第42話 島の守護者
私は「時の加護者」アカネ。
特別アイテム「シドの羽根」を水に浮かべると、羽根はポルミス島にいるセイレーンのいる場所を指し示す。私たちは、迷うことなく羽根を信じて船を進める。
—海~ポルミス島—
北へ向かう海流に少し揺られたもののカームタップに比べれば何てことはない。そう思っているのは私とシエラだけだったようだ。
ライラの研ぎ澄まされた感覚にはこの揺れは少しきついようだ。
「ライラはだらしないなぁ。俺なんか平気だぜ」
ラインが自慢げに言う。
いつもだったら反論もするライラだが、目がグルグル回ってそれどころではない。
「お兄ちゃんの言う事なんか気にしなくていいよ」
そんなライラを介抱するのはソックスだった。
あまりに酷い状態なので『時の空間』を開き、ライラを連れてその中で休むことにした。
しばらくすると、ライラの状態は改善していく。
そういえば、こうしてライラとゆっくりと2人で過ごすことはなかった。
良い機会だ。
私は「時の空間」の中でライラやロウゼがヴィタニマ村でどのように過ごしていたのかを聞いた。
ライラの話だとロウゼの心の中は、いつでも贖罪の気持ちがあり、自分だけが幸せを求めることに抵抗を感じていたようだ。
自ら罪滅ぼしをすることはなかったが、「元の民」に酷い目にあった者に出会ったならば、ロウゼは罵詈雑言を黙って受け止め、そのものが殴りかかって来たならば、よける事なく打たれたという。
普通の人ならば、ロウゼを殴ることに虚しさを覚え、唾を吐きかけて去っていくのだが、質が悪いのが無法者たちだった。
ガゼ、ロウゼ、ミゼの3人といえば、かつては無法者の絶対的存在で、小悪党などは、ゴマを擦って寄ってきたものだった。
だが、ロウゼが手を出さないで殴られ放題と聞くや否や、そういう下衆な奴らほど、砂糖に群がるアリの様にやって来るというのだ。
そいつらは、ロウゼが仕返ししないとわかると飽きるまでやめようとしなかった。ロウゼはそのせいで生死を彷徨うほどに寝込んでしまったこともあったというのだ。
「そうなんだ。まるで聖人みたいに心を入れ替えたんだね」
「だけどね、あいつら、自分が飽きても次から次へ知り合いの悪党どもを連れて来るんだよ。そいつら『俺の妹の彼氏の弟がお前に殺された』とか嘘くさい事を言うんだ。あの時は、悪そうな奴ら12人が、わざわざヴィタニマ村までやってきたんだ」
「そうなんだ。大変だったね。ロウゼはそんな奴らの暴力も敢えて受けたのね」
「ううん。ぶっ殺したよ」
「へ? .... 」
「あのね、パパが寝込んだ時、『パパがいなくなったらライラはどうやって生きて行けばいいかわからない。ライラも一緒に連れてって』って泣いていたことを覚えていてね。『あいつらよりもライラの命のほうがはるかに大切だ』と言ってくれたんだ。やっぱりパパは最高だよ」
「あ、ああ、それはそうね.. 」
「でもやっぱり慈悲深いかな。2人ほど『子供がいる』って理由で許していたもん」
海流を超えた頃合いを見計らって『時の空間』からでると、ものすごい衝撃で船が揺れた! はじき飛ばされて操舵室の壁に頭をぶつけた。
「痛ててて..なに? これってカームタップ以上の揺れだよ! 」
「アカネ様、僕はあんな奴、初めて見ました。あいつ僕の瞳を覗き込むように見てましたよ」
いったい何のことだろうか?
シエラのこめかみから汗がにじんでいる。それだけで普通の事ではないことがわかった。
「お嬢さん方、こいつぁ、この俺も噂だけしか聞いた事がなかった奴ですよ。奴は伝説の海獣プーフィスだ」
ビアス船長がそう言うと同時に、まるで大きな塔がそびえ立つ様に、白い鯨が海から天へ向かって登り立つ。
白鯨は空中で身をひねると、その金色の目で私たちをひとりひとり確認してから、水しぶきを上げ海に戻る。
「あいつ、私の事を見たよ.. うっ.. また気持ち悪くなってきた」
激しく揺れる船にライラの船酔いがぶり返した。
「ライン、ソックス、ライラを連れて操舵室の奥の部屋に入っているんだ! 僕が呼ぶまで出て来るな! 」
3人は操舵室のドアを開けて中へ避難する。
「ビアス船長、あいつは何なの? 」
「プーフィスは王国ポルミス、いや、動く孤島の守護者と言われとる。奴が現れたという事は、いよいよ始まるのだ」
「始まるって? 」
「島が大陸にくっつくんじゃ。ポルミス島は十数年に一度の割合で大陸に着岸する。奴が現れるのはそういう時だ」
「じゃ、ポルミス国は近くにあるってことなんだね? 」
「そうじゃな。この先にあるはず。だが、その前にプーフィスはこの船を破壊するつもりじゃて」
「なら、僕が奴をやっつけてやる。ご丁寧に眼(ガン)まで飛ばしてきたんだ」
「いかん! あんたらが凄い力を持っているのはわかる。でも、殺してはいけない。奴を殺せば島が崩壊してしまうのじゃ」
「どういう事? 」
「説明している暇はない。もうすぐ奴がこの船に体当たりするに違いない」
「どうする、シエラ? 」
「 ..仕方がない。私はアカネ様を守る役目。あいつが攻撃してくるのなら.. 」
「シエラ、加減してあげて」
シエラは返事をしなかった。海が大きく盛り上がると、意外にもプーフィスが全身を露わにした。そして遠くからまたその金色の瞳で私たちの瞳を覗き込んでいる。
その姿は何か迷っているようにも思えた。
しかし..
「アカネ様、あいつ突っ込んでくるつもりです」
「 ..く ..仕方ない、あそこまでジャンプして蹴り飛ばすしかない」
巨体が凄い質量の水を押しのけながら一直線に突進してくる! 押し寄せる波に船が持ちそうにない! 先に転覆してしまいそうだ!
その時、向こうの空から凄まじい速さで何かが飛んできた。
それは翠に輝く軌跡を描いている。
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