第6話

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「成程、それが君の言う下着泥棒の真相と言う訳か…」

 出戸巡査は調書に書きこんでいるペンと止めると、マッチ棒に向かって言った。いや、今は彼の名は既に自転車の防犯登録の問い合わせで分かっている。

 彼の名は小林古聞(こばやしふるぶみ)。

 だが彼はその名を伏せて自分には別の名を言った。


 ――四天王寺ロダンと言います。役者をして言います。


「…だがね、君。それは想像の域を出ないばかりか、少し非現実じゃないか?いくらなんでも訓練された猛禽類がそればかり狙えるとはね…」

 ペンを揺らして巡査は四天王寺ロダンと名乗った若者に言う。言われた彼は髪を激しく掻くと巡査に言った。

「確かに…そう言われるかも知れませんが、僕も経験があるんです。実は以前カラスの習性でそうした事件と言うか、そのぉ…ミステリーと言うものに遭遇したことがあるんですよ」

 彼は身体を乗り出して巡査に言う。巡査は「―しかし」と間を置くと極めて現実的な目つきで彼に言った。

「じゃぁ、何故温泉センターで飼われている鷹が下着を盗むと?それも女性の下着だぞ?小動物でもない下着だぞ?」

 言われてロダンはより一層激しく頭を掻いた。

「そこなんですよ!犯罪と言うのはもっと想像力を働かすべきなんです。現実的な考えを棄て、そんなこと出来なよなぁ?を如何にそげ落とすして、見つめることが不可解な犯罪というものを解明できるのです」

 しかしながら巡査は極めて冷静に言う。

「でもだからと言っていくら何でも鷹匠に訓練された鷹が、どうやって女性の下着だけを正確に狙える?」

 ロダンは口ごもり、どもるように言った。

「だから、だからですよ…今申し上げた通り、彼女が特別に訓練したんですよ。彼女――小野寺麻衣子、彼女が飼育している鷹、茜丸に原色のハンカチを使い、色彩の訓練をさせる。それで黄色、赤色、青色、緑色。そうした色を鷹に覚えさせれば、何も難しいことじゃない。この場合、考えないといけないのことは――動物は色彩を理解できないという先入観を如何に取っ払って真実を見極めるという事なんです」

 あまりの熱心な言葉に巡査は押されるが、しかし言った。 

「それでも幾分か推測の域を逸脱している」

 その意見にロダンが喰いかかる。

「いえ、決してそうではありませんぜぇ警官さん。僕はねぇ、ここ数日この付近を歩きながら空を見ていたんです。鷹の飛んだ方向を見ていると、この付近で空から見失ったんです」

(それか、その理由と行動でこの付近を歩いていた、それを女子寮から田中ひよりに見られていた…)

 出戸巡査はやや納得気味に頷いた。

 しかしそれは彼、ロダンと名乗ったマッチ棒にはどのように理解されたか、分からない。分からないが彼は小さな満足を得た表情になり話を続ける。

「それは何故か?簡単です。宿泊先の民宿から温泉センターは目と鼻の先の山の高台にある。そこは巡査も御存じの通りここの行政の第三セクターだ。そこでは温泉だけではなく、温泉客への目玉として鷹の餌付けをしているでしょう?それは御存じですよね?

 僕はねぇ、見てるんですぜぇ、この両目でしっかりと。彼女が裏山の中に入って人知れず鷹の訓練の様にこちらの方へにごく自然に声を放って空へ放り投げているのをね。だから僕は鷹が飛び去る空を見て、そして突如消えるこの箇所付近に何かがあって、それがきっと僕が見たあの高台の森の奥で大量に捨ててあった下着類と符合するのかもしれないと思ったんですよ。

 本当にねぇ奇妙なんでさぁ‼

 何故あんな色とりどりの下着類があんなに山奥に無残に捨てられてあるのか、何もない山奥にですよ。まるで人間の『性』を否定する、いや破壊するような狂気、いやほんまに人間の死体を見る以上に奇妙な現代の病の様な、そんな異常な病室を覗き見たようなですなぁ…」

 長口上を述べる彼の言葉はもはや何処の方言か分からない。しかしながら彼は熱心に自分に訴えているのだ。

 それは…


 ――自分の見立ては絶対間違っていないと。


(それは憶測じゃないか?)

