ふと気づいたらカクヨムリワードが割と温情あるようになってた件
ウゴカッタン
第1話どーもカクヨムリワードは無理ゲーって言ってた人です
あれから幾年月か経った、今ではさほどPVを稼ぐことに躍起にならずとも、なんとなく日記書く感覚でもいけるんじゃね? リワード獲得難しくないんじゃね? って感じになってる、良いことだ、今回はそんなカクヨムリワードに関してですけど、
どうやらなんですが、あんまりにも短い文章だと評価が低いってのはあるみたいでして、ええ。
ということはある程度の文章の長さ、尺が必要ってことなんですけど、僕が調べた昔の無理ゲー時代のカクヨムだと、大体、一話7000字程度あると、リワードに換算されるアドスコアが丁度良い感じだったって感想ですね。 7000字よりめちゃくちゃ多くてもそんなにアドスコアは増えないし、700字とかだとあんまりお呼びじゃないって感じではあった記憶があります。
ちょっとカクヨムに慣れてるユーザーさんからすると、一日7000字っていうのはけっこう大変ではあるんですけど、考えてみれば400字詰め原稿用紙を10枚と七枚半ってところ、十七枚半の紙の厚みっていうと、そら手書きで毎日やろうとしたらちょっとした文豪ってなもんでも無ければできないですけど、タイピングになれた諸兄方、お姉様方からすれば、一分間に100字も打鍵出来れば、70分あれば完成します。 まあ実際、一分間に100字というのが早い方なのか遅いのかというのは分かりませんけど、一秒一字っていうペース自体がほどほどの指の運びだと考えれば、決して悪い方じゃありませんし、昨今では予測変換機能を使い、また小説に登場する人物、固有名詞などを頻繁に使ったなら、タイプする時間を短めにやることも出来るわけです。 RPGのゲームに登場するモンスターの名前を列挙するように並べていって、それぞれトーナメント戦をさせて、その戦いの様子を実況解説したりしたならば、たちまちタイプのスピードであっちゅうまであります。
なので一時間でどれくらいタイピングできるかやってみたらそれだけでも、何か収穫があるんじゃないでしょうか?
正直、頭の中で考えてる事をつらつらと綴るだけで400字原稿用紙詰め二枚は固いんですが、その先をやろうとすると難しい、でもまあ、考えようですよね、二枚で終わらせて、二枚を始めてを繰り返せばいいということです。
ということで文章量の話はいったんここまで、
ここからはアドスコアに関してですけど、基本的には文章が多ければPV数があればあるだけそれだけ反映される仕組みなので、定期的に描いて、色んな作家さんと交流したり自主企画回したり、もしくは作家業が成り立つくらいのネームバリューがあればそこそこアドスコアでお目こぼしいただけるくらいの力はついてくるものと思います。
ですが七千字をたてつづけに毎日書いていくというのはそうですね、一時間じゃできない百分あったらそれなりにできるかなってところですね、ほんじゃあ毎日一日あたり七千字書ける人ってのはもう作家業やってる前提位あります。
そういうことなので一日七千字は目指すほうが難しいということはおわかりいただけたでしょうか?
じゃあどうしたらいいのってなりますよね、単純に七千字毎日続けて毎日10PVくらい出来ればカクヨムリワードで500円月一回貰えるかもワクワクってしてるところで、素人はそんなに文字書けないですね、終わり。 とか言われてもまず真顔であっハイ、素人は書けませんで右向け右のうちに日々の雑務へと踵かえして戻っちゃう人が多数です。きびすかえしてもどっちゃうひとがたすうです。
ここで長文を描く時の簡単な方法をお教えしちゃいます。簡単ですよ?
別に秘密でも何でもないんです。 要するに文章というものをひとまとまりのブロックとして見れてるかどうか、という話になります。
マニュアルを読んだことある人なら分かるはずです。 マニュアル、あるいは説明書、時に仕様書きともいいますが、大半の物事というのはどういう成り立ちで出来ていてその沿革から変遷まで色々と話すことがありますが、物語には起承転結と言われがちなところを、文章を書く際にはブロックごとに何かを説明して考えればいいんですよ。
ではブロック文章作法をあらわします。 たとえば七千字を書く時に一つの物事を七千字かけて書くのはたんなる間のばし尺稼ぎでしかなくて、書くほうも読むほうもグダグダですが、このはなしはここで終わる、次のブロックに移る、というように文章を短いまとまりとしてそれぞれを示すと途端に何となく読みやすくなる気がしませんか?
