第75話 壊れた

 なるほどな。それなら、犯行に使用されたと思われる処理剤を購入した場所くらいは特定出来ないのか?欲を言うなら、購入した人物の特定も。

 そんな事を心の中で思っていると、目の前の男は俺の顔を見て言いたいことが分かったのか、説明し始めた。


 「確かに、色々な店を調べて上手くいけば証拠が出るだろう。だが、それを警察や検察側が許可してくれるかは分からない。それに、使用された処理剤が手元にあるのなら調べるのも楽になるのだが、その処理剤自体が発見されていない為、数百~数千種類ある処理剤の入手ルートを調べるのは、不可能に近い。この手の証拠集めは弁護士の方が得意だったりするしな。せめて、品番くらいは知りたいな。」


 要は、絶望的な状況ってことか。そんな状況にも関わらず、俺の表情には一切変化が起きないことに、目の前の男違和感を覚えているだろう。

 今の話を聞いて、普段なら確実に何らかの反応を起こしていただろう。だが、実際のところ何も感じなかった。思い返すと今までもそうだった。

 俺は、被疑者として扱われてどう感じた?逮捕される時に恐怖感が沸いたか?裁判が不利になりそうだなと言われて、焦ったか?どれも否だ。少し訂正させて貰うと、まるで他人事のように感じている。感じてはいるのだ。

 いつからだ?いつから感情の変化が乏しくなった?何故、怒りが沸かない、証拠が消されたんだぞ?有罪になるかもしれないのに、恐怖を感じない。俺は、

 自問自答を繰り返していると、いつの間にか話が進んでいた。


 「今回の捜査結果に対して、検察官がどのような判断を下すかは分からないが、現状だと不利な状況に陥ることは間違いないだろう。覆す為には、君が何か思い出さなければいけないかもな。」


 そう言い放つと、目の前の男は椅子から立ち上がり、書記官の男と一緒に部屋から出ていった。その後俺は、外に居た警察官に連れられ留置所の中に入った。

 留置所の堅いベッドで横になりながら、また考える。

 俺はこれからどうすべきなのか。いっそのこと、刑務所に入ってみるか?どうせ、学校には行けていないからな。就職は取り消しだろう。他に無罪を証明する為の証拠は無いか?事件当時の記憶が曖昧で思い出せない。分かりやすい証拠は消されているだろう。そもそも、誰が証拠を消した?証拠を消して、得をする奴が居るのか?又は、俺が損をすることで、利を得る奴が?そこまでして、俺を貶めたい奴は誰だ?何故、流也の家族は強気に出れた?刑事裁判だけでなく、民事裁判まで起こした?

 親戚のクズ共の顔が思い浮かんだが、ここまでリスキーな事をするか?バレたら、証拠隠滅で有罪だろう。そんなのは、馬鹿のやることだ。

 あいつらの顔を思い出してしまい、気分が悪くなってきた。前から、ここまでの拒絶反応があったな?

 考えが上手く纏まらないまま、同じ思考を繰り返していると、いつの間にか眠りに落ちていた。


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