 まるでどこかで聞いた言葉の記憶が交差して出戸巡査はパンと音を立てて調書を閉じた。

 不思議だ。

 巡査は思わず苦笑する。


 ――自分は何故か不思議な決断をしようとしている、この若者に対して。


 調書を閉じると巡査はもじゃもじゃ頭の若者に向かって言った。

「よし、そこまで言うのなら。その鷹匠とやらに会って話を聞いてみようじゃないか。しかしこれはあくまで僕の一存だよ。そして非番の扱いとしてだ。

 僕自身もこの事件には正直大変うんざりしているから早く解決したい。しかしながらいいかい?

 もしこれがあくまで君の推測で的外れだった場合は、僕は君を業務妨害として県警に連れてゆくからね」

 するとロダンの目の奥にきらりと火が灯った。

「それでいつ?」

 ロダンが言う。

「何ならこの勤務の後でいい。僕は定時に終わる。それからだ。でも言っておくがあくまで警察組織とは関係なく、自分自身の行動だからね。分かったかい、あくまでプライベート。非公式だよ」

「ええ、結構でやんす」

 言うや彼は鼻下を親指で弾いた。その仕草はまるで時代劇に出て来る十手持ちの子分のような威勢のいい動きだ。

(…役者ならではの動きと言う訳か)

 苦笑交じりになる自分の心を押さえて、出戸巡査は不意に何かを思ったのか彼に訊きたくなった。

 それはごく親身な内容なのだ。

 何故そうさせてしまう人柄が彼にあるのだろうか。

 出戸巡査は自分が思わず漏らした苦笑の意味を知りたくなる。

 彼――、四天王寺ロダンはどこか人懐っこく時折見せる仕草は非常にユーモラスだが何か物事を深く追求しなくては気が済まない様な熱気がある。それが渦巻き人を巻き込むような魅力となって彼の全身を香気立てている気がする。

 それは彼が自然と自得している不思議な魅力といえるのだ。

 その香気に当たると誰でも彼の虜になるかもしれない。

 だからその魅力が一度は容疑者扱いと睨んだ人物を今では自分自身の心の中で好意に変えた。そして彼が持ち込んだ不思議な事柄に思わず興味を含ませて覗いて見聞きしたくなる自分を認めて、思わず苦笑したのだろう。

 彼に対して非公式な行動もしようと申し出ている自分は紛れもない自分自身。

 だから不意に思ったことを訊きたくなったのだ。

 遠慮なしに、

 不思議な世界への問いかけとして、

 親身に。

「…しかしながら、君。何ゆえ君はまるで探偵の様にそのような事をしている。いくら暇な旅だと言っても、こんなことに首を突っ込まなくても良いだろうに、何故だい?」

 訊かれた彼はその瞬間不意に黙った。黙って彼は何かを隠す様に頭をじゃりじゃりと掻き始めた。

 出戸巡査に映る彼の仕草はまるで何かを見つけられて恥ずかしがる子供の様に映った。出戸巡査が問いかけた言葉はもしかするとロダンの心の隠されている何かを捉えたんかもしれない。

 じょりじょり音を立てた指が止まると彼は、酷く真面目になって出戸巡査の方を見て言った。

「…美しいのです」

 あまりの小声に出戸巡査には彼が何を言ったのか分からなかった。だから首を伸ばして出戸巡査は言った。

「は?えっ何だい?」

 ロダンは黙ると、やがてやや顔を赤らめて言った。

「美しいんですよ。彼女、――小野寺麻衣子さん、本当に…」

 今度ははっきりと巡査の耳にも彼の声が聞こえた。彼は言葉を続ける。

「五島列島の木造建築物の教会ご存じでしょう?彼女…まるでそこで出うような…そんな清らかさを持った美しい女性。いや、マリア像のような精神的な美しさを僕は感じたんです。だから彼女に止めさせないと思ったんです。だから僕は一人の人間として彼女の魔性に合い対峙しないといけないと思ったんです。この四天王寺ロダンの知性を懸けて」

 意外ともいえる彼の話を聞いて出戸巡査が真っ先に思ったのは、その小野寺麻衣子なる人物に直ぐにでも会いたくなったというのは言うまでも無かった。

 

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