第10話 聖アガサ騎士団の熱心
「カイル。帝国行に随行するのはどこの騎士団ですか? 雷鳴騎士団でしょうか。それともヨハンネス病院騎士団? まさかアル=エルク儀仗騎士団じゃないでしょうね」
「……聖アガサ騎士団だそうっすよ。うちの国の最強の切り札っすね」
マジですか。
ちなみに先ほど列挙した騎士団のやばさを数値化するとこうなります。
1が最低で、いわゆる『無双される側』です。
10が最高で、『目を合わせちゃいけない人』たちですね。
雷鳴騎士団は5。ヨハンネス病院騎士団は3。アル=エルク儀仗騎士団は1。
そして聖アガサ騎士団は『45』くらいです。
弱小国家のジルドニア王国が、国家の威信と総力を挙げ、国内外の猛者と最高の頭脳をかき集めて結集した騎士団です。
長い時間を費やし、聖女への信仰を深く胸に刻み付け、常人がやったら数時間で死亡するような訓練をガチガチに行ってる人たちです。
聖アガサ騎士団の実力は大陸でも五指には入るでしょう。惜しむらく絶対的に人数が少ないのと、彼らを援護する部隊や兵站が貧弱なのですよ。我がジルドニアは弱小国でおさまっているのはそのあたりが原因ですね。
まあ聖アガサ騎士団がいてもグランゼリア帝国の方がぶっちぎりで強いんですけどね。だって竜と人ですから。
このパワーバランスの理不尽さは数世紀かかっても、どうすることもできないでしょう。
「聖アガサを出したら外交問題になるんじゃないかしら。だってあの人たちは……」
聖アガサ騎士団と書いて聖女様決死隊と読みます。万が一にもそんなことは口にされないが、お姉さまが死ねと言えば、本当にその場で死ぬ人たちの集まりです。
我が国の
大学教授や医者、数学博士並みの頭脳を持った、狂信的なゴリラの群れと言えば、危険度がお分かりになられますでしょうか。
「お姉さまに何かあれば、想像もしたくないほどの破壊活動をしますよね、間違いなく。手綱を握れる自信がないのですが……」
「お嬢、本気で頼んますよ。絶対聖女様から目を離さないで下さいね。俺ら黒犬も何人かついていかせますが、聖アガサの妖怪どもと一緒にしないでほしいっすよ。間違ってもやりあえないですから」
胃が……胃が痛いですっ! マリーが察してドリンク状の胃薬を出してくれましたので、きゅっと飲みました。
あああああ、世界はどうしてうまく回らないんでしょうか。
グレイル様の馬鹿! もう胸倉をつかんで問い詰めたいくらいですわ。
「ん……おう、わかった。お嬢、来客です。噂をすればなんとやら。聖アガサ騎士団の連中だそうですよ。お会いになってください」
「無理っていう選択肢は」
「あるわけないでしょう。お嬢はよくても、俺が変な嫌疑をかけられてブチ殺されますから」
こわい。狂信者こわい。
やがて騎士団の方々をマリーが案内してくれました。
「失礼します。お嬢様、お客様二名をお連れ致しました」
「お通しして下さい」
ビターーー-ン!!
ドアを開けた瞬間、騎士が一名私の部屋に倒れこんできた。
「ええええっ、ちょっと、もし? 大丈夫ですか?」
「心配させて申し訳ありません。これは礼拝です。このお部屋はかの尊きお方が訪れる場所。であるのならば、最大限の信仰を捧げるのが信徒の務めと言えましょう」
ご、五体投地だったのですか! メーデー・メーデー、この人おイカレになってますわ!
「た、隊長。畏れ多くも聖女様の妹君の前ですよ。早く姿勢を正さないと失礼では」
「ふむ。しかし直接妹君のご尊顔を直視するのは不敬ではないだろうか」
「あの、話が進まないので普通にしていてください。お願いします」
私の一言で、二人ともそっと騎士の礼を取った。
「某は聖アガサ騎士団、第二中隊隊長のイグナティウス・モルガンでございます。聖女様がお住まいになられる聖域に巡礼できた僥倖、末代までの誇りと致します」
黒い短髪に髭をそろえた筋肉の塊は、そう自己紹介をされました。信仰心とはタンパク質からできているのでしょうか。
「驚かせてしまい申し訳ありません。私は第二中隊の副官、アルフレッド・ネーリングでございます。妹君――リーゼロッテ様にお会いできて光栄です」
透き通るような金髪を後ろで束ね、顔には一房だけ垂らしている。茶色の人懐っこい瞳と爽やかな笑顔が特徴的な青年です。
「妹君のご尊名を呼ぶのは不敬だぞ、アル。いいか、聖典の第三章第二節にだな……」
「あとで承りますので隊長はいつも通り静かにしていてください。事務的な話ですので私が担当いたしますから」
対照的な二人だけれども、人は良さそうですね。アルフレッドと名乗った騎士は軽く私にウインクを飛ばしてきました。どうやら自分に任せろという意味でしょうね。
「陛下よりご下命を受けまして、聖女様の妹君にご報告します。聖女様の帝巡幸が正式に決定いたしました。三日後の聖バシリヌスの休日に王国を出立し、帝国領ブランセルを経由。その後帝都オーレリアに入城する予定です」
「はい、大丈夫です。メモをしていますわ」
道中の衣食住の問題や厠の問題、騎士団以外の随行員の名前を聞いては、私は黒の手帳に書きつけていきます。
「肝心なことを聞いてませんでしたわ。聖アガサ騎士団からの護衛の人数はどの程度になるのでしょうか。あまり多いと……」
「百二十名です」
「はっ!?」
「少ないですかね。やはりご不安でしたか」
「いえいえ。そんなにお越しくださるとは……ちょっと大げさすぎると言いますか」
「第二中隊と第三中隊から選抜した精鋭中の精鋭で護衛に当たります。万が一、いえ億が一にでも聖女様に何かがあれば、我々は全員死をもって償う覚悟を持っております」
お、重っ。割と話せる人だと思っていたアルフレッド様も、目がちょっとトンじゃってましてよ。
「あ、あまり大げさな護衛ですと、お姉さまが民と気さくにお話をすることが難しくなります。お姉さまは常々申しておりました。民衆の生活に寄り添うことこそ責任ある立場の役目であると」
流石に百名越えのジルドニア最強の戦闘部隊が隣国に移動するとか、喧嘩を売っているとしか思われないでしょう。お姉さまの意思のためにも、そして私の胃のためにも、もうちょっと縮小をお願いします。
「それは聖女様のご意思ですか、リーゼロッテ様」
「不敬だぞ、アルフレッド!」
「構いませんわ。よろしければお姉さまをお呼びしましょうか? マリー、申し訳ないけれどお姉さまにご足労いただけるか聞いていただけますか?」
「かしこまりましたお嬢様」
「え、あ、ちょっ」
騎士たちに動揺が走る。まさかそんなにすぐに会えるとは夢にも思っていなかったのでしょう。
ごめんなさいお姉さま。熱狂した人々を相手にするには、ご本尊に出てきてもらうしかないのです。
力の及ばないリズをお許しください。
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