ラグナロクの爪痕 ヴァルキュリアの新人教育
暇人X
第1話 天から降りてきた戦乙女
「ヴァルキュリアの私にこんな真似をして、ただで済むと思うなよ貴様ら」
新神歴7年(神西暦1863年)7月20日、ラグナロクで崩壊しかけた世界が危機を脱してから5年目になる今日。夏の色が濃くなり始めた時期の早朝に大勢の人が集まる中央広場へ、設置された処刑台で1人の女性が処刑されようとしていた。
油を染み込ませて積んだ薪の中央に立つ丸太に、鎖で吊るされるのは《見窄らしい囚人服を着させられた美麗のヴァルキュリア。背中に生えている翼は飛行装置になる【スィング】で、白鳥の羽のように神々しい翼は彼女らの誇りにして象徴だ。》
「私が一体何をしたと言うんだ! 今すぐに拘束を解いて自由にしないと後悔する事になるぞ私は運命の三……」
「悪魔の癖に喋るな!」
「グハッ」
無罪を訴える彼女を長棒で叩くのはその横に立っている鎧を着た兵士。
濡れ烏色の黒いロングへヤーがよく似合う戦乙女は、全身が痣だらけでどんな目にあわされたのかを物語っていた。人間なら此だけで死にそうだが人よりも頑丈な体を持つヴァルキュリアは耐え抜いて、まだ抵抗しようと足掻いている。
「どいつもこいつも私のことを悪魔、悪魔と。私はアース神族にして誇り高いヴァルキュリア、それも運命三女神ウルズなんだぞ! そのなぜ私が火刑にされなければならないんだ誰か説明しろ!」
「お前達が引き起こした【ラグナロクでこの世界は滅び掛けた】んだ!」
「人殺しの悪魔め!」
「ヴァルキュリアを処刑してなにが悪い!」
森を返せ、家族を返せ、お前のせいで神のせいでと、ウルズを取り囲んでいる民衆から口々に呪いの声が浴びせられていく。
「アース神族は悪くない! あれは……」
「黙れと言っている!」
再び棒が振られてウルズは苦痛の呻き声?を上げた。(アース神族がここまで恨まれているとは思わなかった、もっと慎重に調べてから交渉するべきだったな)
ウルズは宙吊りのまま火刑台の周囲にいる民衆達を見回した。
ウルズを取り囲むのは金髪のエルフだけで他の種族はいない。食料が足りて無いのか皆やせ気味で服は使い古しのボロばかり、怒りと復讐に燃える民達の心に戦乙女がする訴えは露ほども届きそうになかった。
(此れさえなければ自力で逃げられるのに……)
《ウルズの両手の首には〘魔封じの腕と首輪〙が付いている。呪文だけでなく身体を若干痺れさせて筋力も落とすようで、オーガにも打ち負けないヴァルキュリアの力も今は子供にも負けそうな程に弱まっていた。》
ならば誰かに助けをと彼女は思うがそれは無理だし、(魔法が使えなくてはどうにもならない。この私が使命を果たないままこんな場所で死ぬ羽目になろうとは……)と彼女は諦めかけている。
———ウルズの火刑が始まる少し前。
ラグナロク前にミッドガルドへ作られた防衛拠点の1つ、パルマー城塞に向けて草木の生えない荒野を馬で駆け抜ける部隊がいた。数は3体で彼らは銀色に光るミスリルで作られた機械仕掛けの馬を駆っている。
《青い瞳をしいて鬣や足とか尻尾から青い炎を噴出す変わった馬は、エリートや資産家が使う高級な魔導機械馬。 最高速度は150㎞近くで疲れを知らず、その青さから【ブルーホース】と呼ばれている。》
「処刑は昼過ぎじゃなかったのかダリアン!」
「昨日聞いた話しではそうだったぞ。城主が他国の干渉を恐れて処刑時間を早めたんだと城にいる諜報員から連絡があった」
「処刑される前に助けるんだ急げお前ら!」
《頭から黑いフードローブを被り、仮面で顔を隠している兵士達はミスリルの軽鎧で武装をしている。機械馬の後にあるホルダーに立てるのは、【ミッドガルド統合政府】の証である【尖がり帽子に杖と魔導所が記された旗。】
〘パルマー城塞に住んでいる勢力と統合政府はすこぶる仲が悪い。〙
仲が悪いので政府組織である彼らは政治家や交渉人を呼んだり、軍圧を使ったりとかでヴァルキュリア引き渡しの圧力を掛けようとしたが、処刑時間が早まったので間に合わなくなり大慌てで走っていると言う訳なのだ。》