しませんか、でもどうでしょう? ひとつひとつの事柄をつづりながら、ブロックの最後に読者の皆さんを意識して何かをたずねるように文章を書くと、相手との会話を意識した構文に知らずとなっていきます。 そして何よりこのブロックでは読者に向けて話したかったことがあったんだなとなんとなく、あとで見返すときに文章をまとまりとして認識し、参照しやすくなる。
これがブロック技法というものです、時に人に尋ね、反応を待つような文章をつづり、次のブロックへ誘導していく、こういう繰り返しで出来ています。 時に小説や物語、文字媒体は筆者が好き気ままに自分の脳内を列挙し羅列するものとされ散文なる言葉もあるようにまとまらないものではありますが、文章を書くというのは決してそれだけではありません。
誰かに向けて、あるいは少し未来の自分に向けて、今を記録し、過去を精査し、未来を想定して進めます。カクヨムリワードを獲得したいというのもこのブロック技法によって分割し、段階を経ることで前に進めることが出来ていきます。 決して無計画に今があるわけではないのです。すべては積み木のように作りたい立体のお城であり家であり少しずつの積み重ねで完成を目指す、そういった性質があります。
では、ブロック技法の核心に迫ります。ブロック技法の基礎である相手を意識して文章をまとまりとして相手に問うたり投げかけることは出来たと思います。 これが出来るようになると互いに文章を精査しあって意見を交換しやすい取っ掛かりが出来ますし、なにより文章校閲における編纂作業の時にこのブロックを省いて、このブロックを簡潔にするとか、文章の組み方をあとでいじる時にも気安く、読む時にも手掛かりが沢山あることになる、これが基礎であります。 で核心でしたね。
ブロック技法の核心、それはブロックの色を塗ること、指定することです。
何言ってんだこいつとなるかもしれませんが、まず色について想像してみてください、一年は十二カ月四季折々の彩りがあります。 もしあなたが日記を書くとしたら季節の折に始まりや終わりに沿ったその時々の事物、草花、生き物のことをパッと思い浮かべて書くはずです。
もちろんイベントでも構いません、年末年始はいかがお過ごしでしたでしょうか? そういったなんとなく日々生きていて節目節目の区切りというものに想いを馳せると、あら不思議! 今まで地繋ぎに遺伝子のコードのように長々とあったものも、その時々の語句で区切られて論じることが出来ると分かるはずです。
なぜ小説を書く時、自主企画を始める時、課題をする時、テーマを決めるのか、それはテーマ自体が色を決めてその色の旬の素材を集めるための前準備というところだからです。 無論、何を書くのか分からない時にただ漫然と書き連ねてみても悪くないものです、ただしそれは原稿用紙二枚程度が限度です、それ以上になるとだんだんと最初にあったイメージが色あせて感覚が鈍麻しうまく指先と頭が連動しなくなってきてしまいます。
そう、これは頭の体操、連想ゲームのことを指しています。 ブロックを扱ったパズルゲームともいえます。 降ってわいてくる同じ色のブロックを集めると消すことが出来るという、ただそのルールに従ってひたすら同じ色のものを集めるということになります。
文筆活動を孤独なマラソンに例える人は多いのですが、実際は違います、日々走り続けるスポーツ、負荷を重くして挑戦する競技のようにハードルを高く見積もってしまった時点で文筆活動の初歩からはかけ離れてしまいます。
文筆活動はどちらかというと採集生活です。 農業とも違ってきます。 ただ漫然と転がってる言の葉の果実を拾い集めて、なにかに使えないかと思案したり、自分の情熱の薪となる小枝を拾い集めて、暖を取ったり様々です。
その大半は色を感じるために照らして灰色がかった世界を彩っていく作業に似ています。
ここまででなんとなくブロック技法が理解出来てきたと思います。
そう色ごとにブロックを集めていき構築し、大きなまとまりを作っていくこと、これが文章の一つの作法となり、そしてそのまとまりを作る時の法則もまた、小さなブロックにまとめた色を組み合わせていくことになります。
色と表現したものはテーマと呼ぶことも出来ますし、ブロックを小さい単位でとらえたならお題、というわかりやすいものにすることができます。単純に十個の単語だけでも似たものを集めてきて、と言われたらただ単純にそれを行い、その十個の単語を結び付けてお話を構築する。 今からやってみましょうか?
