実存系異端子の軌流
@himekawamanabu
第1話 平常
都市部や人里から離れた山奥。喧騒のない静かな場所。
その山頂には、ある少年と女性が住んでいた。
二人で住むには少しばかり大きい住居に自給自足が主だった生活。
平穏な日常がそこにはあった。
「今日は‥‥‥っ、少し‥‥‥っ冷えますね‥‥‥、先生」
少年が息を弾ませながら問いかける。
「ああ、そうだね。正午に差しかかる頃には一雨来るかもしれないな」
女性は平然としてそう答えた。
山頂部は平野と比べて気圧が低いため、それだけ気温も低下する性質を持っている。まだ肌寒い頃合いと相まって、軽装備では風邪を引いてしまいがちだ。
しかしながら、少年の格好は言動とは裏腹に、観るからに薄手の格好をしていた。防寒対策といえば両手の黒い革グローブしか見当たらない。
同様に、『先生』と呼ばれた女性の方も、通気性のよいシルクのような素材を一枚とそのほか下着以外はワンピース系のシャツしか着用していないように見受けられた。
「ユウジ、雨を受けて風邪を引くと大変だ。もう少し走るスピードを上げるがいいかい?」
少年の耳には、前を駆ける先生の無機質な声が風圧にとともに途切れ途切れになって聞こえた。
山の中腹を物凄い速さで駆け上がる2つの影。
「‥‥‥ッ! 正直、これ以上は‥‥‥」
そう少年が言い終わらない内に、銀色の髪が宙に舞う。もう一段速度を上げたのが分かった。
「大丈夫。わたしの知っているユウジならついて来られるはずだよ」と平然と言ってのける。
そう言われて少年の胸中は嬉しいような悲しいような、よく分からない感情が芽生えた。
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