第9話 船

私は「時の加護者」アカネ。

タイサントの中央部、ドライアドの森から沿岸にあるレンパス村に向かう途中。私たちはある女性と出くわす。彼女はカレン調査団を案内していたラチャグさんの娘ノラさんだ。ノラさんの話だとラチャグさんはすでに亡くなっているという事だった。


—南極タイサント レンパス村—


「あの.. ノラさん、私.. その.. 」


「なに? どうしたの? 」


ノラさんの黒馬にツグミを乗せ、港に向かう途中に、私は心に秘めていた疑問を口に出す決意をした。それはラチャグの死についてだ。


「ノラさん、こんなこと聞くのは気が引けるんですけど、ラチャグさんって.. ラチャグさんはもしかして、私たちの何かに巻き込まれて亡くなったのでは? 」


私は私の知らないところでいろんな人が巻き込まれていた過去の出来事を思い出していた。


「ぷっ.. ぷはははははは。なんだ、あんた、そんなこと気にしていたの? 違うわよ! 父さんはその晩、母さんとの馴れ初めを語りながら酒を飲んでいたわ。もう何度も聞いた話だけどね。そして機嫌良く布団に入った。でも翌朝、起きることなかったの。原因はわからないけどね。前の日は母さんの命日だったから、白い馬が迎えに来て、父さんも白馬になったのかもね。だから巻き込まれたとか、そういうのないから」


「そっか。よかった。 あ、ごめんなさい」


「いいのよ。このタイサントの地では、死は無になる事ではないのよ。人間の時を終え、また新たな始まりを迎える。魂は変えて続いていくのよ」


宗教について考えたことはほとんどなかった私にとって、この時ほど、人の命に対する尊厳を感じたことはなかったかもしれない。


馬の上を見るとツグミが暖かな陽気にウトウトし始めていた。ツグミを馬から降ろし背負うと、その温もりが背中に伝わる。


これが命の温もりそのものなのかもしれないと思った。


港に着くまでにノラさんはこの6年の間にタイサントで起きたことを話してくれた。


それはこのタイサントに大陸の人間が訪れることが無くなったという事だった。大きな政治の力が働き、人々の渡航の制限がされ、渡航許可がない船は全て破壊されたというのだ。このレンパス村をはじめ、南極タイサントにある大型船は問答無用に破壊されたというのだ。


そしてラチャグさんからノラさんに伝えられた事とは、そんな状況のタイサントから私を大陸へ連れ出すという事だった。


港に着くと一艘の船がある。


「さっ、これに乗って」とノラさんは船を引き寄せる。


それは小さな手漕ぎの船だ。


「ノラさん、もしかして、これで大陸までいくんですか? 」


「そ。そしてな、この櫂をしっかり握って力強く漕いでいくんよ。エッサ、ホッサ、エッサ、ホッサ。そうすればカームタップなんて、なんのその!って、そんなわけあるかいっ! 」


ノ、ノリ突っ込みがこの異世界にもあった!


「いいから、この舟に乗って。これからあなた達をある人物に合わせるんだから」


そういうとノラさんは不敵な笑みを浮かべた。


ノラさんが言うには、この南極タイサントの港という港には、王国ギプスの巡視船が月に1回くらいのペースで港にある船のチェックをしていく。


そして、巡視船には白亜の兵士が乗っていて、新たに造った手漕ぎボートさえも厳しく審査されるそうだ。


ラチャグさんは、彼らは中央のサイフォージュの森に潜む力に警戒し、タイサントに人を寄せ付けないようにしていると言っていたそうだ。


舟は海から河口を上っていく。その流れはとても緩やかで、河辺にはサイフォージュの木々がマングローブのように姿を変えて繁っている。


木々は全ての音を遮り、聞こえるのはわずかな水のせせらぎと時折跳ねる魚の水音だけだ。


「さ、着いたよ。アカネ様」


「え? 着いたって? 」


周りを見渡してもあるのは大きな川とマングローブの森だけだ。


私の腕の中で眠っていたツグミが目を覚まし、マングローブの木に手を伸ばすと、枝に付く一枚の葉を指で突いた。


するとハラリと一枚葉が落ち.. 二枚、三枚と葉が剥がれ、やがてそれに続くように次々と葉が舞い上がっていく。


いや、それは葉ではない。


葉や木々にカモフラージュした永久蝶の群が、今、光を放ちながら一斉に飛び立ったのだ。


全ての永久蝶が飛び立った後、巨大なカレン調査船が姿を現した。


「ようやく来たな。長い事待たせやがって」


船の上にいたのは懐かしきラオス船長だった!

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