一行式を行います、一行の頭に描かれたものに続く文章を綴って、それぞれの色を一つのブロックにしてください、まずは一行を四つ、合わせて四行へ単語を置きます。
雪、
窓、
靴、
泥、
では一行式を始めます。 ブロックを構築します。
雪の降りしきる中随分と進んだものだがふと暗い中で目にしたものは、
窓の明かりの中にあたたかさを感じたが、それは私にとっては遠く内と外、
靴を止めることは出来なかった雪でぬれた足先の感覚は無い足の先に灯りは無い、
泥へと進んでいく、決意でも怠惰でもない、ただあまりにも雪が重く降り積もる。
これがブロックの基本です。
このブロックを作品内の的確な場所に置くことによって、作品を彩ることが出来ます。ブロック技法は基本的にこれの繰り返しと反復で構成されていきます、ただしこれは純粋には語彙の限界に挑戦していくものであり、語彙が豊富にありボキャブラリーを一定に保つことが出来るからやれる芸当です。
小説を書く場合、何かテーマを決めて書く場合は前に記したとおり、マニュアルのように起承転結や始まりから終わりまでの流れを決めていくかもしれません、
ただその場合でも一行式と何ら変わりはありません、ようするに、一行式の頭文字を物語にそぐった形に形成すればいいだけです。
その方法もお教えします。
一行式の頭を一文としてそこに規則と法則を付与します。
いつ、どこで、だれが、だれと、なにをした?
五つの流れをもって色のある語を一行式とし並べ、ブロックを形成します。
では一行式を始めます。
時は1988年、
アメリカで、
エンキドゥが、
ダンサーと、
一杯あおった。
五つの行式を形成したのち、このブロックを色ブロックのまとまりとして保存します、保存された色ブロックは任意のタイミングで再起し、また別の場所に加えてブロックを組み合わせて七千字を形成してください、ではブロックを形成します。
時は1988年、それは筆者が生まれた年の事である、その年はアニメが豊作だ。
アメリカではどうだったのだろうか? 少なからず互いに影響のある産業だが、
エンキドゥがシュメール・アッカドの碑文から出てきたような頃合いでもある。
ダンサーと鉢合わせしたエンキドゥは昭和と平成が酌み交わすこの年に、
一杯あおった。その様子をグラスは記憶していたが、すぐに洗われ清められた。
ブロックの構築に成功しました、ですが、言葉の因果を結ぶに一行では難儀であり、時として一行からはみ出てしまうこともあるでしょう。
それでいいのです。
一見して関係のない語句の組み合わせがたまたま連想で結び付いただけのこと、それを何度も繰り返しながらあるいは違う色を加えながら、まったく灰色にならないように情緒や情景を少しずつ学び、また色を加えていく。
採集した色を新たに加えていくことで、常に足していくことで、ブロックと色の枯渇を避けることは出来ます。
ですが私たちが求めているのは色やブロックの枯渇を防ぐこと、でしょうか?
そうブロック技法では時として表現できないことに遭遇します、それは自由に文章を構築しているようでも、当人が意味を見出せない文章につながりを見出せない、つまり色が弱いということになります。
たとえばあなたが知らないエンキドゥという人名をいくら並べたとしても、それは色として弱いです。 それであったら雨、ただその一言を指せば傘でもさしてやろうかと思います。 これはどういうことなのでしょうか?
いつ、どこで、だれが、だれと、なにをした?
