第2話 放課後の鬼ごっこ
「はあ、昨日は散々な目に合った。」
翌日ホームルームを終え、鞄に教科書や筆記用具を詰め込みながら大きなため息をついた。
あの不思議な先輩には近づかないように気を付けないと。絡まれたら面倒なことになりそうだ。今日は部活動探しはせずに真っ直ぐ家に帰ろう。
そう心に決めたのも束の間、教室のドアが勢いよくスライドした。
「たのもう!!!!」
なんだなんだ!?
ビクっと肩を揺らしドアの方へ顔を向けると、そこには昨日の先輩がいた。
勢いが良すぎて反動で戻ってきたドアを、バンっと大きな音を立てて片手で押さえ、もう片方の手は腰に添えられている。
「げっ。」
思わず声が漏れた。
先輩はその声に気付いたようで俺の方を見ると、眼鏡をクイっと上げて笑った。
「やあ、昨日ぶりだね。一年生君、いや、汐優吾君!」
クラス中の視線が俺に集まる。やめてくれ本当に。
先輩は気にすることもなく俺に近づく。
俺は自分の鞄でガードするように持ち、先輩と距離を取る。っていうか何でこの人俺の名前知ってるんだ!?
「逃げなくてもいいだろう。シャイボーイ。」
「はい?」
「さあ、部活に行こう。うちの部室は少し入り組んだ場所にあるからね、迷子にならないように迎えにきたのだ。」
「あの、俺部活に入る気は…。」
「さあ、行こうか。」
話が通じない。周りに助けを求めようと見渡すも、逆に周囲から距離を取られている気がする。
「くっ。」
俺は自分の鞄を抱きしめたまま、先輩を避けて教室から走り出した。
「おや?追いかけっこかい?シャイボーイ。」
だから何だよそのシャイボーイって!
「いいだろう!じゃあ、俺が追い付いたら部室に行こう。」
ハーッハッハッハッハ、と高らかな笑い声が聞こえる。
俺は慌てて昇降口へ向かって走る。
後ろからはタタンッタタンッとリズミカルな音が聞こえる。
ふざけてるのか?
走りながら振り向くと、先輩は驚く速さでスキップをしながら確実に俺との距離を詰めてきている。
「嘘だろ!?」
教科書の入った鞄を抱いたまま俺は加速する。
「アッチェレだな!」
なんて言いながら、リズミカルな音の速度が上がっていく。
まずい、音が近づいてくる。
俺はがむしゃらに廊下を爆走する。
途中すれ違った先生に廊下は走るなと言われたが、今はそれどころじゃない。すみません!とだけ走りながら言い残してさらに爆走する。
今、何処を走っているのかわからない。
でもとりあえず止まってはいけない、そんな気がする。
走って、走って、曲がって、走って、また曲がる
必死に走っているせいか、次第にリズミカルな音が遠ざかっていく
「よし、このまま逃げ切る。」
もう一度角を曲がって、ゆっくりと走る速度を落とす。
ハアハア、と息を切らしながら耳を澄ませる。
あのリズミカルなスキップ音は………よし、聞こえない。
安心感から、俺は使っていない教室のドアを背もたれにずるずるとへたり込んだ。
「はあ、はあ…良かった。逃げきれた。」
その瞬間だった。
ガラッ、と音を立てて背もたれにしていたドアが開く。
「え?」
背もたれの支えを失った俺はそのまま背中から倒れる。
「わっ。」
反射的に目をつむる。
「おっと危ない。」
すかさず頭の下に何か柔らかいものが挟み込まれる。
ポスン、と音を立てて俺は天井を仰ぐ形で倒れる。
「俺の勝ちだな。」
ゆっくりと目を開くと天井から見下ろしながら、先ほどまで俺を追いかけていたはずの先輩が俺に笑いかけた。
「そしてここは我が葉波ヶ丘高校吹奏楽部、クラリネットパートの練習部屋さ!ようこそ!汐優吾君!」
どこから取り出したのかポケットからクラッカーを取り出すと、彼は天井に向かってクラッカーの紐を引いた。
パンっと音を立てて、クラッカーの中身の紙テープがヒラヒラと俺の顔に乗っかる。
「訳が分からない……。」
急に走った疲れか、それともこの状況に混乱してか、俺は意識を手放した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます