第5話 キラーブレイク

 ガラガラと、引き戸の扉が開いていく。出てきたのは目つきがあまりよろしくない、派手な柄のシャツを着た男。タバコを咥えていたが、男は相手が高校生と見るや否やそのタバコを人差し指と中指で挟むようにして口から離した。黒髪は無造作にセンターパートにセットされ、薄く色のついたサングラスをした男は目つきこそ良くはないが、充分顔は整っている。

 飛鷹はその姿から目を離すことができなかった。その姿から、というより彼の人差し指から。彼の人差し指にはゴテゴテした金色の指輪がはめられていたのだ。どこかで見たどころかはっきりと覚えている。あの時掴まれた、腕の痛みと恐怖を。


「おま、愛花!おれのこと嵌めたな!?」

「え?何の話?…あ、荒宮さん。これが飛鷹。今日からレイド隊員になるから、多分うちに来ることになると思う」

「ほーん…。了解。まあ上がれや。話は中で聞いてやるよ、『坊や』」

「ヒェッ」


 荒宮と呼ばれた男は飛鷹の肩に腕を回すと、ほぼ強引に玄関の中へと引き入れた。その間飛鷹はあまりの驚きと恐怖でされるがまま、という状況だったので、側から見たらまさに悪い大人に絡まれる学生の構図であっただろう。ただしここは放棄地帯なので助けてくれるような一般人は誰一人としていないのだが。

 玄関から中に入ると、まず目に入ったのは玄関脇に飾られている高級そうな壺。めちゃくちゃ高そうだな、民宿というより旅館にありそうだな、なんて思っていると飛鷹は乱雑に部屋の中へと蹴り入れられた。


「うう、痛い…」

「おい、こいつ見るからに弱そうだぞ。愛花、本当に大丈夫なんだろうな?」

「多分。てるさんが言ってたし…」

「あぁ?あいつじゃアテになんねーよ」


 尻を強かに打ちつけ涙目になる飛鷹を全く気にすることなく、愛花と荒宮は何事かを話し合っている。

 自分が放置されていることを知った飛鷹は部屋をぐるりと見回した。民宿と聞いていたのに異様な部屋だった。床も壁も、天井に至るまでコンクリートで覆われている。所々煤けたり、傷が入っているようにも見えるその部屋の広さは、ざっと15畳くらいだろうか。もしかしたら宴会用だかリビングだかの部屋を改装したのかもしれない。


「まあいい。おい飛鷹って言ったか」

「は、はいっ」

「これからお前を攻撃する」

「えっ」

「お前は全力で防御するなり攻撃するなり、しろよっと」


 ぽかんとしている飛鷹に向かって突然、荒宮が走り込んできた。

 目つきの悪さ、派手なシャツ、金の指輪。怖い、怖すぎる。


「ギャアアアア!!無理無理!!無理ですぅ!!」

「キラーブレイク起動」

「刃物だぁぁぁ!!お巡りさん助けてぇぇぇぇ!!」


 一瞬で愛花と似たような隊服になった荒宮の両の手には、刃物が握られていた。脇差ほどの長さの刀のようなそれは、荒宮が持つとまさしくその筋の人間としか思えない。二振りの武器は容赦なく飛鷹に襲いかかってくる。


「残念だったな、お巡りさんはこの地帯には居ねーんだよ」

「アッそうだった!!じゃあレイドの人!!」

「レイドの人がおれらだ」

「堂々と嘘ついてるよこの人!!愛花!!愛花ちゃん!!愛花さま!!ここに不審者が!!」

「おい!!誰が不審者だ!!」


 なんとかぎりぎりで荒宮の刃物から避けるが、避け切れずに小さな切り傷が増えていく。しかも飛鷹は避けるので精一杯で反撃どころか逃げる隙も見つからない。


「おいおい、避けるだけじゃ疲れて終わりだぜ?『坊や』」

「くっ!!」


 息一つ乱れることのない相手。しかも戦い慣れているのであろうことがよく分かる動きだ。


「……それにしても何もなってねぇ動きだな、一般人かよ」

「一般人です!!」

「ふん。ゴミだな」

「ゴミですすみません!!」

「肯定すんなよ」


 無様にゴロゴロと床を転がり、無様に尻餅をつき、無様に床にダイビングを決める。戦い慣れした人間からしたらゴミのごとく無様な避け方なのだろう。実際に自分で考えてみても己が可哀想になるほどの惨めさだ。


「うう……おれはここで死ぬんだぁ……」

「反撃しろよ反撃を」

「駄目ですぅ、おれ借金払えません…」

「いつの話してんだ、そんなことよりキラーブレイクを使えっての!」

「可哀想なおれ…。グッバイ人生」

「だああああ!!面倒くせえな!!その影を!!てめえから切り離してみろって言ってんだよ!!」


 あちこちについた切り傷と打ち付けた体の痛みにべそべそと泣き始めれば、荒宮の怒声が聴こえてきた。

 自分から、影を切り離す。なんだその芸当は。


「そんな非現実的なことできません…」

「うるせえな、やろうとしなきゃできるわけねぇだろバカが!!」


 そうこうしているうちに、荒宮の双剣が飛鷹に迫ってきた。つい先程床にダイブしたところだったのでもう避けるのは間に合わない。このまま刺されて死ぬか、それとも。


「ソウルくんっ!!」


 咄嗟に名前を呼んだ。名前を呼んだだけだ。彼が出てきて飛鷹を守ってくれる保証はなかった。それでも荒宮の言葉と、そしてなす術もなくやられているだけの自分の状況を思えば、飛鷹のできることはもうそれしかなかったのだ。

 荒宮の双剣に串刺しにされる可能性の方が高かった。だが名前を呼んだあと、飛鷹の身体が刺されるような感覚はない。荒宮が寸前で止めてくれたのかと思い、飛鷹は咄嗟に瞑っていた目をそっと開いた。


「えっ…?」


 目の前の光景に飛鷹は言葉を失った。双剣は飛鷹を斬る寸前で荒宮に止められたわけではない。第三者によって止められたのだ。

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