスカ。騒がしさに、子供達が何事かと寄ってきた。すでに、暗い雰囲気はない。みんな楽しげに笑っている。これが、ここの日常なのだろう。それを取り戻せたことは素直に良かったと思える。
だが、言わせてくれないか。いや、恩に着せるつもりはないのだ。だが、それでも。それでも、言わせてくれ。
俺、一応、恩人だよな?
この仕打ちは酷くないか!?
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