音の向こうへ~君なら出来る!なぜなら素質があるからだ!~

茶葉まこと

第1話 熱烈な勧誘

「うーん、どうしたものか。」


春、ありきたりな入学式を終えて数日経過した頃。


放課後の校舎は真新しい制服に身を包んだ新入生と、部活動勧誘をする上級生が行き来して賑わっている。そんな中、俺……汐優吾しお ゆうごは頭を悩ませていた。


ここ『葉波ヶ丘高等学校』の方針では一年次は部活動入部が推奨されている。


あくまでも推奨なので強制ではないのだが、噂によるとうちの学校の一年次の部活動入部率は90%を超えているらしい。

入部しないことで変に目立ちたくない。なのにこれと言って入りたい部活動がない。


「参ったな。」


俺は入学時に配布された部活動リストに目を通しながら、当てもなく校舎内を歩く。

……運動が特別得意なわけでもない、文化活動に自信があるわけでもない。


部活動リストをくるくると丸めて肩をポンポンと叩く。



「また明日仕切り直して考えるか。」





その時だった。ふと耳に飛び込んできたのは……楽器の音?

何の音だろう。


分からないけれど、素直に綺麗な音だと思った。



俺は音の方へ無意識に足を進める。


音の方へ近づいて行けばいくほど、すれ違う生徒の数はどんどん減っていき、先ほどまでの活気が嘘のように静かになっていく。


校舎の奥の奥。まだ入学して数日しかたっていない俺はここが何処なのかいまいち分からないが、とりあえず音を頼りに歩いていく。


今聞こえるのは、楽器の音と自分の足音だけだ。



「ん?渡り廊下?」



足を止める。目の前には渡り廊下。その先には古い校舎があった。

その渡り廊下の先に、一人の男子生徒が目に入った。


その生徒は、黒い縦笛を構えていて、そこからさっきまで聞こえていた音が響く。

あ、この人だったのか。


透き通った真っ直ぐな音。


男子生徒は口から楽器を外すと、ふう、と深呼吸をして、もう一度楽器を構えると、曲を演奏し始めた。



「あれ?」



彼が曲を演奏し始めてすぐに気づいた。



この曲、夜にやってる魔法少女もののアニメの曲じゃないか?


えーとたしか……


腕を組んで目を閉じる。なんだっけ、こうキラキラした名前の…


「魔法少女ブリリアントキャンデー…。」


口から思わずポロリと零れたアニメのタイトル。

その瞬間だった。演奏していた曲がピタリと止む。


あれ、止まった。


俺が目を開けると、演奏主と目が合った。


「あ、えっと。すみません。」


こっそり演奏聞いてたの、悪かったかな?

俺は軽く会釈をすると、演奏主は黒い縦笛のような楽器を持ったまま、渡り廊下をすごい勢いで歩いてこちらに向かってきた。


「え、ちょっと。」


そしてあっという間に俺の目の前までくると、足をピタリと止める。

黒髪に眼鏡姿の演奏主。カッターシャツは、第一ボタンまでしっかり締め、ネクタイはキュッと綺麗な形でしめられている。皺ひとつないブレザー。見るからに『きちんとした上級生の見本』のような人だ。


ネクタイの色からして一つ上の学年…つまり二年生だろう。


彼は俺を上から下まで見定めるように見ると、クイっと眼鏡を上げた。


「君、今目があったね。」

「え、あ、はい。」

「ちなみに、さっき何と言った?」


「え、さっきですか。」


「ああ。さっきだ。俺の聞き間違えじゃなければこれで吹いていた曲、言っていただろう?」


「魔法少女ブリリアントキャンデー…ですか?」

「なるほど、この曲が分かるとは君、なかなか見込みがあるな。よし、うちの部活に入ろう。うん、そうだ。入るべきだ。君みたいな存在を待っていたんだ。さあ部室はこっちだ。」


息継ぎなしで急にペラペラと話始める先輩。

本能が告げる、これはやばい人だ。


「いえ、あの失礼します。」


「まあ、まて。話は部室で聞こう。」


愛想笑いで逃げようとするが、先輩は間髪入れずにさらに一歩進めて俺との距離を詰める。反射的に俺は一歩下がる。


「どうして逃げるんだ?ここに来たということは、うちの部活に興味があったからだろう?」

「いえ、そういうわけじゃないっていうか、偶然といいますか。いや、確かに綺麗な音だとは思いましたけど、部活に興味があるわけでは。」

「そうかそうか。綺麗な音か。うん、確かにこの楽器の音は素晴らしいと思っている。君もこの楽器に興味を持ってくれるとは嬉しいな。さあ、部室はこっちだ。君は経験者かい?初心者かい?」


まずい、この先輩なんだかズレている気がする。

会話が噛み合わない。


「あの、俺もう帰らないといけないので……」


じりじりと後退りをする。


「失礼します!」


俺はそのまま踵を返して走り出した。



「一年生君、また明日!」



そんな声が後ろで聞こえたような気がした。

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