第6話 キラーブレイク・2

「ソソソソ、ソウルくん…」


 上半身を床から起き上がらせたソウルが、右手と左手でそれぞれ荒宮の双剣を掴んでいたのだ。


『ケケケ、主は鈍臭ェなァ』

「な、なんで…?だってここには太陽もないし、明るすぎるのに」

「…それがキラーブレイクってもんだろ」


 荒宮は本気で飛鷹を斬るつもりだったのか、ソウルに止められた双剣を持つ荒宮の腕には相当の力が入っているように見えた。

 どうやらソウルは荒宮を上回る力で止めているらしい。目の前の光景が信じられない飛鷹は唖然とするばかりで、状況が未だに分からずにいた。

 それを悟ったのか、荒宮はソウルに「離せ」と一言告げると、「キラーブレイク解除」と唱えた。すると荒宮の双剣は消え、隊服のような服装も、先程までの派手なシャツへと戻った。荒宮から戦意がなくなったのを感じたのか、ソウルもまたスッと消えていった。


「立て」

「あっハイ」


 飛鷹がよろよろと立ち上がると、今まで部屋の隅で黙って様子を見ていた愛花が近寄ってきた。


「キラーブレイク、ちゃんと使えそうだね」

「えっと、あの…?」

「とりあえず茶でも飲みながら話そうぜ。小指落とされたくなきゃついてこいよ」

「一生ついて行きます!!」

「うぜえ」

「なんで!?」


 荒宮が部屋を出て行くので、飛鷹も慌ててそれに続く。

 廊下に戻ると、先程は気が付かなかったがドアがいくつかあるのが目に入った。


「こっちがリビング。キッチンとダイニングスペースもあるから基本の生活はこっち」

「は、はぁ…」

「そっちは便所であっちが風呂と洗面所。覚えたか」

「えっとぉ…」


 何を説明されているのだろう。これではまるで部屋の案内をされているようではないか。飛鷹がそう思っていると、荒宮は階段を指差した。


「個人の部屋は二階。一部屋物置になってっからそこ、お前にやるわ」

「えっ、なぜ??」

「は?お前レイド入りすんだろ。お前は絶対うちの隊所属になるだろうからな。喜べ、たまたま一人部屋だぞ」

「はぁ…」


 何がなんだか分からない話がされていくが、とりあえず返事をする。愛花と出会ってからこんなことばかりな気がするが、レイドの人間はみんなこうなのだろうかと疑ってしまう。

 すると荒宮がリビングに入っていくのでついて行くと、愛花と飛鷹が来る前に用意していたのか、ちょっとした茶菓子がテーブルに置かれていた。


「座れや」

「ハイ」


 ずいぶんと威圧的な言葉に飛鷹が従えば、愛花が「お茶淹れてくる」と離れていった。本当は常に隣にいてほしいくらいだ。荒宮といると過去の恐怖が蘇って仕方ない。ただでさえ先程の攻撃だとか小指を落とす発言だとかで、その筋の香りがぷんぷんするのだ。なんて危ない匂い。


「で、レイドに入るんだったな」

「その前に一つお尋ねしていいですか」

「なんだ」

「……えっと、荒宮さん?は、なんでこんなところに…。あの日、おれの腕掴んだの、荒宮さんですよね…?」


 飛鷹がまず気になっているところだった。荒宮はレイドの人間だと言っていた気がするのだが、あの時の彼は借金取りの仲間であるようにしか見えなかった。幼いながらも「この人は怖い人」というのが分かるくらい、当時の荒宮はカタギの雰囲気ではなかった。


「…そうだな、順を追って話してやる。おれは元々クソ親父の借金のカタにされた不運なガキだったわけだが、さらに運の悪いことに親父がギャンブラーでなぁ。借金返すどころかどんどん膨れ上がらせて、行方をくらましやがった。で、悪い大人たちのところに残されたおれは、悪い大人たちに育てられて悪い大人の道を歩もうとしていたわけだ。が、そこはまあどうでもいいな」


 荒宮はそこで棒付きの飴を口に放り込んだ。煙草は吸わないのかと思ったが、玄関で煙草を離してから吸っていないところを見ると、案外気を遣える人間なのかもしれない。


「9年前、おれは今のお前と同じ17歳だった」


 9年前飛鷹の家に取り立てに来た荒宮は、ベランダの見張りを任されていた。万が一にも逃がさないようにしろ、と。まさかその部屋に子供しかいないとは思わなかったが、逃げようとした子供の腕を掴むと、その子供は妙なことを言い出した。「影が動いている」と。

 その瞬間、急に周辺が真っ黒になった。『ケケケ』と不気味な声が響いたと思ったら、ベランダから玄関までがいきなり吹き飛ばされ、アパート自体がボロかったせいで建物全体が崩れ落ちた。玄関にいたはずの仲間がどうなったか考える間もないほどで、荒宮は掴んでいた小さな少年を抱え込んだ。このままでは落下して瓦礫に押し潰され、とにかく無事ではすまないと悟っていた。この少年が置いていかれた側の子であるなら、このまま死なせてはダメだと、荒宮はそう思った。

 元来の運動神経でなんとか降り注ぐ瓦礫を避けて、気を失っている少年を抱えたまま道路に倒れ込んだところで、バタバタと駆け寄ってくる人影が複数あった。仲間と思われたその足跡の持ち主は、レイド隊員たちだった。


「そこからおれはなんやかんやあってレイド隊員になったってわけだ。……これでもお前には感謝してんだぜ」


 荒宮は口の中の飴をころりと転がした。


「おれはお前に救われた。あのゴミ溜めから抜け出させてくれてありがとうよ」


 思ってもいなかった言葉をかけられ、敵と思っていた人物がそうではなくなっていたことに、飛鷹はホッとした。また借金取りたちに追われる人生になるのではと思っていたのだ。


「お茶入ったよ」

「あ、ありがとう」

「んじゃあこっから本題だ」


 愛花も席に着いたのを見て、荒宮はまた口を開く。


「さっきお前の影が勝手に動いたな」

「……ソウルくん、呼んだら出てきてくれた…。影もなかったのに、なんで…」

「それがキラーブレイクの本来の使い方ってもんだ」

「本来の、使い方…?」


 荒宮は椅子から立ち上がると、左手首のリストバンドをひらひらと見せた。紫色のリストバンドの中央には緑色の石が埋まっている。


「それ、愛花もつけてたような…」

「そう。これがレイド隊員の証のようなものかつ、キラーブレイク換装のオンオフができるものなの」

「キラーブレイク換装ってのがこれだ」


 荒宮が「キラーブレイク起動」と言うと、服装は黒が基調の隊服へと変わった。黒いジャケットに黄色いライン、白いシャツ、黒のネクタイをきっちり着ている愛花とは違い、荒宮の隊服は黒のTシャツの上からショート丈の黒いパーカーを着ている。パーカーからは黄色のベルトが何本か垂れていて、なんとなく近未来的な印象を受ける。下は黒のスキニーにショートブーツで、パーカーの肩あたりには『100_01』という数字がある。愛花と同じく胸にもあるところをみると、この数字の羅列は胸と肩に入れなければならないもののようだ。

 そして荒宮の両手には、先程見たあの双剣が握られていた。

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