罪人の葬送
センシティブわかめ
罪人の葬送
6年振りに親戚一同を集めたのは、皮肉にも祖母の訃報だった。
金もなく、日に日に記憶が剥がれ落ちていく祖母に対し、献身的になれた人間はこの中にどれだけいたのか。見慣れない顔が半数を占めている事が、その答えなのだろう。
「タカフミ、おまえ大きくなったな」
「まぁ、ターくん、男前になって」
告別式までの待ち時間、控え室で肥やしにもならないような台詞を口々に吐く奴らは、その言葉で自分たちがどれほどの期間、実家に出向いていないかを露呈させていることに気がついていないらしい。
「なあ、これ、食べてもいいやつ?」
従兄弟だったか再従兄弟だったかも定かでないような少年は、冷凍庫に仰々しく、不釣り合いに置かれた木箱を指さして呼びかける。皆不思議そうに顔を見合せて何も言わなかった。それもそのはずである。何せ、箱の中身を知っている者は、今この場に1人しか存在しないのだから。
「ああ、それはだめなんだ。おばあちゃんと一緒に、天国へ行くものなんだよ」
「ふうん?」
ごめんねと中身のない謝罪を付け加えながら冷凍庫を閉める。先程まで不思議そうに目配せをしていた大人たちは、なんだ婆さんの思い出の品かと、興味無さげに談笑へと戻っていった。
誰もが無関心で、誰もが無感情だった。思い入れもへったくれもない人間の葬式なぞ、久々に会う人間との会合の場としか、奴らは思っていない。その証拠に祖母の話をしている人間は誰一人としていなかった。最近はどうしていただの、子供の学校がどうだの、生きている人間の話ばかり。ここが故人を偲ぶ場であることを、自分以外は誰も、忘れているかのようだった。
告別式では棺桶に数々の思い出の品を詰め込んでいった。それにどんなエピソードがあったのか、孫である自分には到底知りえないような古めかしいものばかりが、祖母の腹の上に並んでゆく。色褪せてしまったものばかり並べられたその姿を、ただ可哀想だと、そう、思った。彩りを添えるように、棺に入れるには少々嵩張る木箱を何とか納めて、掌のひんやりとした感触の残滓を確かめるように握り込むと、静かにその姿を見送る。厭に蛍光発色するピンクの紅の、下に透ける青白さに、命の終わりを見た気がした。
*
「タカフミ、あんたアレ、何入れたの」
「別に。思い出だよ」
「はぁ。構わないけど、燃え残るようなもの入れたんじゃないでしょうね。面倒だからやめなさいよ」
「わかってる」
火葬待ちの席は妙に賑わっていて、嫌味な母の声も、ありがたいことにいつもよりかは聞き取りづらく感じる。誰かが持ってきた和菓子に、火葬場の売店で売られているやけに高額なスナック菓子と、ペットボトルのお茶。なんとも言い難い組み合わせの奇妙な宴会は、歪な空気を形作る。
「それにしても、ほんと迷惑なことしてくれたわ」
ため息混じりの母の言葉に、ハリボテで出来た宴会の様相がぴしりと音を立てて崩れ去った。顔を強張らせる者、眉間にシワを作る者、状況を呑み込めていない者、歪に、しかしまとまりを見せていた空気は霧散して、混沌とした重量感はまるでその場の時間を止めたように、重く重くのしかかる。
「ねえ、おばあちゃんって、なんで死んだの?」
沈黙も緊張も、子供の無邪気さの前には無力だ。告別式の待合室で木箱の中身が何かも知らず食らおうとした子供は、一欠片の悪気も御座いませんという顔で近くの大人になんでどうしてと聞いて回る。
目を逸らしながら病気だ寿命だと適当なことを言う大人たちに、へぇそっか、とよくわかっていないであろう返事をする少年は、一頻り聞いて回るとやがて満足したようにスナック菓子を頬張り、携帯ゲーム機に興じ始めた。彼に倣うかのように、他の面々もゆるゆると、またあのハリボテの宴会場へとその場を引き戻してゆく。隣にいなければ聞くことは無かったであろう小さな舌打ちに振り向いて、クシャクシャに潰れたタバコのソフトパックを持った母が、化粧室とは逆方向へ赴く後ろ姿を見送った。
*
結論から言えば、木箱は中身諸共大して燃え残らなかった。現代に清く正しく生きてきた身ではものを燃やすなどという道を通ったことは無いため、しっかり混ざってくれるか、不安があった。祖母の骨が元々あまりしっかりしていなかったことも幸いして、どこがなんの骨かよくわからないくらいに棺の中は散漫としている。骨上げで後ろについた火葬場の人が、妙にくっきりと残る小さな骨に訝しげな顔をしたが、知らぬ存ぜぬを決め込んだ。流石に骨壷にこっそり入れるようなことは出来なかったが、一緒に燃えてくれたことがせめてもの供養になるだろうか。今も目の前で順繰りに骨を拾う何年も顔を合わせていない親族なんかよりも、命尽きる時まで生活を共にしてきた彼らと共に祖母はあるべきだと、そう思った。こいつも私より先に逝ってしまった、と静かに嘆きながら祖母が庭に埋葬した彼らを、掘り起こした自分はきっと、仏様の教えで言うところの『罰当たり』に相当するのだろう。金魚やハムスターのような、寿命の短い子達ばかりを好んだのは、いつか誰かと一緒に逝けやしないかという祖母の願いからだったのかもしれない。
「なぁ、タカフミ。それを蹴っちゃくれないか」
最後の金魚を埋めた日の夕刻、祖母の部屋で聞いた声が、骨壷の中から聞こえてきた気がした。目を閉じれば、瞼の裏に焼き付いたあの時の情景も感触も、何もかもが今この場で起こっているかのように鮮明に、思い出せる。
西日の差し込む破れた障子。年季の入った小汚い畳と、今しがた自分が蹴りを入れて横倒しになった木造りの椅子。天井から吊り下がる孤独は、呻き混じりに「ありがとう」「もう寂しくない」と零して、やがて動かなくなる。
漏らした嗚咽は、その時のものか今のものか。鮮烈な過去はモノクロの現実に次第に溶け消えて、『思い出』となった。
「タカフミ、何してるの」
はたと気がついた時には骨上げは終わり、納骨の時期や場所、この後の昼食についての話し合いが始まっていた。予定のすり合わせを行う彼らには、そして自分にも、骨壷の中の祖母には無いこれからが、確かにある。
「ごめん、なんでもない。お昼の話だっけ」
善意も悪意も押し殺したなんでもない顔で、無関心の装いの下に、足に背負った本当の罪をひた隠した。
罪人の葬送 センシティブわかめ @wakame0531
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