(7時24分、処刑開始まであと6分か間に合ってくれよ……)
魔力を動力源にする機械馬を走らせつつ腕時計で時間を確認した、集団のリーダーである蒼空 隼人は〘3カ国統合政府直属の遊撃部隊である、特殊強行偵察第一部隊【略して第一特察隊】〙と呼ばれる組織に属している。
「急げ、急ぐんだーーーーーー」
「大隊長にどやされるーーーーーー」
特察隊が荒野を走り続けて行くとやがて前方にパルマー城塞が見えてきた。あちこち補修されている城壁を深い堀が囲んでいて、降りた跳ね橋の袂にはモンスターを連れた複数の兵士が並んで立っている。
疾走する蒼空達の進路上に立つのは〘キマイラ〙で、《此れは分厚い鎧で覆ったライオンの体に蛇の尻尾が付いている、中型で量産される警備用のモンスターだ。》
「兵士に構ってる時間はないそのまま突っ切れ!」
端の上に立っている兵士とモンスター達は、高速で走ってくる特察隊を発見すると戦闘態勢になつつ停止するように警告を出す。だが隊長はそれを無視して強行を決断、兵士達に臆する所か逆に加速した特察隊は、ブルーホースの手綱を引いて脇腹を蹴ると空中に浮かせながらそれらを跳び越えていく。
《魔導機械であるブルーホースには飛行能力があるのだ。》
「攻撃を許可する! 撃てぇーーーーーーー」
馬の後にはためく旗から相手は統合軍だと知った警備兵は、素直に止まってくれるのを期待したが強行突破されると任務として戦闘を開始する。
領主である伯爵に連絡を入れつつ兵士達が撃つのは、マンティコアの口から吐き出される火炎弾と両手で引いている魔導弓。《〘マジックボウー、マボウ〙と呼ばれる弓は弦がなく軟性のある魔法合金で作られており、物理的な矢でなく魔法石の付いた特殊な矢、魔弾と呼ばれる物を引いて撃つ。》⦅外部説明1:マジックボウ・魔弾⦆
「真面目にやれ何をやってるんだヘタクソ共が!」
特察隊の背中を追って進むファイヤーアローは、命中寸前になぜか急激に向きを変えると橋の外にある堀の方に飛んで行って爆発する。この異常な光景に対して橋を守って剣を抜いている隊長は、後ろでマボウを射っている部下に怒るが怒鳴られる兵士達は至って真面目に戦っていた。
このまま楽に突破されては面目が立たない、とにかく数を撃って奴らを止めろと騒ぐ兵士たちを後ろに、空中を駆け抜けて行く特察隊は城門が閉じられる前にその中への突入に成功する。
「火刑台はどこだダリアン!」
「こっちだ付いてこい!」
小隊の先頭を走りだしたダリアンと呼ばれる、男のマントの下には狼のように青白いく尻尾が見えている。地面を歩く人とぶつからないように高度を保ちつつ、ダリアンに追従した小隊は痛んだ家屋の間を縫うように進んで行った。
戦争に備えて家屋の多くが石積みかコンクリートで造られた城下町。
その路地をブルーホースで駆け抜けると、騒ぎを聞いた兵士が集まって来るが蒼空達は気にせずに突き進み、やがて大勢の人がいる中央広場へと到着する。
「特察隊だその処刑を中止しろ!」
蒼空が叫びつつ人垣を越えて広場の中心部へ行くと、刑の執行係が今まさに松明で積まれた薪へ火を点けようとしている所だった。
「処刑は許さんと言っている!」
ブルーホースの高度を下げた蒼空は、松明を持っている兵士へ当てるように機械馬を走らせて、兵士が慌てて逃げるとその前で急停止させる。
「ウロボロス連合の命令により彼女の身柄は我々、第一特察隊が預かる事にする。直ちに処刑を中止して騒ぎを解散せよ」
周囲を見渡して叫びながら蒼空は懐に手を入れて、丸められた羊皮紙・命令書を取り出すと回りへ見せつけるように広げて見せた。
(ウロボロスだと蛮族共めが)
誰だか知らないが助けが来たと一瞬喜んだウルズだが、ブルホースに立っている旗を見たり話を聞いたりすると、喜びよりこの先に来そうな悪夢に意識が及んで絶望感から胸がムカムカしてくる。
(あんな奴らに助けられる位なら……)