たった五つのことを示すのにも情景が必要です、色が豊かに見えたころの雪から始まる一行式のブロックを参照してください。
つまり、1988年で連想する範囲が広すぎて人によって色が曖昧であることが第一の問題です、そして続く語中に連想したアニメという言葉が出てきますが、このアニメに関連したものを続けることが出来ていません。 エンキドゥがアニメに登場するのはFGOという作品が認識されたあたりですし、その前はFF5というスーパーファミコンで出たRPGゲームの敵役としてギルガメッシュと一緒に登場したことは記憶にある人にとってはありますが、アニメとエンキドゥと1988を結び付ける因果関係が弱く、それぞれの色が伸びてグレーな状態だと認識してください。
一行式の弱点をお教えします。 それは単語の色を伸ばすため、複数の色が加わった時に色が損なわれグレーとなり色が濁り、焦げ茶色に文章の流れとブロックが染まってしまうということです。
もちろん、焦げ茶色のブロックはチョコレートを連想して面白くはありますが、チョコレートも色があることでその味を連想することが出来るものであり、いちごチョコレートを愛す人、チョコミントを愛す人、というように連想できる色で味と嗜好が変わってきます。 いつもいつもチョコレートだけを選択していては、他の色を扱うことが出来ません。
たしかに文章の性質は白と黒のコントラストであり、白黒混ぜればグレーです。
ですが彩度を感じることが出来る文章というものはあります。
中には湿度、湿り気を感じる文章というものもあります。
何を感じさせたいかをはっきりさせれば、ただ単純に文字や単語を羅列させるだけでなくテイストを決めていくことが出来、カレー味の文章を仕立てることも可能です。
ただこのブロック技法において色を強く感じる際に、あまりに色のことを単純な性質や属性と定義しないでください、どういうことかはわかるかもしれませんが、青というと水を連想するから水に関連したものを並べがちになりますが、青い炎は赤い炎よりも温度が高く時として水を沸騰させます。 沸騰した水はホットウォーター、暖色は赤色やオレンジ色といった明るいイメージを持ち、寒色の中にとどまってるだけではありません。
色が変わることでその色を強く意識できるということでもあります。
先に言ったとおりに文章は白黒のコントラストであり、物事のオンオフで舞台は切り替わり先に進みます。
それは例えば、青から連想された水が青いガス火によって沸騰してお湯に変わったあとに広がるこたつでの団らん、日本茶の味のようなものです。
あたたかいものが飲みたいのは何故か? を追求したならば、それは寒いから冷えているから、冬だから、と幾らでもファクターを連想することが出来るでしょう?
文章を書く時、読む時にもっとも意識しなければならないルールがあるとすれば、それは連想できる事物がわかりやすくもあり、同時に広がりをもっているということです。
1988年と言われて沢山の事物を連想できる人は、その時代になじみがあり実際に生きた時間を持つからとなりますが、意外と年単位の出来事すべてを覚えてる人は少ないものです、つまり読む時書く時のルールであるところの連想できる分かりやすい事物とは言いにくいということなのです。
同時に広がりを持っているというものは、つまるところせぼまったところから広げることが出来る傘のような構造をもつものであるということです。
普段は閉じて持ち運ぶことが出来るコンパクトさが傘にはあり、その傘をさらにコンパクトにすれば折りたたみ傘になります。 本来、傘は折り畳むものではなかったのかもしれませんが、知らずと折り畳めるようになって傘をすぼめるという言葉もあるくらいです、しかしさらに折り畳み傘は傘をバックの中にしまっておく、ということさえ可能としました。
そしてそれらの傘の持つ特徴は広がることで雨を凌ぐことが出来るということです。
むしろ言葉を雨あられのように思考を雨あられのように錯綜させなければ答えることのできない事象に対して傘を一本持って出ることが出来るようになった、そえrは連想できる事物を目標を設定したのと同じです。
雨の日は外に出ないのが一番、という答えに対して雨の日でも出かけられるなら行ってみようか、まで前向きに進むことが出来ました。
さてだいぶ脱線しましたが、言葉のブロックの持つ色を意識することが出来たなら、あとは言葉のブロックをまとめてそれぞれ組み合わせてトライしてみてください、知らずと七千字は近いものかもしれませんよ?
目指せ!カクヨムリワード獲得! ということで今日のところはこのくらいにて。
ふと気づいたらカクヨムリワードが割と温情あるようになってた件 ウゴカッタン @kak16kyou
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