第67話 全てを休む場所

私は「時の加護者」アカネ。

私たちは確かにあの地を割るような轟音を聞き、超巨大積乱雲を見た。

それどころか繭から放散したエネルギーは大気にスパークして、私はそれに直撃すらしたんだから。しかし、ルッソが言うには「未完の白浜」は特別な場所だというんだ。どちらにせよライラとルルさんが無事ならいい。


—ナンパヒ島 未完の白浜—


大地が裂かれ、天が落ちるような衝撃を受けたナンパヒ島。


それなのにこの『未完の白浜』だけはまるで何事もなかったように時が流れる。


そしてここ『ルル診療所』もいつもの日常を過ごしている。


ルッソやプーフィスに助けられたツグミとジェラも今は診療所の住人として暮らしていた。


ライラとツグミは大の仲良しで今日も浜で釣りをしていた。力持ちのジェラは薪割りなどルルのお手伝いをしている。お腹をすかせた皆にご馳走をいっぱい食べてもらおうと料理の腕を振るうルル。


別世界のように平和な時を過ごしていた。


だが、その平和な世界に、またひとり、男が漂着したのである。


桟橋からライラが釣り竿で寄せようとするが届かない。


「ジェラー! また人が流れてきたみたいだよ。頼むよぉ 」


「よし、きた! 任せておけ! 」


ジェラは浜辺からフンドシ姿で海に入ると、木にしがみついたまま気を失っている男を救出し、診療所まで運んだ。


「このひとも何かアカネやツグミと同じ場所から来たのかな? 同じような匂いがする」


ライラは鼻をクンクンさせる。


「ねぇ、ツグミってどんな匂いがするの? 」

「う~ん。ツグミは優しい草の香りがするんだよ。この男の人も同じような草の香りがする」


「へぇ、そうなんだ」


ツグミは自分の腕を鼻でクンクンと嗅いでみる。


「あとね、ほんのりとしょっぱい匂いも」


「えっ! やだよ。それって汗臭いって事? 」

「あははは。違うよ。そういうのじゃないよ」


ツグミは顔を真っ赤にした。


そんな騒がしさに男が目を覚ました。


「..んん....ここはどこ? 」


「あっ、ねっ、大丈夫? 」


ツグミが顔を覗き込んだ。


部屋に射し込む光に目がくらんだのか、男は少し頭を振った。

そして回復する視力の中でツグミを確認すると驚いた顔で叫んだ。


「リン!! リンなのか? 」


「えっ..ええ? 」


手を伸ばす男にたじろぐツグミをジェラが自分の後ろへ隠す。


「この子はリンじゃねえ。ツグミだ」


「そうだよ、この子はツグミ。あたしライラね。あんたは? 」


「わた..僕は ..ライシャだ」


「あっ、ライラに似てる名前だね、よろしくね。ついでにこっちの大きいのはジェラね」


ジェラの脚の陰に隠れているツグミにライシャは声をかける。


「驚かせてすまなかった..ツグミ」


「うん..」


「ところであんた、どこから海に落ちたんだ」


「あ、ああ、それは.. 」


ライシャが言い淀んでいると、食事を運んできたルルが静かに言った。


「いいのよ。ここは休む場所なんだから、何も考えず心を楽にしなさい。ほら、あなたたちも今は部屋から出なさい」


「ルルの料理はね、おいしいよ。心がポワってなるんだ」


ライラはそう言い残すと『釣りの続きをする』と言って、張り切って外へ出て行った。


『あの..早く良くなってね ..ライシャ』


そう言い残すとツグミは先に行ったライラを走って追いかけた。


ライシャは長いこと『温もり』というものを忘れていたことに気が付いた。


「さ、スープを飲んでおやすみなさい」


「ああ、ありがとう、ルルさん」


こんなに素直に人にお礼を言うなど何年ぶりだろうか..そして、何も心配せず、何も考えず、ただ眠った。


ライシャが次に目覚めたのは夜中だった。この数年間こんなに熟睡することなどなかった。


台に置かれた夕食は既に冷え切っている。ひと口ひと口かみしめながら口へ運ぶ。


「うまい、本当にうまい」


それは料理のおいしさだけでなく、その料理に込められた温かさに、自然と涙がこぼれた。


全ての料理を平らげると、ふと自分の胸に手を当てる。


「な、ない!! どこだ!? 」


首に掛けていたペンダントが無い事に気が付いた。


もしかしたら海に落としたのかもしれない..


慌てて白浜に走っていく。


「どこだ! どこに落とした!! 」


白浜を闇雲に探していると、月明りに照らされた海から鳴る水音に気が付いた。


海からあがって来た少女の胸には薔薇色に輝くペンダントが下げられていた。


「リン! 」


「はは、また間違えた。私はツグミだよ」


優しく微笑む少女の顔は大人びて見える。


「あ.. ああ.. 」


ツグミが首からペンダントをはずしてライシャへ差し出すと薔薇色の石は月の光にいっそうと輝いて見えた。


「これ、ライシャさんのなの? 海の中で光っていたから拾って来たんだよ」


「あ、ああ.. ありがとう。これは僕の大切なひとが身に着けていたんだ」


「じゃ、もう無くさないでね」


ツグミはペンダントをライシャの首にかけた。


ライシャは宝石を強く握りしめるとしばらく黙りこくり、そして絞りだす声で言った。


「 ..ツグミ、僕はここにはいられない。ここは僕にやるべきことを忘れさせてしまう。ごめん」


そう言い残すとライシャは『ハクア』へと戻り、海を泳いで去っていった。


その光景をルルは自室の窓から見守っていた。

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