いっそ舌を噛んでと彼女は考えたが、まだ逃げるチャンスはあるかも知れないと考え直して成り行きに任せる事にした。
「そこのお前! お前の腰にあるのはヴァルキュリアを拘束してる手錠の鍵だな、鍵を外して彼女を自由にしてやるんだ」
羊皮紙を懐にしまった蒼空は回りを見て、1人の兵士に命じたが彼は従わずに黙ったまま彼を睨み返していく。
(そう簡単には従わないか……)
蒼空達を取りかこむ兵士の数が増えてくると、安全確保の為に火刑台の周りにいた民間人が遠ざけられる。そして着地した馬上にいる特察隊と兵士達の間で睨み合いになったら兵士達の間から1人の男が前に出てきた。
「彼方が領主のミラス伯爵か?」
「その通りだ、ヴァルキュリアの解放は儂が許さん」
厳しい顔つきで隊長を見上げるのは短い金髪に長い耳をもつ年老いたエルフ。他と違って使い古された上品な絹の服を着ており、着飾らず倹約家で良い領主らしいなと言うのが青空が彼を見た第1印象だった。
「まだウロボロス⦅∞⦆連合だけだが何れ統合政府から命令が出される。今のうちに素直に引き渡した方が身のためだぞ」
「統合政府に加入はしておるが服従した覚えはないし、∞連合の要請なぞ儂らは聞くつもりがない。どうしてもと言うのなら統合政府の命令書を待って出直すがよい」
伯爵に対して馬上から話すのは無礼だが力関係の問題であり、まともな交渉では譲らないだろうと蒼空は踏んでいるから従えと命じている。
「ヴァルキュリア1人のために統合政府を敵に回すのか? 賢い判断ではないぞ」
「それは儂らの台詞だ。統合政府はたかがヴァルキュリア1人の為に儂らと争うつもりでおるのか? 儂らは神族共への恨みをまだ捨ててはおらんのだぞ」
「6年近くも前の怨みを語ってどうする。天空都市ヴァルハラで鎖国状態にあった神族が地上へ降りて来たのには理由があるはずだ、私怨より現実を優先して我々にヴァルキュリアを渡して貰いたい」
「被害を受けなかった∞には儂らの怨みなど分からんし、積年の怨みを果たせる機会を前にしてヴァルキュリアを渡す事など出来はせぬ」
恐れずに睨み返してくるミラス伯爵と特察隊の交渉は、平行線のまま続けられて妥協点が見えてこ仕方なく隊長は最後の提案をする事にした。
「金で話を付けてやる幾らならいい?」
「金で儂らの怨みを買えはせんよ特察隊には帰れと言っている」
「400万R(リル)だ」
「何度も同じことを言わせるな」
「1500万R、俺達と戦争をする覚悟はあるんだろうな伯爵!」
蒼空が高額になる釈放金を提示すると、ザワッと火刑台の周りの空気が変化した。統合政府にそこまで望まれるヴァルキュリアを、処刑して良いのかと民衆や兵士達が囁き始めたらそれを感じ取ったミラス伯爵も妥協案を出す。
「4000万リルなら考えてやってもよい」
「2300万」
「3800万」
「3500万だこれ以上の譲歩はない」
「良いだろう、それでヴァルキュリアを解放してやる」
「高く付いたが納得して貰えたのは何よりだ、約束手形を作るから待ってろ」
そう話してブルーホースから降りた蒼空は、ローブの内側から二つ折りにした羊皮紙と万年筆にナイフを取り出すと、必要なことを書いて署名してから血判を押してミラス伯爵に渡していく。
「金は俺達が拠点に帰ってから別の奴に持ってこさせる。この手形と引き替えにして受け取るといい」
「特殊強行偵察第1部隊の蒼空 隼人大佐か。噂には聞いておるよミッドガルド最強の弓使い悪魔の天敵(デーモンキラー)とな」
「仕事がある時は呼んでくれ、相応しい対価を払えるなら特察隊は誰であろうと平等に接して真面目に働く」
「儂らが特察隊に助けを求める事はないだろうが覚えておいてやろう。皆のもの火刑は中止じゃ! ヴァルキュリアを解放して∞連合に引き渡せ」
ミラス伯爵に命じられると従った兵士が、鉄の支柱にある手動ウインチを操作して鎖を伸ばしウルズを地面に下ろすと手錠を外す。
「暴れられると敵わないから〘魔封じの枷〙は外さずそのままにしておいてくれ」
