episode3 色仕掛け
扉を開けてバスに乗り込むと、悪魔に取り憑かれた人間がこちらを見つめていた。
こちらを余裕がありそうに見つめてくるその容姿はパッと見ただの中年の冴えない男だけど、悪魔に取り憑かれたせいで瞳が緋色になっている。
⋯⋯そして完全に目がイッてる。
とりあえず会話が通じるかは分からないけど、何故こんなことをしているのか、動機を聞かなければいけない。
「貴方はどうしてこんなことをしているんですか? 今すぐ乗客を解放して欲しいです」
私は自身が天使の能力を備えている事を隠して、あくまで非力な人間という体で質問と要求を投げかける。
「いひひ、女だ。女。中々顔がいいじゃないか。なぁ女、脱げよ」
悪魔に取り憑かれた男は品定めするように私を見回した後、卑しい顔で言った。
こちらの質問に一切答えてこない為、困った事に会話が出来ない可能性が浮上する。
気持ち悪いから今すぐにでもぶっ殺してやりたいのを抑えて、めげずに再び対話を試みる。
「私の質問に答えて下さい。どうしてこんな事を? 服を脱いで欲しかったらまずは私の質問に答えて下さい」
私の行動一つで乗客達の運命が決まる。下手に刺激して乗客に危害が加わらないようにしなくては。失敗は許されない。
「いひひひひ。それはだなぁ、金が必要なんだよ。会社が倒産して借金が山のように膨れ上がっちまった」
「そうですか。教えてくれて感謝します」
思っていたよりもあっさりと教えてくれた。
どうやら話は多少通じる様みたいだ。
⋯⋯それにしても、この人は精神的にも金銭的にも弱っている所を悪魔に狙われたのか。悪魔は人間の金欲や性欲等、分かりやすい欲望を好むから、悪魔にとって格好の的だ。
この人は本当に報われない。私なんかよりずっと可哀想⋯⋯ 。
「さあ、質問に答えてやったんだから脱げよ」
「分かりました」
私はそう言ってブレザーを脱いでシャツのボタンに手をかける。
乗客には男の人も乗っているけど、今は相手の言う事に従うしかない。もちろん、羞恥心が無いわけでは無く、見られるのは嫌だし死ぬ程恥ずかしい。
シャツのボタンを全て外して下着姿を露出すると、今度はスカートのベルトを外して、下半身も露出する。
これで私は完全に上下とも下着姿になった。素肌が空気に触れて冷えていくのを感じる。
「ふひ、ひひひ。白リボンか、最高だな 」
「それはどうも」
悪魔に取り憑かれた男は気味の悪い笑い声と感想を零す。乗客の男達は自分たちが危機的状況に晒されているにも関わらず、食い入るような視線を感じる。
恥ずかしい。けどここで取り乱したら全てが水の泡となる。
「どうした? 手が止まっているぞ、早く下着も外せ」
悪魔に取り憑かれた男は、完全に自分が優位だと思い込んで催促をしてくる。
その思い込みが、貴方の敗因になる事を知らずに。
「それは貴方がこっちに来て脱がせて下さい」
「うひ、いいだろう。今そっちに行って脱がせてやる」
色気があるかは分からないけど、少し猫なで声を意識して言うと、悪魔に取り憑かれた男は荒い息遣いで、私の傍へ一歩一歩、にじり寄る様にゆっくりと近付いてくる。
もちろんこのまま相手の欲望通りに事を運ぶなんてつもりはさらさらなく、私には作戦がある。
悪魔に取り憑かれた男が私のすぐ近くに来た時、私は天使の"武器能力"を発動させる。
私に与えられた天使の武器能力は、"天使の剣"。人それぞれ与えられる武器能力は違うが、今回の狭いバス内での近距離戦は剣が適しているはず。
バスの座席と離れた出入口付近にいる私の傍に来れば、座席にいる乗客達を人質にすることは難しいと思うし、近距離戦での剣の不意打ちなら、まず避けられない。
「いひひ、来てやったぜ。さあ今お前のその白い肌を全てさらけ出してやるからなぁ!」
考えを纏めている間に、悪魔に取り憑かれた男は私のすぐ傍にやってきた。距離にして歩幅一歩分もない。
喋る度に鼻を捻じ曲げるような口臭が直に伝わってくる。
悪魔に取り憑かれた男が私に触れようと手を伸びしてきて、思わず顔を歪めそうになる。少しでも作戦の成功率を上げる為にも、表情を崩してはいけない。
⋯⋯平常心、平常心。
「うひひ、楽しみだ。お前の羞恥に満ちた顔をみ⋯⋯⋯⋯うっ」
悪魔に取り憑かれた男は何かを言いかけた所で、言葉を途切れさせて、次第に苦しそうにその場に倒れ込んだ。
「おまっ⋯⋯天使だっ⋯⋯か⋯⋯」
倒れながら、悪魔に取り憑かれた男は言う。
そう、悪魔に取り憑かれた男が私の肌に触れようとした刹那、私は天使の能力を発動させて眩い光と共に剣を召喚した。
そして、突然の事に反応出来ない相手にそのまま剣を腹部へと突き刺した。
結果、今討伐対象はバスの床で蹲っている。けれどまた生きている為、私は更に剣を悪魔に取り憑かれた男の頸に振り下ろした。
「グギャッーー!」
派手に返り血が私の身体中にかかる。
何度聞いても不愉快な絶命する間際の断末魔、それに人の頸を斬り落とすこの感覚。まるでこの世の全てが嫌になる様な、本当に不快な気分になる。
私が不快な気持ちになっている間、乗客達がぽつりぽつりと、少しずつ言葉を漏らし始めた。
「私達⋯⋯助かったの?」
「もう駄目かと思った。本当に俺死んだかと思った!!」
「良かった。これでやっと家に帰れる⋯⋯!! また家族に会える!」
乗客達が思い思いに生還の喜びをひとしきり口にした後、今度は私に視線が集まった。
乗客達の私を見る目は何処か冷たく、まるでクラスメイト達の様だった。
⋯⋯何だかとても嫌な予感がする。
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