【第1部 完】第75話 永劫
ダンテはあてもなく白と黒の道を歩いていた。細い道に柵はなく、見上げても見下ろしても黒い領域と白い領域しかない。
黒い領域と白い領域は絶えず動いていて、足元が見えなくなったと思った次の瞬間には視界が開ける。どこに光があるか分からない。
ダンテは自分の影がどこにもなくて恐怖した。
のっぺりとした白と黒が延々と続いていく。
やがて最奥らしい領域から、不規則だった白と黒が一定の間隔で並び始めた。白が膨らんでそれに合わせて下の黒がたわんで、花弁とその陰のような形になっていく。
白に見えるのは小さな人々の生気をなくした手足だった。黒に見えるのは大小様々に織りなすラトーの塊だった。
自動装填される砲弾のように花弁が回り始めると、その後ろからまた新しい花弁が回り始めて白い薔薇の形を成していく。ギーッと機械的な音が鳴り響く。
回るほどに薔薇は大きくなり、空間を飲み込んでいく。
白い薔薇は黒い陰すら巻き込んで、神々しく光っていた。
花弁が波打ち、規則正しく明滅する。
その度にザシュッと何かを斬り刻む音が響き、白い光の奥で赤い何かが蠢いた。
この光を、熱を、覚えている。
十年前、レトリアが花から目覚めたときに空から降り注いだ光だ。
そして、二十年前、朝食を食べている最中にテレビで見た、遠く離れた国同士の戦争で使用された光学兵器も同じ光だった。
いや、三十年前、生まれたてでまだ物心もついてなかった頃、おぼろげに残っている景色を染めたのも同じ光だった。
ずっと、同じ光が目を越えて脳裏に焼き付いている。
強烈な既視感が、ダンテの衰弱しきった身体に吐き気を
光の波が生まれては消えていく。
“主は言われた、「わたしはわたしのもろもろの善をあなたの前に通らせ、主の名をあなたの前にのべるであろう。わたしは恵もうとする者を恵み、あわれもうとする者をあわれむ」。”
“また言われた、「しかし、あなたはわたしの顔を見ることはできない。わたしを見て、なお生きている人はないからである」。”
旧約聖書 出エジプト記 33:19-20
“近うして見難きは我が心 細にして空に遍ずるは我が仏なり
我が仏は思議し難く 我が心は広にしてまた大なり”
『秘蔵宝鑰』 空海
『神は永遠にして不変で、完全にして無欠であった。
──聖典 第1章 第10節
この世は薔薇、咲けども咲けども棘のまま
第1部『起動』 完
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