「そうですか、ではこれをどうぞ」
ウルズの手錠を外した兵士は続いて、魔封じの呪文が彫り込まれたミスリルの腕輪や首輪を外そうとしたが、蒼空に言われると外すための鍵を彼に渡す。
「そんなに睨むなよウルズ、助けて貰えるんだからせめて普通に出来ないのか?」
「私は運命の三女神だ、アース神族がウロボロスの助けを借りるなど前代未聞の大恥になる。私は絶対にお前達へ従ったりしないからな」
体に傷みはあるが顔には出さず我慢して、立ち上がったウルズは蒼空に強い敵意を向けながら睨み続ける。
「ここでは話が出来ない、落ち着いて話ができる場所へ連れて行くから大人しく俺達につ付いて来てくれ。身の安全は俺が保証する」
「魔封じの枷を付けた状態でか? どうせ牢屋にでも繋いで私に酷い事をするつもりなのだろう、ウロボロスとはそう言う魔術結社じゃないか」
※【ウルズがウロボロス連合を、ウロボロスというのは態と。敵意が伝わりやすい】
「それは偏見と言うんだぞウルズ」
「ここで魔封じの枷を外したらお前は暴れるよな?」
「当たり前だ! ヴァルキュリアにこんな真似をしてただで済むと思うなよ、自由になったら絶対に天罰を下してやるからな」
「頭を冷やして冷静に話しをだな……」
「これでは埒があかないな」
敵対姿勢を崩そうとしないウルズを説得するのは大変だったが、どうにか説き伏せられた蒼空はミラス伯爵に尋ねた。
「ウルズの装備や持ち物はどこにあるんだ伯爵? 彼女に返してやってくれないか」
「没収した武具や魔法道具(マジツクアイテム)は全て金に換えて残っておらんぞ」
「何だと! きさまぁーーーーーーーーーー」
蒼空の質問へミラス伯爵が答えると、ウルズは怒って殴りかかろうとしたが兵士に妨害されて蒼空が羽交い絞めにする。
「鎧や魔術道具はいいが剣だけは返せ! あれはオーディン様から授けられたオリハルコン製の宝剣『ライディク』なんだ」
「随分立派な剣だと思っていたが宝剣だったのか。汚らわしいヴァルキュリアの装備なぞ見たくもないから廻ってきた行商人へ売ってしもうたわい」
「許さんぞ貴様ら皆殺しにしてやる……」
「特察隊はこれでもこの女を助けるつもりなのか?」
(やれやれだ……) 殺気を叩きつけるウルズと、それを見下しているミラス伯爵を見比べた蒼空は宝剣の行方を捜すために行商人について詳しく聞く。
「ライディクは絶対に取り戻して貰うからな、忘れるなよ蒼空」
「……そうそう持ち物と言えばこれが残っておったわ」
話が終わるとミラス伯爵が懐から出した羊皮紙の巻紙を渡してきた、こんな物は売れないし焼き捨てたかったが何かあると拙いので、一応残して置いたんだと彼は言う。それを受け取った蒼空は内容について彼女に聞いてみる。
「これはなんだウルズ?」
「フレイヤ様が今のミッドガルドを治めている王に向けて書いた信書だ。私はこれを渡す相手を探してパルマー城塞に飛んで来た」
「それは運がなかったな」
「貴様ら如きが手にしていい物じゃない、返して貰おうか」
そう言うとウルズは手を伸ばしてきたが、拒否した蒼空は信書を鎧の内側へと仕舞い込むとウルズにブールホースへ乗るように指示する。
「気安く私に触るな! 馬ぐらい自分で乗れる」
普通の馬とは違うのでやりにくそうなウルズの体を、支えようとしたら蒼空は怒られてしまい彼女が乗ったら彼はその前に騎乗する。
「我々はこれで帰らせて貰うが何か話しておくことはないかミラス伯爵?」
「話すことはない。汚らわしい神の使いなどさっさとこの城塞から連れ出してくれ」
「私が汚らわしいだと!」
「鞍の両側に取っ手が付いてるだろ落ちないようにそれで体を支えるんだぞ」
ウルズが声を荒げると蒼空はその話を切って、ブルーホースを歩かせ始める。保釈金を払いはしたが金で憎しみが消える筈もなく、特察隊とウルズはフォレストエルフから恨みを視線を浴びながら城塞を後にした。
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