第33話 格闘センス

私は「時の加護者」アカネ。

鍾麗衣の塔を前にしてソルケとの闘いが終わった。地面に液状化現象を作るという力技で。そしていよいよラヴィエを迎えに行こうとしたところにラヴィエ、カルケンさん、そして白亜幹部のバンクの姿があった。バンクの姿を確認したシエラは闘神の心を抑えることが出来なかった。


—王都フェルナン 鍾麗衣の塔—


トンファーとはL字型の棒を両手に持って戦う武器だ。80年代のカンフー映画ではよく見られた武器だった。


だがバンクはトンファーを使っていても闘い方はカンフーとは少し違っていた。トンファーはあくまでも防御として使うのみで、攻撃は9割が脚だった。ほとんどは急所を狙い撃ちするような蹴り技であり、その脚も膝関節の部分から変幻自在に変わる。


ブラジルの奴隷たちが身を守るために生み出した踊りの中に技を隠して発展させたカポエイラとは毛色が違う。


まぁ、シエラの使う格闘技はカポエイラという概念だけでは収まらないのだが。


シエラの体制を低くして繰り出す上半身への蹴りはトンファーによって防がれている。本来の力を最大限に出せばトンファーごと打ち砕くだろうが、万が一、よけられた場合には大技の後の隙に付け込まれ、必殺の一撃を入れられてしまう。


バンクの脚は上下へ変幻自在に対応し、シエラが脚技を繰り出そうとリズムを刻むとそれに同期する。そして攻撃前のわずかな休符を見つけるとそれに合わせてカウンターを放つ。


シエラは何度かそれにより吹き飛ばされている。だが、その都度、ロウゼのグレイブで直撃を回避している。


一度、間を取る。


「俺の蹴りの方が直線的な分早いな」


バンクはそう言うとにやけた。


シエラはそんな話に耳を貸さず、グレイブを握り地面を何度か叩いている。


あの槍をどのように使うのだろうか。瞬間、シエラがグレイブの柄を地につけ高跳び選手のように飛び上がりバンクの頭上を越える。


「馬鹿め! 」


着地を狙われると.. いや、シエラは先にグレイブを地面につけると柄を掴み、それを中心に凄まじい回転脚を繰り出した。素早く身をかがめるバンクだが、着地したシエラが、その回転運動をそのままグレイブに伝えると、今度はグレイブと回転脚の複雑な攻撃が繰り出され、バンクの顎をかすめる。


後ろのけぞるバンクがその勢いのまま後天しながら蹴りを出すが、その動きを予測したシエラの側転脚がバンクの脇腹をとらえたかに見えた。


甲高い金属音がするとバンクはトンファーによりシエラの蹴りを受け止めた。


「ぐっ..なんだ?この複雑な攻撃は.. 」


シエラの動きはまだ止まらず背中でグレイブを回転させるとその勢いに任せて斜めになったコマのように予測不可能な動きで攻撃を仕掛ける。


「すごい! 変幻自在だ」


私は思わず呟いたが、それを否定するかの如くロウゼが言葉を重ねた。


「アカネ、シエラはまだグレイブの重心と自分の重心の合致点を見ているだけだ。本番はここからだ。あいつはそんなに死闘を長引かせるタイプではないからな」


シエラがまたグレイブを見ながら何かを思いついたような顔をした。


その瞬間、柄を軸に脚の残像という花が咲き乱れては移動し、やがて凄まじく回転する。刃の光と花が混ざり合いながら地面を物凄い速さで移動していく。この速さに避けきれないとバンクはトンファーを構えながら前に出た。


トンファーで一瞬でも動きを止め、その隙に必殺の蹴り技を繰り出そうと思ったのだろう.. 2人が交差した瞬間、バンクの血しぶきが吹き上がるだけだった。


光と花と赤い血しぶきが、まるでひとつの絵画のようであった。


右左上下から一斉に攻撃されたバンクの身体はひしゃげたように吹き飛んだのだ。


そして天高くに弾かれたトンファーは、とっくに勝負がついた後に地面に落ちてきた。


「ぐ、ぐふぅ..立て..俺の脚..」


自分の脚を叩きながら血に染まったバンクが、立ち上がる。


だが顔から突っ伏せるように再び地面に倒れてしまった。


シエラがバンクに近づくと、上から見下ろした。


「ガッ..はは..やはり凄い。俺など..相手になるわけがなかった.. 」


「当たり前だ。僕は闘神だ。グレイブがなくてもお前を倒すなど雑作もない」


「き、厳しいな。だが..死闘はそうでなくては..な」


バンクはそのまま気を失った。


「アカネ様、どうでした? 」


シエラはこっちを向いてニカリと笑ってみせた。


私はバンクから解放されたラヴィエに近づこうと歩を進めた。


背中を向けた。ラヴィエは背中を向けたのだ。そして、そのまま少し傾いた塔の中へ戻って行ってしまった。


な、なぜ!?


執事長のカルケンさんが近づいてきた。


「お久しぶりです。アカネ様」


「 カルケンさん.. 」


「 ..アカネ様、あなた方がこの塔に到着する前に、既にジイン様の一報が入ってきました。ラヴィエ様は、この数年、ずっとあなたに会いたがっておいででした。しかし.. どうか、今のラヴィエ様の心情をお察しください」


あぁ.. そうだった。王殺しの汚名とはそういうことだったのだ。


「ラヴィエ.. 」


「しかし、お嬢様はこう申しておられました。今度、会う日は笑顔で会いたい.. そして『時の加護者を信じている』と」


「アカネ様、早いところ白亜をやっつけちゃいましょう」


「相変わらず、言う事が単細胞だな.. シエラ」


そう言ったのは、ツグミに腕を治してもらい、目を覚ましたソルケだった。


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