第8話 キラーブレイク・4

「返り討ちにされる方に百円」

「荒宮さん安くない?私は、そうだな…。美郷先輩もおっちょこちょいに明日の食事当番」

「おいずりーことしてんじゃねーぞ愛花」

「いいじゃん。あ、飛鷹。明日の放課後、また体育館裏の倉庫に来て。正式にレイド隊員になるなら書類とか提出しなきゃいけないからさ」


 分かった、と返事をして飛鷹は民宿──百番隊の隊舎を出た。


「………ここ、どうやって帰ればいいんだ…」


 小一時間ほど迷いに迷った飛鷹は結局、荒宮に案内されて放棄地帯を抜け出したのであった。


 


◇◆◇

 栄桜地区栄桜学園都市、栄桜第一高等学校二年一組。教室に入った飛鷹は早速美郷の元へ向かう。

 いつも寝坊ギリギリに起きるため身だしなみなど二の次の美郷だが、今日は彼の茶髪のマッシュウルフが整えられているのが見えた。どうやら今日はしっかり余裕を持って起きたらしい。


「美郷」

「あ、おはよー飛鷹。今日はいつになくテンション低いな」

「おれ、レイドに入る」

「……うん?」


 きょとん、と美郷が首を傾げた。


「……思ってた反応と違うなぁ。もう一回。おれ、レイドに入る」

「えっ待って、なんのやり直し?あー、オメデトウ!」

「はぁ?」


 愛花に聞いた話と美郷の反応が全くもって合致しない気がするのは気のせいだろうか。飛鷹としては、レイド入りするなんてことを美郷に告げたら美郷は怒り出すと思っていた。それがなんと、きょとんとされた上に祝福の言葉まで返されるなんて。


「なんでブチギレてくれないのさ…」

「怒って欲しかったの!?なんで!?」

「それが青春ってもんだろ!!」

「うわっ、友達少なすぎて青春を間違えちゃってるよ、いや間違いではないんだろうけど!」

「何ブツブツ言ってんだ、キレろ!怒れ!!おれを!!」

「なに!?飛鷹は愛花ちゃんに何されちゃったの!?ドMへ向かってレッツゴーしちゃってるよ、そういうのおれに求められても困るよ!ムチ持った女王様にお電話してくれる!?」


 ぎゃあぎゃあと二人で喚いているうちに、結局いつもの会話になってしまう。そんな状況に笑えてきたのか、美郷がプッと吹き出した。


「で、なんで急にレイド入るなんて言い出したのさ」

「……ん?お前知ってるんじゃないの?」

「へ?何が?」


 おかしい、話が噛み合わない。


「いやだって美郷、レイド隊員なんだろ?愛花が言ってたぞ、おれはそのぉ…罪?を償うためにレイドに入るしかないとかなんとか…」

「……おれはたしかにレイド隊員だけどさぁ」

「そうそれだ!!おれ聞いてなかったんだぞ!なんでだ!!」

「ええ?言ってなかったけ…?」

「聞いてない!!」


 とぼけたような顔になる美郷に、飛鷹は美郷の両肩を掴むとガクガクと揺さぶった。


「レイドから言われたことを!!順に!!話せ!!」

「分かった分かった!!分かったから話して!!」


 美郷は飛鷹を引き剥がすと行儀悪く机に座った。それを咎めるでもなく、飛鷹も椅子に座り足を組む。朝のSHRショートホームルームまであと十分ほどしかないが、今聞かなければのらりくらりと話を躱されかねない。


「順に話すとなると…おれがレイドの訓練生だった頃の話からになるんだけど」

「訓練生?」

「高校生になってなくても、素質とかあれば仮入隊できるんだよ。愛花ちゃんとか廉も訓練生だったんだぞー」


 懐かしむように笑う美郷に釣られて、飛鷹もだんだん落ち着いてきた。先ほどまでの荒ぶりが嘘のようだ。美郷はいわゆるおバカではしゃいでふざけるのが大好きなのだが、こうやって相手を穏やかにできる人間だ。飛鷹には真似できないので、生来の彼の性格なのだろう。

 美郷が親友で、良かった。飛鷹はひしひしと感じていた。


「中学の頃、お前と出会って親友になったろ。で、中学三年の途中で受験勉強が嫌になったおれはレイドの仮入隊試験を受けた」

「受験勉強が嫌って、美郷お前な…」

「いいじゃん、勉強嫌いだもんおれ。…そしたらなんか受かっちゃって、訓練生になったのね」


 当時の美郷はレイド総司令官という、レイドのトップにこう言われた。「小刀祢飛鷹という名前に心当たりはあるか」と。


「そこでおれは知らねーって言った」

「なんで」

「だって不審者じゃん」

「は?」

「友達の名前出されて、『こいつ知ってる?』『知ってます』『じゃあ今すぐ連れて来い』の流れじゃん!飛鷹のこと連れてったら何されるか分かんなかったし。レイドの秘匿事項関係なら仮入隊ごときの中学生に教えてくれるはずもないしさ」


 だから、知らないって言った。ぽつりと言った美郷に、飛鷹は安堵なのか呆れなのか、よく分からないため息が出た。


「そんで、なんで美郷はおれにレイドだってこと黙ってたんだよ」

「もし飛鷹の方にレイド云々の話が届いてたら、レイドのおれとは距離置かれちゃうのかなとか…思ったりして…」

「そんなこと…」

「やっぱ、親友だからさ!距離置かれたら寂しいじゃん?」


 美郷が飛鷹を知らないと言ったことでレイド側は美郷の協力を得られないと悟ったのだろう。だから一年延ばしたのだ。ようやく見えてきたレイドの意図と、そして美郷の思いに、じわりと温かいものが飛鷹の中に広がっていく。


「レイドって危険もあるって聞いたぞ。美郷が危ないことになってんのに知らなかったらおれ、親友失格じゃん」

「いやでもほら、それはおれが言わなかったから」

「美郷。おれもレイドに入る。だからさぁ……危ないときは、言ってくれよな。………おれら、親友だろ?」


 飛鷹がそう言えば、美郷はハハッと笑った。


「了解、親友!」


 机から降りた美郷と、椅子から立ち上がった飛鷹はがっちりと握手を交わした。

 そこに割り入ってくる人影が一つ。担任教師だ。


「あの〜、小雨くんに小刀祢くん?青春を謳歌するのはいいんだけど、SHRの時間だから席に着いてもらってもいいかな〜?」

「「あ」」


 予鈴も聞こえないほど話し込んでいたらしい。飛鷹と美郷が慌てて席に着くと、SHRが始まった。


 そして放課後。

 飛鷹が体育館裏の倉庫に行くと、知らない男がいてにこりと笑いかけてきた。


「小刀祢飛鷹くん。きみを今からレイド本部に連行します」

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影光の鷹 六野 璃雨 @rain_6

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