episode2 緋色の瞳
「悪魔! この前出たばかりなのに、また出たの⋯⋯!?」
先程まで零れ落ちそうになっていた涙は引っ込み、私はスマホで悪魔発生場所の地図を確認する。そして荷物を置いて急いで教室の窓を開ける。
天使の能力には"天使の羽"という飛行能力が備わっている。この能力を使うと背中に羽が出現し、自由自在に空を飛ぶ事が出来る。これは全ての天使に備わっている能力だ。
私が窓に足を掛けて飛び立とうとする刹那、クラスメイトの男子はまくし立てるように言った。
「お前、いっつも黙ってて死んだ相棒の事とか少しは考えないのかよ! この人でなし!」
私はそれに返答せずに、羽を広げて飛び立ち、教室を後にする。
目的地は学校から飛んで大体十分程度の交差点だ。事件の内容は悪魔に取り憑かれた人間がバスをハイジャックしているそうで、その超人的な力から銃が効かず、天使に救援要請する事になったみたいだ。
バスとなると中には乗客が十人以上は乗っているだろう、もしも全員死なせてしまう事になったらニュースに取り上げられる所ではない大事件だ。
現場に呼ばれているのは一番近くにいる私一人、今回は例え私が死ぬ事になっても絶対に誰一人として死なせたりはしない。
そう心の中で誓いを立て、現場が見えてきてのてそのまま急降下した。
「これは⋯⋯⋯⋯」
現場に着くと、一台のバスを数十人の警官が覆うようにして配置に着いていた。それぞれ警官の手には拳銃が握られている。
私は直ぐに現状を把握した。悪魔の力を得た人間はとても拳銃では倒しきれない、だからこうやって移動させないようにして取り囲むのが精一杯みたいだ。
「あの、その制服⋯⋯天使のレミリエル様でしょうか」
近くにいた警官が、私の制服を見て話しかけてくる。天使は一目見て分かるような目立つ特製の赤色の制服の着用を義務付けられているから、これを着ている以上は誰でも私の身分が分かる。
「はい、そうです。現状は把握出来ましたが、バスの中の人たちは無事ですか?」
「今のところは⋯⋯ただ我々ではもうどうする事もできなく⋯⋯」
警官はそう言って自分達の力不足を悔しそうに歯を食いしばる素振りを見せた。ただこういう警官ほど瞳の奥には、天使が来た事による、自分はもう戦わなくていいんだという安堵を感じる。
まあそんな事、実際真実かは分からないし、きっと本来なら命は惜しむものだと思うから、これといって言及はしない。
今私のやることはバスの中にいる悪魔を倒して、中にいる人達を救出す⋯⋯
「あの」
そんな事を考えてバスの方へ歩き出そうとしたら、先程の警官に呼び止められた。
「⋯⋯何でしょう?」
「その、大丈夫なんでしょうね?」
警官の眼は、隠す気が無いんですかと言いたくなるほど、疑いの色で溢れていた。
天使の情報は基本的に悪魔と対する者には共有されているから、この警官はきっと私が相棒を何度も失っている事を知っている。
先程さんざん教室で泣かされかけたのにここでもかと、今度は涙の代わりに溜息が出た。
「あっ、いえ決してレミリエル様を疑っている訳では⋯⋯」
「いいですよ。こう何度も相棒を失っている天使なんてそうそういませんから⋯⋯。不安になるお気持ちは分からなくないです⋯⋯」
「ただ、乗客の方々は必ず私が救い出します」
警官にそう告げて、私は再びバスを目指してゆっくりと歩き始める。
「必ずなんて言葉⋯⋯私が言ってもいいのかな」
歩きながら、必ずなんて言葉を使って良かったのか少し不安になってくる。
⋯⋯いけない、教室やあの警官との会話で失敗を恐れてしまってる。今頼れるのは私しかいないから、私がしっかりしなくちゃいけないのに。
気合いを入れ直す様に、私は自分の頬を強い力で二度叩く。お陰で先程の不安が少しは和らいだ気がした。
歩いている途中で、私は忘れていた事を思い出して一度立ち止まる。戦いの前には危険だからカラーコンタクトを外さなければいけないんだった。
バスへ向かう私の足が立ち止まった事で、数十人の警官から一斉に視線の集中攻撃を浴びる。
「嫌だ⋯⋯見ないで⋯⋯」
私は直ぐさま慣れた手つきでカラーコンタクトを外した。使用しているカラーコンタクトの色は瑠璃色。そして私の素の瞳の色は燃え盛るような緋色。
緋色の瞳は人間では珍しく、悪魔に多い色だから今まで散々この瞳の色が原因で虐められてきた。私にとって素の瞳はコンプレックスの塊だ。
それを大衆の前で晒して歩くのはかなりの苦痛だ。現に警官の私を見る視線は、まるで異形を見ている様だ。今すぐにでもこの瞳を隠したいけれど、そうも言ってられない。
私は止めていた足を再び動かす。バスに近付くにつれて、中にいる悪魔に取り憑かれている人間の姿と乗客の姿が見えるようになってきた。
バスと私の距離はおよそ十メートル。どうやら悪魔に取り憑かれた人間は、近付いてくる私の存在に気付いた様だが、私の事を女一人とタカをくくっているのか、ニヤニヤと窓越しに不快な顔でこちらを見つめてくる。
どうせ私一人がバスに乗り込んだ所で何が出来るんだと思って舐めているんだろう。
「その調子でお前も私の事を嘲笑っていればいい。ただ痛い目を見るのはそっちだよ⋯⋯」
私は誰にも聞こえないように呟き、バスの前まで着くと、扉を堂々と開けた。
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