第60話 空っぽの闇

私は「時の加護者」アカネ。

ナンパヒ島が大陸に交接したことを知ったハクアはシェクタ国の西の塔から太陽の国レオの王都へ入った。ついにハクアが目的のために動き出す。私たちと衝突する日も近いかも。


—太陽の国レオ 王都レオ—


「これは、レイフュ陛下、ご機嫌麗しく存じます」


「白々しい挨拶など辞めなさい、ハクアよ。いよいよ、本性を隠すのをやめたみたいですね。私をこのように幽閉するとは」


レオの女王レイフュは地下の貴族用の牢へ幽閉されていた。


「それは陛下が妙な事をされるからでしょう。反政府の危険団体になぜ手をお貸しするのですか? 今、世界は平和ですよ。何の不満があるのでしょうか」


「幼き子供の目を塞いで何が平和なのだ。未来を見つめる子供の目と引き換えた平和など望んでおらぬ。お主らが言う平和など張りぼてに過ぎない」


「これは厳しい言葉ですね」


「この先、どうする気なのです? 」


「まぁ、そうですね。この国の人々に何をしようという事はありませんよ。それだけは安心してください。みなさん平和のままで終わりますので」


「終わる? どういうことです? ハクア! ハクア! 」


女王レイフュの叫びを分厚い扉の向こうにハクアは地下階段を上る。

玉座に戻るとそこにはダル・ボシュンが待ち構えていた。


「久しぶりです、ハクアさん。あなたがレオ国になかなか顔を出さないので、僕はいろいろ苦労しましたよ。でも、やっと面白いものを見せてくれるのでしょうね」


「 ..時が来たらな」


「ふん。そうですか。では、僕があなたの言う『時』をプレゼントいたしましょう」


共に来たブルゲンが扉を開けると、猿轡をされて、手を縛られた結月と、土色の顔色になったマジムがいた。


「結月! なんてことを! 」


ハクアは慌てて結月に駆け寄り、猿轡ときつく縛られた縄をほどいた。


「ダル、なぜこのような事をするのだ」


「いやですね.. なぜか白亜の防具を身に着けたフェルナン国の兵士と一緒にいるし、やたらと質問ばかりして鬱陶しかったのでね」


「大丈夫かい、結月? 」


「ハクア、ねぇ、何をしようとしているの? ハクアは私が孤独でない世界を作ってくれるって言ってくれたよね。それって皆が幸せになれる世界なんでしょ」


結月はまっすぐハクアの眼を見つめる。その瞳は信じているというよりも信じたいと願うものだった。ハクアは傷ついた手首をいたわるそぶりを見せ、視線をはずした。


「ね? うるさいでしょ、ハクアさん? 」


ハクアの様子をいやらしく観察するダル・ボシュンが口をはさんだが、それはどうでもよい事だった。


「 ..ああ、そのとおりだよ。結月」


ハクアはこのひと言を言葉にすることで精いっぱいだったのだ。


「よかった。マジムさんを治してあげて.. 」


そう言うと結月は気を失った。


「ブルゲン、そのマジムという男に何をした? 」


「はっはっは。特に何という事ではないです。私の毒を少しね」


「今すぐ、治すのだ」


「ハクアさん、冗談でしょ? きっとこの男は密偵ですよ。それにこのままの方が利用価値がある」


「利用価値だと? 」


「なに、死にはしません。ちょっとした保険ですよ。たぶん役に立ちますから」


「わかった。では結月は快適なベッドに連れていけ」


ダルとブルゲンは顔を見合わせる。


「私は結月を休ませろと言っているのだ。私の言う事が聞けないのか? 」


ハクアの目が白く光るとブルゲンは結月を抱きかかえて玉座を後にした。


「ダルよ。いよいよ第一段階に入る。お前も好きに暴れるといい。明日に備えてお前も下がれ」


「はい。かしこまりました。しかしひとつ良いですか? 」


「なんだ? 」


「勘違いなさらないでほしい。僕は暴力が好きではない」


そう言い残しダル・ボシュンは部屋を後にした。


「ダル・ボシュン.. 」


***


ハクアはダル・ボシュンを仲間にすることを躊躇していた。それはダル・ボシュンの心には、どす黒い感情しかないように感じたからだ。まるで結月と正反対だった。孤独のない幸せを世界に望んだ結月。国の英雄としての誇りを捨てきれぬバンク。


ダル・ボシュンはその2人とは全くの異質。


国の地図にも載らないゴミ溜めの中に、ゴミをあさり泥水をすすりながらただ生きてきたダル・ボシュン。身体は重金属中毒となり僅かな栄養さえも体は受け付けようとしなかった。

痩せ細り少し動けばその場に倒れる。奴が世の中で嫌うものは自分自身の身体だった。それ以外はどうでもよかった。


いや、混沌の中、「世界」がゴミ溜めの中に捨てられることを望んでいた。


私はダルが同じ方向を向いている者と勘違いしていた。奴はどこの方向も向いていないのだ。


ダル・ボシュン、やはりあいつは警戒する必要がある。


ハクアはベッドに寝そべると隙間風に揺れる炎を見ながらそう思った。

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